異変
”ドンドンドン”と響く銃声。
放たれる光弾。闇で出来た人型の化け物を正確無比に次々と撃ち抜いていく。
《《踏み慣れた木の床》》を踏み込んだレクスは、そのまま近づいてくる化け物に対し、右手の剣を突き刺した。
化け物を蹴りながら反転。その拍子に剣を引き抜きつつ後ろに下がって着地する。
着地の瞬間に黒い化け物は消滅し、コトンと黒く濁った球体を落とした。
魔核だ。
レクスが相対しているのは、魔獣の大群。
それも普通の魔獣ではない。
「ダークネスサーヴァント」の大群だ。
「くっそ……!数が多すぎる!一体どうなってやがんだ!?」
何時もの黒いフードから覗く紅の瞳は、レクスの周りにひしめき合う黒い化け物の集団を捉えていた。
倒してもまた数が増えるばかりのダークネスサーヴァントを、レクスは忌々しいように睨みつける。
すでに周囲には、何処から出たかと言わんばかりに、黒い人影が覆っている。
先手必勝と言わんばかりに、レクスは大群へと駆け出した。
カチャリと銃のダイヤルを上に回し、レクスは二十発の光弾を周囲へとばら撒く。
「喰らいなっ!」
弾幕を張ったのち、光弾で怯んだ手近な人影に踏み込むと、ヒュンと剣で胴を薙いだ。
そのまま銃のダイヤルを下に回し、人影の頭を光弾で吹き飛ばす。
「次だ!」
掛け声に合わせ、レクスは腰を落とすと太腿を張り、一気に跳躍する。ふわりとレクスの髪が舞う。
それはまるで蛮勇が如く、黒い影の群に自ら飛び込んでいった。
まるで餌に群がる蟻が如く集まる人影に、レクスは顔を顰める。
着地地点の黒い影の頭部を足でホールドし、すかさず脳天に一発。
「次!」
消滅を確認する間もなく、影を蹴り抜く。
空中に舞い戻り手近な人影に一発。
「次ぃ!」
ストンと着地したレクスは、足を軸として独楽のように右手の剣で周囲を回し薙ぐ。
切り裂かれ、撃ち抜かれた黒い影は瞬く間にヘドロのように、ドロリと溶け出して崩れ去った。
「ちっ、まだまだいやがんのかよ!」
舌打ちするレクスの額から、ぽたりと汗が滴り落ちる。
一体一体はそこまで強くもなければ耐久力もない。
だが、黒い影は圧倒的なまでの量でひしめき合っていた。
(ダークネスサーヴァントってすごく魔力量食うんじゃなかったっけか……?なんでこんなに湧き出てやがる……?)
ひしめき合う程の影の数と、その出現場所にレクスは疑問を持っていた。
今、この場で戦っているのはレクス一人だけだ。
先へ進んで状況を確認しようにも、ひしめく黒い影でなかなか進めない。
向かってくる黒い人影に向き直り、レクスは銃を構え直す。
その時だった。
”ヒュンヒュン”と風を切る音が響き、三体の影の頭が貫かれる。
貫いたそれは黒光りしながら、ドスドスと木の床に突き立った。
棒手裏剣にハッとすると、レクスの隣にスタっと人影が降り立つ。
女子制服のスカートがひらりと舞い、ライトブラウンの髪がひらりと靡いた。
アオイだ。
「…レクス。…無事だった?」
「ああ、なんとかな。……そっちはどうだ!?」
声をかけると同時に、レクスは向かってくる黒い影を光弾で撃ち抜く。
アオイも頷きながら、黒い影に対してクナイを振るい、喉を捌いていた。。
「…カルティアがなんとか守ってる。…あとは勇者の御付きとか。…来るときに見たけど、男子は皆駄目。」
「マジかよ……!?一体どうなってやがんだ!」
「…わからない。…でも、男子で無事なのはレクスだけ。…あとは、皆倒れてる。」
「はぁ!?……勇者も駄目かよ!?」
その言葉に、アオイはコクリと頷く。
アオイの言葉に、レクスは戸惑いを隠せなかった。
リナたちが戦っていて、リュウジが戦っていないなどありえないからだ。
「…あと、襲ってるのは女子だけ。…倒れている人には一切手出ししない。」
何故なら、ここは依頼を受けた場所でも、ましてやダンジョンでもない。
レクス達が戦闘しているのは、学園の、それも校舎の中だ。
「アオイ!力を貸してくれ!……ここを突破するぞ!」
「…もちろん。…うち、がんばる。…どこへ行くの?」
「職員室はダメだった!あと頼れるのは生徒会ぐれぇかと思う!」
「…わかった。…来るよ!」
アオイの言葉に合わせたように、闇の人影がレクスとアオイにわらわらと襲い来る。
レクスはトリガーに力を込め、アオイは太腿に仕込まれた棒手裏剣を構える。
学園の中での異様な闇の人影の大量発生と、ほぼ全ての男性の卒倒。
この明らかな異常が発生したのは、少し前に遡ることになる。
◆
「悪ぃな、コーラル。濡らしちまったから、今日は服を返すことができねぇ。……本当に申し訳ねぇ!」
昼食後、男子寮の前でレクスは、コーラルに深々と頭を下げていた。
外は未だにザーザーと雨が降り続き、重苦しい雲に空は包まれている。
頭を下げたレクスに、コーラルは困惑の表情を浮かべ、首を横に振るう。
「そ、そこまでしなくてもいいよ、レクス君。昨日も今日も雨だったし、仕方が無いことだと思うから。……昨日はどうだったんだい?」
「……まあ、とりあえず大きなヘマはしてねぇ筈だ。先週は付き合わせちまって悪かったな。」
「全然そんなことはないよ。レクス君の頼みだしね。フィリーナの件のお礼もあるし、僕としてはまだ返しきれていないと思ってるからね。」
レクスの報告に、コーラルは軽い笑みを浮かべる。
一方のレクスは少し口元を下げて苦笑していた。
確かにヘマはしていないが、レクスは昨日、去り際に見えたマリエナの顔が、頭から離れていなかった。
校門に入ったあと、男子寮に着いてから、マリエナは急ぎ足で寮まで駆けていってしまったのだ。
「さよなら」の一言もなく去っていったマリエナに、レクスは今日、会うことはできていなかった。
あんな顔をさせる為に、レクスはマリエナの頼みを聞いた訳では無いのだから。
(マリエナ……くそっ、あんだけ言っておいて女の子を泣かせて何も出来ねぇってよ……。情けねぇ。カティやアオイにも、顔向け出来ねぇ……。)
マリエナのことを思い出し、レクスはギリリと奥歯を噛み締める。
僅かにレクスの表情が歪んだ。
「ん?どうしたのレクス君。やっぱり昨日、何かあったのかい?」
「い、いや別になんもねぇよ。……ともかく、服を濡らしちまって、本当に悪ぃ!」
レクスは曇った顔を誤魔化すように、再びコーラルに頭を下げた。
そんなレクスにコーラルは再び困惑しつつ口を開く。
「そ、そんないいって!今日のレクス君、なんか……変……だ……。」
「……?コーラル?」
コーラルの言葉が浮つき、不思議に思ったレクスは顔を上げる。
同時に、コーラルの身体がぐらりと揺れた。
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