指切り
「…はぁ!?…何でそうなるんだよ?」
レクスはレインの言葉に、唖然と口を大きく広げた。
レインを良く見ると、頬も紅く、少し照れてもいるようだった。
「レクスさんのお父さんの技術は、秘伝の技術だと思われるです。これを開示してもらうには、家族の一員になるしかないと思ったまでです。つまり、それが…」
「俺との結婚だと?……レイン先輩、頭は大丈夫か?」
「あ、頭は大丈夫です。あちしはレクスさんとならそうなってもいいと思ってるです。だから……」
「先輩。自分を安売りすんじゃねぇよ。第一、そんなもん秘伝でも何でもねぇっての。うちの村に来れば、親父も教えてくれるだろ。」
「そう……です……か?ご、ごめんなさいです!あ、あちし早とちりしちゃって……。」
顔を紅く染めて慌てふためくレインを、レクスは可笑しそうに笑った。
そんなレクスに気付くと、レインはレクスにじとっとした目を向ける。
「レクスさん、乙女の一世一代のプロポーズを笑うとか、巫山戯すぎです。」
「悪かったって。……夏には俺は実家に一度帰るからよ。レイン先輩も親父に会ってくか?」
「え……良いですか?で、でもお邪魔なんじゃ…?…」
「俺一人で帰るつもりだけどよ。…どうせアオイも着いてくるだろうしな。さすがにカティは無理だと思うけどよ。よかったらどうかと思ってな。」
「い…行くです!行かせてくださいです!」
レインはすぐさまレクスに頭を下げた。
その勢いにレクスも少したじろぐ。
回りを歩いている人たちも、何ごとかとレクスを見ていた。
「お、おう。えらい勢いがいいな。」
「当然です。憧れの人に会えるですから。」
レインはキラキラと、何処か期待した目で、胸を張った。
着痩せするタイプなのか意外と大きいらしく、しっかりと山が作られていた。
そんなレインに、レクスは少しだけ気圧されていたのは気の所為ではないだろう。
(親父のファンみたいな奴がいるのか……。世界は広ぇなぁ。)
レクスは感心しながらも、レインに向かってにこやかに微笑む。
「そうか、じゃあ……約束だな。レイン先輩を、夏には必ず親父に会わせてやるよ。」
「言ったですね。約束です。……そうだ!指切りするです!このほうがそれっぽくないです?」
「ああ。良いぞ。」
レインの子供っぽい提案に、レクスは微笑みながら応じる。
やはり何処かクオンをみているように、レクスは感じてしまった。
レクスは荷物をバランスよく片手に持ち替えると、レインに左手の小指を差し出した。
すると、レインも左手の小指を差し出す。
小指と小指を繋げると、勢いよく離した。
「指切った……です。これでレクスさんには、約束を守って貰わなくちゃ駄目になったです。」
「そんな心配しなくても、ちゃんと守るっての。レイン先輩。」
指切りをして満足げなレインだったが、レクスの言葉を聞いた瞬間、僅かに眉を顰めた。
「……やっぱり、なんか馬鹿にされてるように思うです。だから、あちしも”先輩”を取って、”レイン”でいいです。」
「良いのか?レイン先輩。」
「良いです。むしろさっさと取るです。」
「……わかった。レイン。これで良いだろ?」
強情なレインに、レクスは半分仕方なく彼女の名を呼ぶ。
するとレインは頬を染め、何処かうっとりとした表情を浮かべた。
その目元は嬉しそうに下がっている。
「はぁ……すごいです。名前呼ばれただけで……ふわぁ。」
「レイン?」
うっとりした呟きにレクスは声をかけると、レインはコホンと咳払いをした。
依然として顔は赤かったが。
「それで良いです。レクスさんは今からそう、あちしを呼ぶです。」
「あ、ああ。そうさせてもらうけどよ……?」
機嫌よく歩き出したレインに、レクスは首を傾げながらも付き従い、歩みを進める。
しばらく歩くと、ぼそりとレインが呟く声が、レクスに届いた。
「……もし、あちしが何か悪いことをしたら、レクスさんは許すです?」
ぼそりと呟かれた声。しかし何処か憂いた声。
レインの言葉に、レクスも呟くように声を返す。
「さあな。少なくとも、レインは悪い奴じゃねぇだろ。だけど、もし誰かを傷つけるのならば、俺は許さねぇだろうな。」
レクスの声に、レインはビクリと肩を震わせた。
何処か悲しげに顔を俯かせるレイン。
しかし、それに気づかずに、レクスは「でも」と続ける。
「レインが悪いって思ってるなら、傷つけた人に謝って周る他ねぇだろ。そん時に俺もいて欲しいってんなら俺も頭を下げるさ。大事なのは、贖罪の意思だ。それがありゃ、少なくとも俺は文句を言わねぇよ。」
レクスが言葉を紡いだ瞬間、レインはゆっくりと顔を上げ、レクスを見上げた。
その表情は何処か昏く、歯を食い締めているようにも見える。
すると、何処か搾り出すように、レインはぽつんと呟いた。
「……なんで、あちしはもっと早く、あなたに出会わなかったですかね。」
「……レイン?」
「レクスさん、お願いがあるです。」
レクスがちらりと目を向けると、レインは真面目な目つきでレクスを真っ直ぐ、何かを決めたように見ていた。
「明後日は、学園から離れるです。悪いことは言わないです。どうか……お願いするです。」
レインの真剣な声に、レクスは訝しむも、ふぅと溜め息をつく。
「……確証は出来ねぇ。俺もやることがあるからよ。」
「それでもです。……お願い、するです。」
「……努力はする。」
レインは何処か寂しげに前に向き直ると、急ぐように歩き出した。
レクスも荷物を持ったまま、レインのあとに続く。
レインの言葉通りに、明後日、学園から離れる気はレクスには毛頭無い。
”何かある”レインがそう断言しているのに等しいと、レクスは感じていたから。
(レイン……一体何があるってんだ……?)
訝しみながらも歩を進めるが、レクスの中には答えが出ない。
レインも押し黙ったままだ。
ガヤガヤとした人通りが増えていく中で、二人の間を静寂が挟んでいた。
二人は、終始無言のまま学園に足を踏み入れる。
レクスがちらりと空を見上げると、雲が陽を隠し、黒い雨雲が浮かんでいる。
もうじき一雨きそうな、暗く澱んだ天気は、レクスの心を何処かざわつかせた。
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