切れ落ちた弦
「あ、アラン!起きるのだ!しっかりするのだ!」
「アラン!ねぇ、起きてよ!」
エミリーとカリーナが、倒れ込んだアランを大きく揺さぶる。
アランもまた、他の男子生徒と同じように倒れ込んでいた。
三人がいるのは女子寮の近くの木陰。
丁度レクスたちと別れ、三人で歩いていた時にアランが倒れ込んでしまったのだ。
女子寮の近くでも、大勢の男子生徒や男性教員が同じような表情で倒れていた。
濃いピンク色の空の下は、まさに死屍累々といった様相を呈している。
そんな中で、闇の人影は女子寮に無理やり侵入し、襲おうとしていた。
しかし、それを食い止めている女性が一人。
「はぁぁぁぁぁっ!」
剣を振るう度に、黄色いショートカットが靡く。
彼女は試験官を担当していた女性教官だ。
訓練用のライトアーマーを付け、闇の人影に必死に応戦して剣を奔らせている。
その表情は苦々しく歪んでいた。
エミリーとカリーナは、その女性と影の戦いを陰から見ているしか出来ない。
自分たちが戦える自信もなかったからだ。
「ど、どうしよう。アラン、起きないよ……。」
「め、目を覚ましてくれないのだ。一体何が起こっているのだ!?」
何度呼びかけても起きないアランに、二人は心配そうに顔をのぞき込む。
目を虚ろに開いた状態で、ピクリとも反応しない。
そんなおろおろとしている二人の元に、闇の人影がゆっくりと音もなく向かって来ていた。
二人はアランに気を向けており、気がつく様子もない。
そして、闇の人影が背後から二人に爪を立てようとした瞬間。
スパンと。
闇の人影の首と胴体が綺麗に分かたれた。
闇の人影はドロリと崩れ去り、魔核が溢れ落ちる。
物音に気がついた二人が振り向くと、そこに立つ女性が一人。
桜色の背中まであるストレートヘアがひらりと靡く。
桜色の眼は強い意思を持って二人に向けられていた。
黒いスーツのような装いで、胸元が大きく張り出している。
可憐な様相とは裏腹に、その両手に握られているのは白銀に輝く一対のシミター。
女性はふぅと呆れたように溜め息をつく。
「……全く、なんでアタシが巻き込まれるのかしら?こういうのはクロウの役目でしょうに。」
「だ……誰……?」
カリーナが目を丸くしながら呟く。
すると、女性は二人を安心させるように、にこやかに微笑んだ。
「アタシ?アタシは……ただの傭兵ギルドの受付嬢よ。大丈夫?」
傭兵ギルドの受付嬢、チェリンの姿がそこにあった。
◆
学園のグラウンドでも、大勢の男子生徒がぐったりとした様子で、目を虚ろに倒れている。
死屍累々のグラウンド中央では、怯えた女子生徒が震えながら身を寄せ合っていた。
この女子生徒たちは、ほとんどが貴族出身の面々であり、戦闘などの荒事に直面したことがないものばかりだ。
さらにその真ん中には、一人の男子生徒が目を虚ろにして涎を垂らしながら這うように倒れ込んでいる。
腰に刺した白銀の剣も、力なく揺れるだけ。
勇者リュウジも、何らかの魔術に捕らえられ、倒れ込んでいたのだ。
そんな生徒たちにも、闇の人影が迫る。
闇の人影は倒れた男子生徒は無視して、女生徒のみに向かってきている。
それを守るのは、リナ、カレン、クオンの三人だけだった。
「ムスペル!フレイムドレープ!」
リナが軽々と自身の大剣を勢いよくブンと振るう。
大剣には煌々と燃え盛る炎が灯り、闇の人影を纏めて薙ぎ払っていた。
「こぉんのぉぉぉーーー!」
振りぬいた大剣を、そのまま回転するように再び薙ぐ。
リナの胆力によって振り抜かれた大剣は、数多くの闇の人影を撫で斬り、消滅させていた。
そしてリナは大剣の切っ先を地面に押し付けるように摩擦させて止まる。
ハァハァと息は荒く、その額や頬にはたらりと汗が浮かび上がっていた。
「サンダーバースト!」
リナの反対側では、背丈程の杖を闇の人影に向けたカレンが応戦していた。
杖の先から射出された電流の塊は、真っ直ぐ影の方へと向かう。
その光弾は一体の闇の人影に炸裂すると、周囲の闇の人影を巻き込んで雷を迸らせた。
雷に焦がされた人影たちは、ドロリと崩壊するように溶け出し、魔核を残して消滅する。
「数が……多いですね。……はぁ、はぁ……。」
カレンも息が荒く、玉のような汗が浮かぶ。
次から次へと湧いて出る闇の人影に、広範囲に攻撃できる魔術を使っているのだが、カレンはかなり精神を消耗していた。
そんなカレンにも、容赦なく闇の人影は迫る。
「……あっ……。」
気がついた時には、闇の人影は自身にかなり近寄っていた。
杖を向ける暇すらない。
カレンが目を見開いたその時。
眼の前をヒュンと風が横切る。
闇の人影の頭部を、矢が貫いていた。
クオンだ。
「大丈夫ですか?カレンお姉ちゃん!」
「はい。ありがとうございます……。ううっ…はぁっ……はぁ。」
「カレンお姉ちゃん!」
「大丈夫です!このくらいなら!」
心配そうなクオンの声に、カレンは気丈に振る舞う。
リュウジも倒れ、死屍累々の中、自分たちが襲われている生徒たちを守らなければいけないと思ったからだ。
だからこそ、カレンは、倒れるわけにはいかなかった。
そんなカレンを守るように、ひょうひょうと風を切り、幾つもの矢が迸る。
クオンは次から次へと、文字通り矢継ぎ早に矢を番えては会も持たずに放っていく。
放たれた矢は、闇の人影を外すことはない。
しかし、クオンも僅かながら顔を顰め、苦しそうな顔からは焦りが滲み出ていた。
「まだまだ……なのです。リュウジ様を、皆を、守らないといけないのです……!」
リュウジや幼馴染たちを守るため、クオンは自身に鞭を入れながらも三本、矢を番えた。
「サンダー、ドレープ……なのです……。」
弓に番えた矢全てにバチバチと電撃が迸る。
弦を引き切り、矢を放つ。
その瞬間。
「……え?」
プツンと。
クオンの弓の真ん中から、弦が切れた。
魔獣の多さとクオンの焦りから、矢を引きすぎてしまっていたのだ。
換えの弦は持っているものの、付け替える暇も、時間もない。
すぐ近くには闇の人影が迫っていた。
「クオン!」
「クオンさん!」
幼馴染二人の声が聞こえるが、恐怖でクオンは動けなかった。
弓が引けなければ、クオンのスキルは役に立たない。
魔術を唱えようにも、口が動かなかった。
「あ……あっ……。」
迫る影に、クオンは弓を抱え込んだままぎゅうっと目を閉じる。
そして。
絶望が目の前に迫っていた。
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