かけるものたち
「……!コーラル!おい!」
ふらりと倒れそうになったコーラルを、レクスは慌てて抱え込んだ。
レクスは抱え込んだコーラルの身体に違和感を覚える。
コーラルの目は虚ろで、開きっぱなしになっていたのだ。
ぼーっとした様子で、レクスの声が聞こえている様子もない。
普通の気絶とは何処か違う様子だ。
(……そうだ!脈!)
レクスはコーラルの手首を触り、脈拍を見るが特に異常もない。
一先ずコーラルを背負おうと身体を屈めた時だった。
レクスが眼を疑う光景が、学園の敷地内に広がっている。
学園の至るところで、人が倒れていた。
皆、眼が虚ろにぼうっと見開いた状態だ。
さらに、空の色まで変わっていた。
先ほどまでは暗灰色の雨模様だったはずが、雨が止み、一面色鮮やかな桃を思わせるピンク色だ。
「一体何が起こってんだ……?」
状況の呑めないレクスに、さらなる困惑が押し寄せる。
地面に、黒いモゾモゾとした不定形なもの……。
スライム状の何かが、次から次へと現れていたのだ
それらは地表に出るとすぐに、ぐにゃぐにゃと形を変える。
その形は、黒い人型。
レクスはその人型に心当たりがあった。
「こりゃ、ダークネス……サーヴァント……だと!?」
マリエナとデートした時に襲いかかってきた魔獣。
「ダークネスサーヴァント」に間違いなかった。
レクスはすぐさまコーラルを背負うと、男子寮に入る。
男子寮の扉を無理やり押し込んで入ると、管理人のタミンもコーラルと同じような状態で倒れていた。
その状況に、レクスは顔を顰める。
「皆同じかよ……くっそ!」
レクスはコーラルを背負ったまま、階段を登る。
寮の中には影の姿は無いが、いつ入って来てもおかしくはない状況に、レクスは焦っていた。
自室にいく間にも、何人かの生徒がコーラルと同じようにぐったりと倒れていたのを目にする。
明らかに普通の状態では無いことを確認しつつ、レクスは歯痒く思いながら自室に入る。
自室に入るとアランの姿は無い。
レクスはすぐさま自分のベッドにコーラルを寝かせると、自分のクローゼットをバンと開ける。
その中に入っているのは、傭兵で活動するときに使う、使い慣れた一式だ。
手馴れたようにボロボロの外套を羽織ると、剣を背負い込み、ホルスターに入った拳銃をズボンへと装着する。
すぅと大きく息を吸い込み、深呼吸をして眼を開く。
「何が起こってるかはわからねぇ……でも、行くしかねぇよな。」
レクスはそのまま窓へと駆け出す。
窓の下にも、闇の人影が迫って来ていた。
(このままじゃ、守りたいもんを守れねぇ……。もう、そんな思いは御免だ。)
レクスはそのまま窓枠に足をかけると、宙に身を投げ出した。
そのまま空中で器用にくるりと回転すると、闇の人影のど真ん中にドンと着地する。
フードから覗く紅い瞳は闇の人影たちを真ん中に捉えていた。
「邪魔だ。退けよてめぇら。」
ドスの効いた声で呟くと、レクスはすぐさま拳銃を構える。
レクスはそのままトリガーを引いた。
大切なものを、守りに行くために。
◆
同じ頃、カルティアとアオイも信じられない光景を目の当たりにしていた。
カルティアとアオイが二人でレクスの元へ行こうとしていたときに、それは起こった。
至るところで、男子生徒だけが倒れ始めたのだ。
二人はその光景に戸惑いつつ、一番近くに倒れている男子生徒の元へ駆け寄る。
その男子生徒は、レクスやカルティアと同じA組の生徒、ライケン・グリッツォ。
彼のその目はコーラルと同じように、虚ろで開きっぱなしだ。
アオイがゆさゆさと揺さぶるが、身動ぎすらしない。
「…なに、これ?…普通じゃない。」
「……!?アオイさん!何か来ますわ!」
辺りを見渡していたカルティアが叫ぶ。
アオイとカルティアを取り囲むように、黒い粘液状の物体が地面から湧き出していた。
一つや二つといった数ではない。
十を超える数の粘液は湧き出ると同時にぐにゃぐにゃと姿を変える。
レクスの周囲に出現したのと同じ、ダークネスサーヴァントだ。
アオイはすぐさま立ち上がると、身を返してクナイを構える。
カルティアも手を前に出し、何時でも魔術を発動出来るように準備をしていた。
「…レクス、大丈夫かな?」
「わかりませんわ。……どのみち、目の前の魔獣をどうにかしなければなりませんわね。一体何故……?」
「…カルティア、来るよ!」
少し考え込む様子を見せたカルティア。
しかしそこに目掛け、闇の人影が手を振り上げて襲いかかる。
ふぅと目を伏せ息を吐いたカルティアは、ゆっくりと落ち着いた様子で闇の人影に掌を向けた。
「シャインバレット!アッラルガンド!」
カルティアの指輪が光り、掌から光弾が放たれる。
光弾は満遍なく拡散し、闇の人影を面で射抜いた。
カルティアの眼に恐れは無い。
レクスの隣に立とうとした王女は、古語補正を傭兵ギルドで練習し、自在に扱えるようになっていた。
「……もう、あの時のわたくしはいません。行きますわよ!シャインエンハンス!フォルテ!」
カルティアの意思に呼応するように、カルティアの身体を優しい光が包む。
その姿を横目に、アオイはぴょんと宙を舞っていた。
手にはクナイが握られ、空中から闇の人影の全体像を逃さず捉えている。
そのままアオイの姿は一瞬でかき消えた。
「…この程度なら、余裕。」
アオイは近くの黒い人影の後ろに立つと、すぐさまクナイで首を刎ねた。
その勢いのまま、スカートが捲れることを厭わずもう一体の黒い人影の頭を蹴り抜く。
蹴りぬいた拍子に、アオイは棒手裏剣を抜きとる。
そのまま遠心力を活かして、ひょうと投擲した。
アオイの手にかかった黒い人影は、次々と魔核を残して消滅していく。
熟練した早業だった。
「…邪魔。…早く、レクスのところへ行きたいのに。」
アオイは空中に跳んで身体を捻り、カルティアの傍に舞い降りる。
するとカルティアはちらりとアオイを横目で見やる。
「見える範囲を一掃しますわ。……一掃したらレクスさんの元へ向かってくださいませ。」
「…カルティアはどうするの?」
「わたくしは、まだ倒れていない生徒を探しますわ。……もし居なければ、わたくしもレクスさんの元へ向かいますわね。」
「…わかった。…お願い。」
カルティアはすうと息を吸い込み、前にいる闇の人影の大軍を見据える。
魔術のイメージは固まっていた。
「シャインバースト!グランディオーソ!」
カルティアの掌から放たれた光の球体は、闇の人影に向かうではなく、上空へと昇っていく。
そしてその球体は大きく爆ぜた。
爆ぜた球体から降りしきる光の雨は、闇の人影を次から次へと射抜いていく。
射抜かれた人影はすぐさま泥のように消滅していった。
瞬く間に、カルティアとアオイの前には魔核がコロコロと転がりまわる。
「ふぅ……。これで一先ずは安心ですわね。」
「…凄い。…一瞬で居なくなった。」
アオイは目を丸くして、その光景を目の当たりにした。
あれだけいた数の闇の人影が、一瞬で消え失せたのだ。
すぐさまカルティアがアオイに叫ぶ。
「頼みましたわよ!アオイさん!」
「…うん。…任せて。」
アオイはカルティアから離れ、たたっと走り出す。
その眼は鋭く、大和の「シノビ」の目つきだ。
アオイを見送ったカルティアは、アオイとは別のグラウンドの方へ向かう。
カルティアは不意に上を向くと、濃いピンク色の空が学園を包み込んでいた。
カルティアは少し顔を顰めると、前を向いて走り出す。
これは、闇属性の魔術だとすでに当たりを付けていたのだ。
(これほどの魔術……一体誰が……?いいえ、それよりも今はわたくしに出来ることをしましょう。……あの方たちのところへ。)
今のままでは、カルティアに出来ることは数少ない。
闇の人影一人一人に対処していたら、多勢に無勢なのは明らかだ。
だからこそ、カルティアは会いに行こうとしていた。
それは、ある意味レクスが、最も信頼する人物たち。
勇者の御付き三人の元へ、カルティアは駆けた。
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