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挑発

 同じ頃、生徒会室でも同じように異常が起こっていた。


「る、ルーガ君!しっかりしてください!」


 仕事をしていたルーガが急にふらりと倒れてしまっていたのだ。


 隣にいたクリスが大きく揺さぶるも、ピクリとも反応しない。


 その眼は、コーラルたちと全く同じように見開かれていた。


 異様な状態に、ヴァレッタも目を見開いて慌てるようにおろおろしている。


「ど、どうしたッスか!?と、とりあえず医務室に……。」


「……ダメだよ。これは普通の状態じゃない。」


 ヴァレッタの言葉に首を振ったのは、マリエナだ。

 マリエナはルーガに近寄ると、その目を見て僅かに顔を顰めた。


 この目は、マリエナには見覚えがあったのだから。


「あーなんでこんなときにレインはいないッスかぁ!レインなら聖魔術でどうにか出来るのに!」


 ヴァレッタが頭を抱えながら叫びを上げる。


 今、生徒会室にレインはいない。


 用事があると言って出かけてしまったのだ。


 マリエナはヴァレッタに向き直り、真剣な目を向ける。


「ヴァレッタ先輩、これはレインちゃんでもダメだよ……。だって、《《これは、魔眼かもしれないもん》》。」


 マリエナの言葉に、ヴァレッタもクリスも目を見開く。


「ま、魔眼!?マリエナ会長が使ったッスか?」


「ううん、わたしじゃない。でも、なんで……?」


 マリエナが戸惑い、訝しむような顔をした直後。

 ガラリと生徒会室の扉が開いた。


 そこに立っていたのは、レインだ。


 レインが帰ってきたことにホッとしたヴァレッタが、レインに歩み寄る。


「あーレイン!丁度いいとこに帰って来たッス!ルーガ君が……。」


「あらぁ?ルーガがどうしたのかしらぁ?」


 レインの口から発せられた言葉に、生徒会室の全員は慄りつく。


 明らかにレインの口調でもなければ、声も違う。


 レインの青銅色の瞳は曇りきり、生気を失っているようにも見える。


 その声の正体に気がついたマリエナは、ビクリと身体を震わせた。


「……アンタ、誰ッスか?……レインをどうしたッスか!?」


 ヴァレッタがレインを睨みつけながら叫ぶ。


 その声にレインは妖艶に、されど残酷さも見せるように、口元を上げて嗤った。


「ああ、うちのメイドね。アハハハハ!あの子は非常に良い仕事をしてくれたわよぉ!アタシを学園に招き入れてくれたんだもの。アタシの娘にもなってくれて、感謝しかないわぁ……。」


「一体何のことッスか!?あっちはアンタが誰かって聞いてるッス!」


 ヴァレッタの眼は変わらずレインを睨みつづけていた。


 レインの態度に、クリスはたらりと冷や汗を流しながら、横目でマリエナを見やる。


 マリエナは、ガタガタと震えていた。


 顔は青ざめ、自身を守るように身体を抱き締めている。


 そんなマリエナを見てか、レインはケタケタと笑っていた。


「マリエナ……あなたはわかっているようね。その清楚ぶった面も、今日で見納めかと思うと、嬉しくてたまらないわぁ……。」


 レインはぴちゃりと、自身の唇を舐めた。


 それはまるで、いまから極上の獲物を食べるかのようだ。


 その言葉にイラッとしたのか、ヴァレッタがつかつかとレインの眼前に向かう。


「いい加減にするッス!あっちもただじゃおかないッスよ!」


 苛ついたヴァレッタがレインに掴みかかろうとした、その時だった。


「あらぁ、最近の女の子は躾がなっていないのねぇ。」


「ヴァレッタ先輩!駄目です!」


 クリスの声が響くも、すでに遅かった。


 ヴァレッタに、レインの視線がバッチリと合う。


「うふふふ。眼が、合ったわね。ダークネススリーパー。」


「はぇ……?」


 急にヴァレッタはぐらりとふらつくと、バタリと床に倒れる。


 目を開けたまま、ヴァレッタは眠らされていた。


 口は半開きで、涎がつうと垂れている。


 ヴァレッタの様子に、レインは妖しく、満足気に微笑む。


「うふふ……今のアタシなら、誰にだって負けることはないわぁ。ねぇ……マリエナ?」


 声をかけられたマリエナは、ガタガタと震えながらもレインをじっと見つめていた。


 そんなマリエナを見かねてか、クリスが冷静な口調で口を開く。


「……何が目的ですか?《《メギドナ・クライツベルン》》様。」


 その言葉に、レイン……否。


 メギドナは口元を三日月のように大きく吊り上げた。


 可笑しそうに目元も上げて、クリスを見る。


「あらぁ、あなたはクリスじゃない。気づかなかったわぁ。大きくなっちゃってぇ。」


「御託は結構です。……あなたは何が目的ですか?」


「つれないわねぇ……アタシの目的は、そこのマリエナを亡きものにすることよぉ。」


 その言葉に、クリスの目つきは険しいものになる。

 マリエナは、すでに恐れたように目を見開いて身体を縮こめていた。


「でも、普通に殺しちゃうのもつまらないから、余興をしようと思ったのよぉ。マリエナ……あなたの大切なものを全て壊してあげようと思うの。」


「な、何……を……?」


 マリエナが絞り出した、か細く、怯えきった声に、メギドナは満足そうに言葉を続ける。


「アタシの魔眼を最大にして、学園全体に放ってあげたわぁ。これでこの学園の男どもはみんな骨抜きよぉ。さすがに多過ぎて操ることは出来ないけど、十分よねぇ。……あの餓鬼も骨抜きになってるはずよぉ?」


「そ……そんな……?そんなことができる訳……。」


「出来たのよぉ。あのお方の力はすさまじいもの。アタシも男どもから吸い取った魔力を、全て使った甲斐があったわぁ。……まぁ、あなたたちには到底あのお方の凄さは理解出来ないわよねぇ!アハハハハハハ!」


 狂いきったような声を上げ、レインの姿をしたメギドナは高笑いする。


 その様子に、クリスは眺めるしかなかった。


 この場で何をしようと、ヴァレッタの二の舞になるだけなのと、レインがどんな状態なのかわからなかったからだ。


 二人をせせら笑うように、レインの姿でメギドナは続ける。


「ダークネスサーヴァントもこの学園全体で発動したわよぉ。男は全てアタシのものにするから襲わないけど、女は……皆殺しにしちゃおうかしらぁ。くふふふふ。」


 邪悪に嗤うメギドナの顔は、明らかに狂っているようだった。


 メギドナの発言にマリエナもクリスも顔を顰める。

 するとメギドナは「あ、そうそう」と、思い出したように口を開く。


「あのレクスとか言う餓鬼は、もちろん始末するわぁ。あの餓鬼、アタシのものにならないんだもの。」


 その言葉を聞いた瞬間、マリエナの眼の色が変わった。


 メギドナを睨みつけるようなその目つきに、メギドナは面白いように笑う。


「あらぁ。あなたそんな顔も出来るようになったのねぇ。」


「……させない。……学園の皆も、レクスくんも、叔母さんの好きにはさせない。」


 その声は震えていたが、メギドナに対する怒りが込められたように、語気は強かった。


 怯えながらも、批難するような目を向け続けるマリエナにメギドナは目を少し伏せ、ふぅと溜め息をつく。


「できるものならやってみなさい、マリエナ。もうすでに闇の人影たちは解き放たれているわよぉ。……アタシがいるところに、アナタ一人だけで来なさい。そうしたら、考えてあげるわぁ。」


 レインの顔でニヤリと口を三日月にしたメギドナは、くるりと身を翻して生徒会室を出ていく。


「ま…待ちなさい!メギドナ様!」


 すぐさまクリスがメギドナを追うが、メギドナの姿も、レインの姿も何処にもない。


 廊下の先には、闇の人影が迫って来ていた。


 クリスはギリリと悔しげに唇を噛み締め、マリエナに振り返る。


 マリエナは、生徒会室の窓をガラリと開けていた。

 何をしようとしているのかは、クリスはわかっていた。


「マリエナちゃん!駄目です!」


 その声にマリエナは振り向き、ふるふると弱々しく首を振るう。


「……クリスちゃん。これはわたししか出来ないの。……わたしのせいで、皆に迷惑をかけちゃダメだから。」


「いけません!メギドナ様の思う壺です!死ぬ気ですか!?……吸精もしていないサキュバスが、十分に吸精しているサキュバスに敵うはずがありません!」


「大丈夫だよ。わたし、こう見えてすごく強いんだから。クリスちゃんも知ってるでしょ。……だから、行くね。……もし、死んじゃったらごめんね。」


 苦々しく、しかし優しく笑うマリエナに、クリスは目を見開いた。


「マリエナちゃん!」


 悲痛な叫びを背に、マリエナは窓枠に足を掛けた。

 びゅうと吹き抜ける風に、マリエナの髪とスカートがはためく。


 強い風に少し顔を背けるも、その心は既に決まっていた。


「……行くよ。」


 それはマリエナ自身の決意の現れか、ぽつりと言葉を呟くと足を踏み出し、窓から身を投げ出した。


 宙に身を投げ出したマリエナは、背中の羽根をバサリと広げる。


 蝙蝠のような皮膜が広がり、その全長はマリエナの背丈ほど。


 そのまま風を切って、妖しく染まりきった学園の空を舞う。


 その眼は少し恐れがありつつも、確かな闘志を宿していた。


(……レクス君。わたしに、勇気をちょうだい。……例えわたしが死んじゃっても、みんなを守るから。……絶対に守り切ってみせるから!)


 勇ましくも悲しい決意を宿したマリエナは、想い人の顔を少し思い出しつつ、空を駆ける。


 残されたクリスは、生徒会室から黙ってマリエナを見送ることしか出来なかった。


 悔しさに唇を噛み締めていると、部屋の扉がガタガタと音を立てる。


 直ぐ側まで闇の人影が迫っていた。


「……やるしか、ありませんか。」


 生徒会ではルーガもヴァレッタも倒れ、クリスしか動ける人間がいない。


 絶対絶命の状況だった。


 クリスが持っていた杖を構えようとしたその時。


 ”ドンドンドン”と銃声のようなものが、廊下から響く。

 一瞬のシンとした静けさの後。


 ガラリと生徒会室の引き戸が空いた。


 そこに居たのは。


「あ、あなた、無事だったんですか!?」


「副会長!……マリエナはどうした!?」


「…とうちゃく。」


 ボロボロのローブから橙の髪が覗く男子生徒と、ライトブラウンのローツインテールが靡く制服の少女。


 その二人はクリスにとって、マリエナが好きな絵本の王子様のようにも見えた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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