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慣れない姿

 翌日。レクスの姿は一際大きな屋敷の前に、ぽつんと一人立っていた。


 空の雲はやはりどんよりと重苦しく、雷でも聞こえてきそうだ。


 落ち着きもない様子で立ち、顔は僅かに引き攣っている。


 その服装は、着慣れない正装の黒い燕尾服。


 髪型もオールバックに纏められ、レクスは何処かスースーとした違和感を感じずには居られなかった。


 コーラルから貸して貰った着慣れない服で、見慣れない大きな鉄格子の門を見上げていた。


 庭や格子のフェンスなどは細やかに手入れされており、貴族としての風格を感じさせる。


 しかし全体的に暗く、気味の悪い雰囲気を拭えない。


 空も昨日から引き続きの、気持ちの晴れない曇り空であり、その不安感を余計に煽っている。


 何処か立ち入ってはならない禁足地であるような感覚を、レクスはビシビシと肌に感じていた。


(まだかよ……会長。こんなとこに一人で立たせられても居心地悪ぃんだけどなぁ……。)


 レクスはキョロキョロと辺りを見回す。


 すると目的の人物……マリエナが門の向こうからレクスに歩み寄る。


 レクスがマリエナを目に入れた瞬間。


 息を、呑んだ。


 フリルの多い、薄紫のドレスを纏ったマリエナは、何時もと異なる姿でレクスを出迎える。


 胸元が大きく開き、身体の線を強調するようなドレスは、普段のマリエナにはない大胆さと美貌を兼ね備えた美人をレクスの眼に投影していた。


 角に紫のリボンまでつけたおめかしは、サキュバスらしい装いといえる。


 その表情は、何処か憂いを含んでいるようだが、それすらも美しさの一部に感じさせる雰囲気は、サキュバスのなせるものか。


「お待たせ、レクスくん。さ、おかあさんが待ってるから、入って。」


「お、おう。……綺麗だな。マリエナ。」


「う……うん。あ、ありがとう……。い、一応お気に入りのドレスだから…。」


 レクスが頬を染めて放った言葉に、マリエナも頬を染めてどことなくよそよそしくなる。


 マリエナがガチャリと門を開くと、レクスは頬を染めたまま、敷地内へ足を踏み入れた。


 門の先はずらりと規格の揃った石畳が、玄関まで舗装されたとても立派な物だ。


 レクスが手を差し出すと、マリエナは手は握らず、腕を抱え込んだ。


 マリエナの巨大な胸の弾力ある感触に、レクスはどぎまぎしてしまい、心拍が跳ねる。


 そのまま二人は石畳の上を歩き出す。


 慣れないレクスの革靴の音と、マリエナのヒールの音がコツコツと鳴り響き、協奏曲を奏でているようだ。


 そして玄関までたどり着くと、その大きな佇まいを見上げる。


「こ…これが、マリエナの家か……。」


「うん。わたしのおうち。わたしも寮にいるから、時たましか帰ってこないんだけどね。」


 マリエナの家はコーラルの家やガラムタの家とも異なり、ダークオーク材で作られた、巨大な屋敷だ。


 華美な装飾もなく、黒く佇むその姿は、やはり何処か立ち入ってはならない雰囲気を掻き立てる。


 中央に配置された扉すらも、黒い木材であったことから、重苦しいようにもレクスには感じられた。


 大きなドアノッカーをコンコンとレクスは叩く。


 帰ってきた声は、妙齢の女性のもののように思えた。


「……お入りなさい。マリエナちゃんも一緒よね。」


 レクスはその扉に手をかけて、ゆっくりと押し開く。


 マリエナを横に従え、レクスは屋敷に脚を踏み入れる。


 扉の先は、ガラムタの屋敷のように広い玄関ホールになっていた。


 満遍なく赤い絨毯が敷き詰められたその屋敷は、非常に金銭を多く持っていることの現れだ。


 クライツベルン家は娼館を取りまとめているだけあり、入ってくる金額も貴族のなかでは非常に多い部類に入る。


 故に、屋敷の外より中の方を重視して、質実剛健を求めているようにも見えた。


 そんなホールの中央に、マリエナの母親が多くの男性を傅かせ、真っ直ぐ立っている。


 それは、美と色香の暴力だった。


 レクスの目に飛び込んで来たのは、紫色のウェーブがかったロングヘアで、紫のサテンのようなドレスを着た美女だ。


 その肉体は、男の欲望をこれでもかと詰め込んだように魅力的に映るだろう。


 ただその姿を見ても、レクスはほとんど動じていなかった。


 それはレクスの精神力もあるだろう。


 カルティアやアオイ、マリエナに加え、リナやカレン、クオンに申し訳が立たないという気概から来るものだ。


 さらにもう一つ、全員が美女もしくは美少女であるクロウの妻たちに見慣れている事も、要因の一つであるのだろう。


 その姿に、マリエナは少し眼を丸くして驚いている。


 腕を抱えながらレクスの横顔を見ても、全く動じているような様子がないのだ。


 マリエナはそのレクスの凛とした横顔にうっとりと眼を潤わせるようだった。


 マリエナのその心境も最もであったのか、マリエナの母親も、何処か面白いように口元を上げ、ニヤついていた。


「はじめまして。アナタがマリエナがお付き合いをしている方ね?ワタシはアーミア・クライツベルン。アナタは……。」


「レクスです。レクス・ヴェルサーレといいます。マリエナさんと、真剣に将来を見据えて交際させて頂いています。アーミア様の事は、マリエナさんからお伺いしていました。お会い出来て、光栄です。」


 レクスはマリエナから手を離すと、真っ直ぐアーミアの目を見て話し、深々と頭を下げた。


 これは、レクスがカルティアやコーラルから教えられたマナー教育の賜物である。


 いつもとは全く異なるレクスの態度に、マリエナは目を丸くして絶句する。


 それはどうやら、アーミアも同じようだった。


「へぇ……思ったよりも、しっかりした男の子なのね。それにヴェルサーレ……外交をしている貴族の方ね。……マリエナ、しっかりした男の子じゃない。もっと早く紹介して欲しかったわ。」


 アーミアはクスクスと微笑み、マリエナに目を向ける。


 しかし、マリエナはレクスに目を白黒させて戸惑う一方だった。


 何時もと全く異なる態度なのもそうだが、レクスがヴェルサーレ家の子息だなんて、マリエナは聞いた事もないのだ。さらに挨拶に慣れたような態度にも、拍車をかけていた。


 実はレクスはコーラルから、「ヴェルサーレ」の姓を使ってもいいと言われていたのだ。


 頭を上げたレクスは少しだけ微笑んだように、アーミアを見つめる。


「マリエナさんはお恥ずかしかったのでしょう。僕もまだまだ貴族としてはひよっこです。お恥ずかしながら……引き籠もっていたもので、社交界すらも出た事が御座いません。僕も、マリエナさんに恥ずかしがられないように、精進していくつもりです。」


「ふふふふ。あの子がこんな人を見初めるなんて、驚いたわね。母親として、あの子のことがわかっていなかったのかしらね。どうしてマリエナとお付き合いすることになったの?聞かせて頂戴。」


「僕が一目惚れ致しました。マリエナさんを校内でお見かけした時に胸をうたれ、そこから交流を持ちはじめたことがきっかけです。僕のような男性には勿体ない女性ですよ。」


 にこやかに微笑むレクスは何時も通りのレクスからは想像も出来ない立ち居振る舞いだ。


 そんなレクスに、隣に立つマリエナは内心で悶えていた。


(レクスくん……何時ももかっこいいけど、今のレクスくんも素敵だよぉ。まるで、絵本の中の王子様みたいで……。)


 アーミアと堂々と話しているレクスに、マリエナは幼い頃に読んだ絵本の王子様と重ね合わせていた。


 囚われたお姫様を、白馬に乗って駆けつけ、颯爽と華麗に救い出すという童話の絵本は、マリエナのお気に入りだ。


 絵本の王子様と重なったレクスを、マリエナはぽぉっと見つめている。


 蕩けきり、何処か求めているようなその目からは、桃色の光が漏れているようにも見えた。


 馬が跳ねるように、マリエナの心臓はけたたましく早鐘を打ち続ける。


 その姿を、アーミアはしっかりと捉えていた。


 クスクスと微笑みながら、一人でレクスへと歩み寄る。


「あらあら、マリエナも相当お熱のようね。でも……本当に面白い方じゃない。」


「いいえ、僕は引き籠もっていた貴族の一人です。今はそんな大層な人間ではありませんよ。」


「謙遜はあまり褒められたことではないわよ。レクスさん。……アナタ、魔眼に掛からないのね?」


お読みいただき、ありがとうございます。

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