運命の人
食事を終えたレクスたちは、再びホールへと戻っていた。
先ほどまでの食事中、ずっとアーミアがマリエナの学園での様子をレクスに聞くなどで、マリエナの顔はずっと熟れたリンゴのように朱がさしている。
学園での様子を聞き終えたアーミアは、満足したように二人のことを、優しい微笑みで見つめていた。
よほどマリエナのことが心配であったらしい。
食事が終わったレクスとマリエナの二人は、初初しく手を繋いで、入り口を背に立っている。
その目前には、アーミアが玄関口まで見送りに来ていた。
その表情は、やはり満足げに微笑んでいる。
アーミアの後ろには、やはり幾人もの男がずらりと控えている。
全て、アーミアの夫だ。
一方、レクスの隣にいるマリエナに至っては、いまだに顔を茹でダコのように赤く染めていた。
「うふふ。今日はマリエナのことを聞かせてくれてありがとう。ワタシ、ずっと心配だったのよ?マリエナったらお友達ができたとか、ずっと言わないんだもの。」
「お、おかあさん!!」
「レクスさんみたいな素敵な彼氏さんもいるみたいだし、ワタシはとても安心したわ。……レクスさん、うちの娘を、しっかり見てあげてね。うちの娘、凄くおっちょこちょいだから、時たまドジをやらかすのよ。」
「お、おかーさんてば!!わたし怒るよ!」
「あらあら、マリエナがこんなに感情を剥き出しにするなんて、本当に好かれているのね。大切にしてあげて。レクスさん。」
感情を剥き出しにして真っ赤なマリエナに対し、余裕のある態度のアーミアは、何処か嬉しそうにレクスを見る。
そんなアーミアに、レクスは歯を出して笑った。
「ああ。マリエナの悲しんでる顔なんて見たくもねぇからよ。俺は俺なりに、マリエナを大切にするさ。」
「れ、レクスくんたら……もう!」
「うふふ。良かったわね、マリエナ。レクスさんはあなたをしっかりと大切にしてくれるそうよ。本当、ワタシがあと二十年若かったら、絶対に放っておかないのに……。」
「だ、だめだよ!おかあさん!レクスくんも本気にしないでね!?」
アワアワと慌てるマリエナに、アーミアは本気で残念そうな表情で、ふぅと溜め息をつく。
そんなアーミアを見て、マリエナはずっと手のひらの上で転がされているようだった。
とても、家族仲が悪いようには見えない。
レクスはそんな姿を微笑ましく思い、僅かに口元を上げた。
すると、アーミアがマリエナに真っ直ぐ眼を向けて、口を開く。
その目は、先ほどとは打って変わって真剣だ。
「マリエナ。まだ、レクスさんにあれは使っていないわよね?……サキュバスにおける、禁忌を。」
「お、おかあさん!使う訳がないでしょ!」
「そう……ならいいのよ。何があっても使わないこと。良いわね?」
「う、うん。」
「禁忌……?なんだそりゃ?」
「レクスさんは知らなくていいわよ。サキュバスの中では秘中の秘なの。」
怪訝そうな顔をするレクスに、アーミアが微笑みながらレクスの方へと向き直る。
その姿は、やはり娘を心配する何処にでもいる一人の母親のようにも思えた。
「レクスさん。もし、マリエナが傷つきそうな時には、しっかり守ってあげてね。あの娘、本当に助けを求めるのが苦手なんだから……。」
「ああ。当たり前だっての。絶対に守り抜くさ。」
ドンと胸を張るレクスに、アーミアは満足そうに頷くと、マリエナの方へ向き直る。
真っ赤になっているマリエナの耳に、ゆっくりと顔を近づけた。
「マリエナ。しっかりと彼を掴みなさいな。彼の存在はサキュバスにとってのカウンターよ。放って置くのは危険。それにアナタも心底惚れているようだし、この人を逃すと次はないわよ。」
「う、うん。おかあさん。」
マリエナが恥ずかしそうにコクリと頷くと、アーミアは満足げに顔を離した。
「他のお嫁さんたちとも、仲良くなさいな。マリエナ……居るんでしょう?レクスさん。」
「なぁっ!?」
済ました顔で爆弾のような発言をするアーミアに、レクスは度肝を抜かれた。
今まで食事の時ですら、そんな話はしてこなかったのだから。
目を見開いたレクスに、アーミアはクスクスと微笑む。
「レクスさん。ワタシは何人もの男を相手取ってるって言ったでしょう?職業柄、どんな男性とも会ったことがあるのよ。貴方はそういうタイプ。隠し事はやめておきなさい。伊達に娼館の主はやってないわよ。」
全てを見透かしたようなアーミアに、レクスは勝てる気がしなかった。
それは今まで多くの男を手玉に取ってきた、歴戦のサキュバスの振る舞い。
まだ若いレクスには、アーミアの相手は荷が重かったようだ。
「お、おかあさん!!いい加減にしてよ!」
「あらあら、娘に怒られちゃったわね。マリエナ、レクスさんを送っていってあげなさい。……あと、レクスさん。またうちにいらしてね。ワタシ、貴方のこと気に入っちゃったから。……もちろん、《《そういう》》目的でも大歓迎よ?」
「お、おかあさん!!?……もう、知らない!……行こ、レクスくん。」
「あ、ああ。アーミアさん、じゃあ、俺はこれで。」
ぷんぷんと怒ったようなマリエナに腕を引かれるように、レクスはマリエナと玄関口に向かって歩き出す。
そんな二人の後ろ姿を、アーミアは優しく微笑みながら見送っていた。
二人が出ていき、バタンと勢いよくドアが閉まる。
後に残るしんとした静けさが、アーミアを包み込んだ。
アーミアは安堵したように、ふぅと溜め息を漏らす。
「マリエナったら、本当に凄い人を連れて来たわねぇ。魔眼も効かないし、何より《《本当の意味でサキュバスのカウンター》》ね。あの子、無様に喘がされて鳴かされるわよ。もちろん、他のお嫁さんもね。……ワタシもあんな恋、してみたかったわ。たまには借りちゃおうかしら?」
クスクスと蠱惑的に微笑むアーミアは、面白そうに一人ごちた。
アーミアはすでにわかっていたのだ。
「……どう見ても、あの娘の方が本気じゃない。レクスさんの方が惚れているなんて、嘘ばっかり。」
レクスが恋人のフリをしていることを。
どう見てもフリには見えなかったが、それはすでにマリエナが落ちているからだと、アーミアはアタリをつけていた。
そして、アーミアはレクスの身体つきや性格、手の形などを見て、こう分析していた。
それは、レクスはかなりの《《やり手》》だということ。
《《サキュバスに対するカウンター》》。
その事実が意味するのは、あれに一度抱かれたら、どんな女性も快楽の渦に押し込められ、虜になってしまうだろうということ。
女殺し、いやサキュバス殺しと言ってもいいかもしれない。
もちろんレクス本人は童貞であり、未だ気がついていないのはアーミアも把握していた。そもそも付き合い慣れているなら、もっと上手くレクスは演じただろう。
それでもマリエナの未来には欠かせない人物だと、アーミアの直感が囁く。
サキュバスに対抗出来る男性という特異点を除いても、レクスの時計にアーミアは眼を惹かれた。
《《ミノスの魔導時計を持っている》》というのは、冒険者の中でも数少ない実力者の証だと、アーミアは知っていたのだ。
十分な強さをもち、性格も申し分なし。
顔も良く、血筋もしっかりとしている。
魔眼にもかからない。
欠点を挙げるとすれば、口が悪いことと、《《大切な女性には頭が上がらなそうだ》》といったところだろうか。
全てが「マリエナの運命の人」と語るようだ。
レクスのことを、アーミアはそう、評価していた。
屋敷のホールに佇んでいるのは、娼館の主ではない。
「娘をよろしくね。レクスさん。」
娘の幸せを願う、ただ一人の母親の姿だった。
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