君の名前も
毎日、毎日生きるのがつらい。
僕が何かしたのかな。前世でなにかしましたか。
なぜ、僕よりも悪いことをしている人は不幸にならないのですか。
誰か、誰か…たすけて。
ピピピピ…
大きな音でスマホの目覚ましが鳴る。
その音と同時に僕の目が覚めた。
__今日もまた、地獄の1日が始まる。
少し大きめの制服を着て朝ごはんは食べずに家を出た。
家から学校まではさほど距離はなく、歩いて15分くらいだ。
みんなが友達と話しながら登校している中僕は一人だった。
学校に到着し震える手を抑えながら、げた箱を開ける。
すると、げた箱からは大量のごみが落ちてきた。
ティッシュのゴミや、使用済みの割りばし。あらゆるものが詰め込まれており、
げた箱は腐った食べ物のような異臭に包まれていた。
素手でごみをかき分けるが、上履きは見当たらない。また隠されたのだろう。
吐き気を我慢しながら裸足で教室へと向かう。
僕の席は窓側の一番後ろの席で、みんながうらやましがる席だが…
僕にとっては”地獄の席”だ。
教室に入ると、僕の席に座ったクラスメイトのタケダがこちらを見てニヤニヤしている。
「あ…の。僕の…靴しらな…い?」
震える声で僕はタケダに話しかけた。
するとタケダは僕の髪を引っ張って怒鳴り散らす。
「おい!まずはおはようございますだろうが!!なめてんじゃねーぞ!」
他の奴も一緒になって馬鹿にしてくる。
「こいつ、裸足じゃん!くっせー」
「この泥だらけのくつ、お前のかー?」
そう言って泥だらけになった僕の靴を僕の顔目掛けて投げてきた。
これは日常茶飯事だ。
そう、僕はいじめられている。
でも高校1年生のときは、いじめられていなかった。
ただ自分の席で本を読んだり、好きなアニメの曲を聴いたり…。
1人でいるのは楽で、友達がいなくても僕はさみしくなかった。
高校2年生に入ったときからだ。
僕がイヤホンで音楽を聴いていた時にタケダが話かけてきたみたいで、僕ばそれに気付かなかった。
それをタケダは面白くなかったみたいでそれから僕がいじめの対象になったのだ。
最初はほんのイジリだったのが、どんどんエスカレートして暴力まで振るうようになってしまった。
基本タケダが僕を殴り、ほかの3人は汚い笑い声を僕に浴びせる。
他のクラスメイトはいじめの対象になるのが怖いのか、だれも止めない。
先生も見て見ぬふりをする。むしろタケダと先生は仲がいいのでもちろん注意しない。
もう僕の体は限界を迎えていたが、親には迷惑をかけたくなくてからいじめのことはだれにも相談できなかった。
放課後、"タケダから理科室に来い"とメッセージが来ていたが僕は屋上へと向かった。
屋上はだれでも入ることができるが落下防止のフェンスがたてられている。
(もう解放されて自由になりたい…)
そう思いながらフェンス越しに下を見ていると
「死なないで!!」
と後ろから叫ぶ声が聞こえてきた。
驚きながら後ろをみると、他行の制服を着た黒髪の女子生徒がいた。
見慣れない制服に驚きを隠せなかった。
「え、と…誰?て、てか…どこの学校…ですか…」
「私は明日からこの学校に転入する、西条佐久よ
今日は担任の先生にご挨拶しに来たの」
淡々とした表情で話し始めた。
「君、死にたいの?やめときなよ。ご両親も悲しむんじゃないの。」
説教をしながら僕に近づいてくる。
なぜ、初めてあったばかりの人に、僕のこと何も知らないやつに止められないといけないのか。
そう考えるとどんどん腹が立ってきた。
「…なん…で…」
別に西条さんにいじめられているわけじゃないのに。
そうわかっていたが、いままで溜まっていたストレスが込み上げてきた。
「なんで止めるんだよ…!生きていても…地獄で…。誰も助けてくれない!
僕が何をしたんだ… 毎日が生き地獄なら…もう自由に……」
そう言いかけた瞬間、西条さんが僕を優しく抱きしめてくれた。
こうやって抱きしめられたのは…なんだか懐かしいような、あたたかいような。
色々な感情が湧き出てきて、目から大粒の涙が出て止まらなかった。
西条さんは優しい言葉をかけるわけでもなく、ただ優しく僕を抱きしめてくれた。
泣くのと同時にしゃっくりがでる。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
少し落ち着いてきたら西条さんは僕から離れて入口を指さす。
「ちょっと、あそこで話そうか」
ぐしゃぐしゃになった顔を拭いて、入口の近くに移動する。
少し砂で汚れているがその場に座る。
「…急にだきしめたり…ごめんね。でもキミが…なんだか限界を迎えている気がしたから。」
西条さんの少し微笑んだ表情と柔らかい声に僕はまた泣きそうになる。
そして僕はいじめられていることや誰にも相談できないことを西条さんに話した。
西条さんは僕の長い話を「うん」と相槌を打ちながらちゃんと聞いてくれた。
全部聞き終わったとき、西条さんは涙を流していた。
「…君は優しいよ ずっとつらかったわね」
僕は初めて他人にいじめのことを相談したので、心臓がどきどきしていた。
西条さんは涙でぬれた顔を服の袖で拭いて落ち着いてから、僕の名前とクラスを聞いてきた。
「2年4組、沼田周…です」
「え!私も2年4組!さっき担任の先生が言っていたわ
あの先生悪い奴だったなんて・・・まあ名前は覚えてないけど」
「…オオタ先生だよ まあ…仕方ない
体格的にもタケダの方が強い…から…いくら先生でも…力では勝てない…。」
「私、いじめとかそういうの許せないの いじめをする人もそれを見て見ぬふりする人も… 大嫌いよ」
どこか悲しげな表情の西条さんはなんだか幼く見えた。
その後僕たちはそのまま途中まで一緒に帰り、別れ際西条さんは
「また明日」
と手を振っていた。
女の子と一緒に帰るのは初めてで、手を振るその姿に僕はなぜかドキッとしてしまった。
ピピピピ…
スマホの目覚ましが鳴る。
不思議と気持ちよく目が覚めた。今日西条さんに会えるのを楽しみにしている自分がいた。
いつもより気分よく覚めた気がする。
なんだか今日はいい気分なので朝ごはんを食べてから家を出た。
登校中にふと、昨日タケダに呼び出しされて行かなかったことを思い出した。
きっと、ものすごく怒っているだろう。僕は急に怖くなり道の途中で止まってしまった。
すると後ろからトントンと肩をたたかれた。
僕は怖がっていたせいか、いつも以上にびっくりしてしまった。
「おはよ 沼田君・・・大丈夫?」
振り向くと西条さんがいた。
タケダじゃなくてよかった・・・
「…あ、おはよう ごめん…少し考え事…」
震える手を後ろに隠しながら僕は答えた。
そのまま僕は西条さんと一緒に登校したが、
西条さんは先生のところへ行かないといけないらしいので廊下で別れることにした。
「また、後でね。」
西条さんは微笑みながらそう言うと職員室へ向かっていった。
僕はなかなか教室へ入ることができず、タケダたちが自分の席に戻るギリギリまで廊下に立っていた。
未だ担任のオオタ先生が来ていなかったのでホームルームが始まるチャイムと同時に教室に入った。
「おいおい、遅刻かよ ドタキャン野郎!」
教室に入った瞬間、廊下側に座っているタケダが話しかけてきた。
僕は怖くて立ち止まってしまった。というか足が震えて動かない。
タケダがこちらをにらみつけて嫌味を言ってくる。
「逃げるなんていい度胸じゃねえかよ おい!」
シンと静まった教室でタケダの大きい声だけが響く。
僕は怖くて声すらも出ない。
「てめえ、いい加減にしろよ!昨日来なかったんだから土下座しろよ」
タケダが怒鳴り立ち上がった瞬間…
教室の一番前のドアからオオタ先生と西条さんが入ってきた。
「みんな座れー 転校生の西条さんだ」
教室は一気にざわついた。「かわいい」「キレイ」などといった言葉が飛び交う。
さっきまで声を上げていたタケダも自分の席に座っている。
何とか助かったみたいだ・・・
「西条佐久です よろしくお願いします」
昨日はそこまで意識していなかったが西条さんはすごく美人で、
念入りに手入れされた真っ黒なさらさらのロングがよく似合っている。
西条さんはずっとこちらを見ているが、僕はなんだか恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
西条さんの席は僕の後ろになった。
1限目が始まると西条さんは僕の肩をたたいて
「手出して」
と小声で言ってきた。
僕は振り向いて手を差し出すと西条さんは僕の手に小さく折った紙を渡してきた。
広げてみると・・・
「"タケダってどれ?"」
と書かれていた。僕はそれに対して
「"廊下側の席の後ろから2ばんめ。うるさいやつ"」
と書いて西条さんに渡した。
それから僕たちは、紙を使って会話した。
「"やっぱり!見るからにヤンチャそう。"」
「"僕なんかが敵う相手じゃないよ。"」
「"私がついてるよ。"」
僕は西条さんのあたたかい言葉に感動していた。その時だった。
「せんせーい!!沼田が西条さんと文通してまーす!」
僕らの行動をタケダに見られていたみたいで、すぐにチクられた。
まずい・・・タケダにこの紙を見られたら殺される。
僕はこの紙に「うるさいやつ」と書いてしまった。
昨日の放課後いかなかったことでも腹を立てているのに、悪口まで言っていることがばれたら終わりだ。
焦りながら紙を机にしまった。オオタ先生がこちらに向かって歩いてくる。
「沼田。文通していたのは本当か?」
僕は嘘をつけず、うなずいてしまった。
「授業中だぞ。その紙はどこだ?悪口とか書いていないだろうな?」
(もう正直に言ってしまおう・・・)
机の中から紙を取り出そうとしたときだった。
西条さんが勢いよく立ちあがる。
「先生。これです。すみません!まだ学校のことわからなくて…。色々聞きたかったのでこの紙にまとめて渡したんです。」
西条さんは僕とやり取りしていた紙とは別のものを先生に渡した。
その紙には、"学校で気になること"が箇条書きで書かれていた。
オオタ先生は少し困った顔で言う。
「ふむ…。今は授業中だ。あと少しで1限目も終わるし休み時間にしなさい。」
軽く注意され、オオタ先生に渡した紙は西条さんのもとに戻され、そのまま授業が再開された。
あまり授業中に話すのもよくないと思い、西条さんとは会話せずに1限目が終わった。
キンコンカンコーン…
1限目終了のチャイムが鳴るとタケダたちがすごい勢いで僕の席に集まってきた。
するとタケダは僕の胸倉を強くつかみ、至近距離で僕をにらんだ。
「おい、お前ちょっとこいや」
怒った表情、声、そして何をされるか分からない恐怖に僕は手も足も震えて息をするのも辛かった。
すると、後ろの席の西条さんが立ち上がりタケダのことを突き飛ばした。
突き飛ばされると思っていないタケダはそのまま床に転んでしまった。
あまりにも急な出来事にタケダの手下たちもポカンと口を開けて突っ立ってる。
他のクラスメイトも、タケダの転んだ姿に耐え切れず笑ってしまう人もいた。
いつもの西条さんの優しい声とは違い、力強い声で怒鳴る。
「いじめとか恥ずかしくないの!!!」
そのままタケダの上にまたがり、西条さんはタケダの胸倉をつかんだ。
「事情は沼田君から聞いてるわ これ以上沼田君をいじめるなら私が相手してあげる」
タケダは西条さんの怒った表情にビビったのか真っ青になりながら微笑を浮かべている。
「…は、はは こいつが、昨日の予定すっぽかすから…
さ、西条さんも約束破られたら怒るだろう 昨日1時間も待たされたんだぜ?」
ビビりながらも必死に言い訳を並べてるタケダ。
そんな言い訳も西条さんには通用しない。
「貴方が勝手に立てた予定でしょ 沼田君は同意していない この時点で約束は成立していないわ。」
西条さんはタケダから離れ、起き上がる。
するとその隙を狙ってタケダが襲い掛かる。
「…この女、さっきからべちゃくちゃうるせえな!!」
タケダは勢いよく腕を振り上げる。
僕は焦って止めようとしたが、タケダの手下たちに抑えられてしまった。
「やめろおおおおおおおお!!!」
そう叫ぶことしかできない自分がすごく憎たらしかった。
西条さんは、冷静な表情のまま低い声で言った。
「ちなみに、この一部始終はカメラで撮影しているわ あなたがもし私を殴ったら立派な暴行ね
それに貴方から沼田君の胸倉をつかんでいるし、弁解のしようもないわね
この動画を教育委員会に送ることもできるし… あなた終わりよ」
タケダは腕を下ろし、「チッ」と舌打ちをした。
ふと西条さんの机を見るとさりげなくスマホが立てかけてあった。
だがタケダはそのスマホに気づいていないようだ。
「今後もいじめをするようなら動画をばらまくことになるけど
貴方も馬鹿じゃないわよね?」
ボロボロにされたタケダをみて、手下たちも微笑を浮かべている。
さすがに恥ずかしかったのかタケダは顔が真っ赤になっていた。
そのままタケダは西条さん起き上がる。
「くそっ!!」と吐いてから手下たちと廊下に出て行った。
僕は、何もできなかった。怖くて震える事しかできなかった。
そんなダサくてかっこ悪い自分が本当に、本当に大嫌いだ。
西条さんは、ニコッと笑いほかのクラスメイトたちに「うるさくしてごめんね~」と言い、
荒れた机や椅子を元通りに直した。
するとほかのクラスメイトたちは盛り上がり、タケダを懲らしめた西条さんのことを称賛した。
学級委員長のムライさんがこちらに近づいてきて、頭を下げた。
「沼田君、すまない 学級委員長の僕が…止めるべきだったのに…本当に申し訳ない
いつも見て見ぬふりをしていた… 次は僕になるのが怖くて…学級委員長失格だな」
震えた声でムライさんが謝罪をする。
正直みんなの気持ちはわかる。僕が逆の立場ならきっとそうしてしまっていたから。
責めるに責められず、僕は「大丈夫」と返した。
その様子を西条さんは静かに見ていた。
「西条さんありがとう 僕、何もできなくて…本当に…」
謝罪を言おうとするとそれを遮るように西条さんは話した。
「謝罪なんていらないわ、沼田君は何も悪いことしていないし それに謝るのはあいつらよ?」
「なんで…こんなに… 僕なんかにやさしくしてくれるの?」
「…その自分を下げる発言やめて ただ私はいじめが嫌なだけ」
僕のネガティブな発言にムスっとしながら西条さんは答えてくれた。
それからタケダたちは嫌がらせや、いじめをしてくることはなかった。
さすがにほかのクラスにも、”西条さんにタケダが負けた”ということが広まってしまったようだ。
タケダの手下たちはどんどんタケダから離れていき、最終的にタケダは一人になった。
きっと手下たちも自分がいじめられないようにタケダのそばにいたのだろう。
タケダはほとんど学校に来なくなってしまい、ありとあらゆるうわさが学校中に広まった。
数か月が経ち、文化祭の季節がやってきた。
僕たち2年4組は、お化け屋敷をやることになった。
部活に入っていない人は、放課後文化祭の準備をしないといけないので僕と西条さんは毎日居残りをしている。
お化け屋敷で使う段ボールを黒の絵の具で塗っていたとき西条さんが話しかけてきた。
「沼田くん 手伝うよ」
役割分担をして僕が段ボールをつなげて西条さんが絵具で塗ることになった。
作業をしているときに西条さんが話し出す。
「最近タケダ君おとなしいわね」
「そうだね… 教室でも一人だし…」
「…いじめていたのは事実だし 私は許せないわ」
「西条さん…なんでそんなに僕にやさしくしてくれるの…?
なんていうんだろう… ほらみんないじめをかばったら次は自分になるかもって…
誰も助けてくれなかったから…」
西条さんは少し悲しげな顔で、話し始めた。
「そうね…少し長くなってしまうけれど…
__これは私が高校1年生の頃のお話。
自分でいうのは恥ずかしいけれど、私はこの顔立ちのせいかクラスで人気があった。
私のいた学校は女子高だったけれど、クラスの仲は良かったと思うわ。
だいたい仲のいい子たちで固まってグループができていたけれど私は基本的にみんなと話す、中間的な立ち位置にいた。
特に仲が良かったのはミカドミキっていう結構おしゃべりな子だった。
ミキ…ミカドは誰にでも話しかけられるコミュニケーション能力の高い子だった。
入学初日、ミカドとは席が隣ですぐに仲良くなった。
別に共通の趣味があるわけではなかったけれどくだらないことで笑ったりするだけでも楽しかった。
でも私には、みんなに内緒にしていることがあった。
それは、"アニメが好き"だということ。
アイドルが好きな子はたくさんいたけれど、アニメが好きな子は少なくてなかなか言えなかった。
だけどクラスに一人だけ、アニメが好きな子がいたの。
その子の名前は、城崎唯奈。少しぽっちゃり体系でメガネをかけている。
唯奈はあまり自分から話しかけるタイプではなく、いつも教室で一人だった。
そんな唯奈と仲良くなったきっかけは、唯奈のバッグに私の好きなアニメ"きらすて"のキーホルダーがついていたときのこと。
「こ、このキーホルダーってめっちゃレアなものよね… 城崎さん"きらすて"好きなの?」
「西条さん…!?は、はい!"きらすて"好きです…特にメアリちゃんが!」
「ほんと!私はあかりんが好きで… あと敬語じゃなくていいわよ、同い年だし…」
そこから私たちは"きらすて"の話で盛り上がった。
初めて共通の趣味を持っている人と出会えてすごくうれしかった。
何よりすごく楽しかったの。
だからミカドと一緒にいる時間よりも、唯奈といる時間が多くなってきていつの間にかミカドとは気まずくなってしまった。
唯奈は絵がすごく上手で、漫画も描いていた。
たまに唯奈の書いた漫画を読ませてもらったり、私の似顔絵を描いてくれることもあった。
本当に、本当に楽しかった。あの日までは…
…寒い日、1月くらいかしら。冬休みが明けてしばらく経った頃唯奈へのいじめが始まった。
机の上には悪口が書かれていたり、椅子に画びょうが置いてあったり…。
それでも私は唯奈と一緒にいたわ。ほかの人から何と言われようともずっと一緒にいた。
机の上の落書きを一緒に落としたり、無くなった上履きも一緒に探した。
唯奈は「大丈夫」と笑って私の前で泣くことは絶対になかった。
それでもいじめをなくすことはできなかった。
それから1ヶ月経ってもいじめは収まらず、私は耐え切れずクラス全員がいる前で言ったの。
「唯奈に嫌がらせしているの誰?もうこんなくだらないことやめて!」
そう叫ぶと、ミカドがこちらへやってきた。
「やめるのはそっちでしょ 急にこんなオタクと仲良くしてさ。アタシといたほうが楽しいでしょ?
どうせ佐久だってこいつのこと見下してるんでしょ!いじめられてる子を助ける自分が好きなんでしょ!」
「…ミキ、あんたがいじめの主犯なの…?」
ミカドは否定するわけでも、認めるわけでもなくただニヤリと笑った。
でも私にはわかった。あれだけ一緒にいたらミカドの表情から感情も読み取れるわよ…
だからこそ、腹が立ってしまって、私はミカドの頬を叩いた。
「あんたたちと一緒にしないで 私は…ミキと話すより唯奈と話す方が楽しくて一緒にいるの!!」
ミカドは怒った顔でこちらをにらんでいたが、対抗してこなかった。
しばらくすると駆け付けた先生が入ってきて私とミカドが呼ばれた。
そこで私は、ミカドにビンタしたこと、ミカドが唯奈をいじめていたこと全部話した。
でもミカドが主犯だという証拠がなく、結局手を挙げた私が1か月の停学処分となった。
停学から1週間が経ったくらいかしら。
唯奈が学校の屋上から飛び降りてそのままなくなってしまった。
急いで唯奈の家に駆け付けたわ。
唯奈のお母さんに事情を聞いたら、私が停学になっている間もいじめられていて
私がいないからか前よりもいじめはエスカレートしていったみたい。
床に落ちたお弁当を食べさせられたり、目立たない場所を殴られたり…。
いじめを止められなかった自分を憎んだわ。
もしあの時ちゃんと証拠をとっていればとか、後悔しても遅いのに…
私が唯奈だけじゃなくてミカドとも仲良くしていたら…何か違っていたかもしれない。
唯奈のお母さんから、私宛に唯奈が書いた手紙をもらった。
『佐久ちゃんへ。この手紙が佐久ちゃんのもとにあるということは、私はこの世にいないと思います。
ずっとあこがれの存在だった佐久ちゃんと、こんなに仲良くなれると思っていなくてすごくうれしかったよ。
正直、最初は少し警戒してたんだ。こんな地味でオタクなわたしになんで話しかけたんだろうって。
だけど佐久ちゃんはいつも楽しそうで。地味とか外見とか関係なく"わたし"を見てくれている優しい人だってわかった。
前に一度、わたしのことかばってくれたよね。本当にありがとう。
でもわたしのせいで佐久ちゃんが停学になっちゃって、本当にごめんなさい。
わたし、怖くてミカドさんにいじめられたって言えなかった。
その罪悪感が押し寄せてきて…。わたしのせいで佐久ちゃんが停学になったんだって。
ミカドさんにいじめられたこと言わなくてもいじめはどんどんエスカレートしていった。
お母さんに心配させたくなくて学校行くしかなかった。
でも、もう…つらい。楽になりたい。
佐久ちゃんとお友達になれて本当にうれしかったよ。ありがとう。だいすき。』
手紙はところどころ滲んでいた。
今まで私の前では泣かなかったのに、手紙を書きながら泣いていたのね。
封筒に少し厚みを感じ見てみると、小さな画用紙に描かれた私と唯奈の似顔絵が入っていた。
その絵は私と唯奈が泣きながら笑っている楽しそうな絵だった。
なんだか懐かしくて、私の目からは涙が流れていた。
唯奈がなくなってからは、学校に行けず引きこもり状態になってしまった。
両親にはいじめのことも唯奈のことも全部話して、無理して学校に行かなくてもいいと言ってくれた。
それから、数か月後に父が転校の話をしてくれて今この学校に来たの。
__そしたら、またいじめがあって。
今度こそ…後悔したくなくて。気づいたら体が勝手に動いていたわ。」
僕は西条さんの苦しい過去を聞いて涙が止まらなかった。
「でもこの過去があったから、先に手を出さないことと"証拠"が必要だってわかったの
だから沼田君のいじめを止められたのかもね」
「僕…本当に格好悪いなあ
いつも西条さんに守られて…」
「そんなことないわ
沼田君は私が転校してくるまで"一人で"いじめと戦っていた
それはとても"強い"ことよ もっと自信をもって」
そう言われると救われたような気持ちになった。僕は西条さんがいなかったらきっと…
その先は西条さんに怒られてしまいそうなので胸の奥にしまった。
ついに文化祭当日がやってきた。
文化祭は西条さんと一緒に周る。去年は一人で周っていたから新鮮な感じがする。
西条さんはいつも下ろしている長い黒髪を、今日は後ろで結んでいた。
スポーツドリンクのデザインを真似したクラスTシャツを着てなんだか楽しそうだ。
色々なクラスの出し物を見て周り、たくさん食べて遊んで満喫した。
こんなにも学生生活が楽しいと思っていなかった。これも全部西条さんのおかげだ。
僕はいつの間にか西条さんのことが好きになっていた。
いじめから救ってくれたかっこいいところ、僕のそばにいてくれるところ、いつもは美人で笑うとどこか幼いところ…
僕は西条さんとこれから先も一緒にいたい。そんな気持ちが芽生えていた。
__だからこの文化祭で告白をする。
文化祭最終日は、工程でキャンプファイヤーが行われる。
そのときに告白する予定だ。初めてのことで心臓が飛び出そうなほど緊張している。
告白のことで頭がいっぱいでいつの間にか文化祭最終日になっていた。
薄暗くなってきたころ、キャンプファイヤーの準備がされていた。
先生や、実行委員会の人たちが薪を運んでいる。
その様子を僕たちは、たこ焼きを食べながら見ていた。
「ねえ 沼田君のこと下の名前で呼んでみたいな」
西条さんの急な要望に僕は少しドキッとした。
「え、あ 確かにお互い苗字呼び…だもんね」
動揺してしまってうまく口が回らない。
「…周君」
西条さんは小さく僕の下の名前をつぶやく。少し頬が赤くなっているのがかわいい。
なんだか久しぶりに"周君"と呼ばれた気がして、僕も恥ずかしくなった。
「…佐久」
言ったあと途轍もない羞恥心が襲ってきた。
西条さんをちらっと見ると、耳まで真っ赤になっていた。
そんな西条さんの表情に、僕も恥ずかしくなってしまい慌ててしまう。
「や、やっぱ慣れるまで西条さんでいい…?」
「…うん 私も沼田君の方が馴染みあって…言いやすいわ」
少し気まずい雰囲気になってしまったので急いで話題を探す。
「…キャンプファイヤー…あと30分後くらいだね…」
「そうね 実行委員会の人たち大変そうね」
たわいのない話をして、あっという間に時間が経ち、たこ焼きもなくなっていた。
話題もキャンプファイヤーの話から、将来の夢の話に飛躍していた。
「…僕さ 教師になってみたい…」
今まで誰にも言わなかったから少し恥ずかしかった。
西条さんは黙って僕の話を聞いてくれた。
「西条さんに出会ってから、毎日楽しくて
西条さんと出会う前は地獄みたいな日々だったから…
限りある学生時代をみんなには楽しんでほしい…
それと…いじめのないクラスを作りたいんだ。」
西条さんは、何も言わずに微笑んだ。
「西条さんが僕にしてくれたように、いじめられている子がいたら助けてあげたいんだ
そしていじめていた子も、もういじめをしないようになってほしい」
「沼田君なら絶対になれるよ」
「西条さんの夢は…なに?」
「…私の夢ね」
西条さんの話を遮るかのように、キャンプファイヤーの火が付いた。
そして西条さんは僕の耳に近づいてこう囁いた。
「沼田君のお嫁さん…かな」
僕の頭は一瞬で真っ白になった。動揺しすぎて言葉の意味がしばらく分からなかった。でもこれって…
コクハク…
「顔、真っ赤よ」
いたずらに笑う彼女の表情に僕は胸が締め付けられる。
「僕も今日…言おうと思ってたのに…」
耳まで振動するくらいうるさい心臓を落ち着かせ、西条さんの目を見て言う。
「僕も、西条さんのことが…」
その瞬間、西条さんの後ろにタケダの姿が見えた。
タケダはうつむいて、ゆっくりこちらへ近づいてくる。何か様子がおかしい。
すると急にタケダが走りだしてきた。
手にはカッターナイフを持っていて、危険を感じた僕は咄嗟に西条さんのことを抱きしめる。
「えっ… ちょ…沼田君…?」
ドスッという音とともに背中が焼けるように熱くなる。
背中に刺さっている異物は何度も、何度も僕の背中を突いてくる。
僕はその場でよろけ、倒れてしまった。
すぐに西条さんが駆け付け、何度も僕の名前を呼んでいる。
誰かの叫んでいる声も聞こえる。
ぼやける視界の中、タケダが誰かに抑えられているのが見えた。
「お、おまえらの…せい…で!めちゃくちゃだ!は、ははは…!!」
気味の悪い笑みを浮かべながら叫ぶタケダの声が聞こえた。
視界は徐々に暗くなり、西条さんの叫ぶ声が聞こえる。
「いや!沼田君!!ねえ!いやだよ…。教師になるんでしょ!しんじゃダメよ!!ねえ…」
西条さんの今までにないくらい必死な様子に、僕はやっとわかった。"死ぬのだと"
だけど死ぬ前に…伝えなければいけないことがあった。
「…西条…さん…」
「やめて喋ったらだめ…!」
「僕…西条さんに出会えて…本当に良かった…。前まで弱くて何もできない自分が…大嫌いだった…」
咳と同時に血が出てくる。
「ぬま…たくん…、わかったから…もう喋らないで…」
「…でも西条さんはこんな僕を認めてくれた…肯定してくれて…
今は自分のことが…少し…好きになれた…
散々助けてもらったから…。今度は僕が…君を助けてあげることができて…よかった」
視界は黒く染まり、耳も段々聞こえなくなってきた。でも一番言いたいことがある…
「佐久ちゃん…ありがとう…世界一大好き…だよ…」
泣き叫ぶ西条さんの声はだんだん聞こえなくなり、なんだか…体が軽くなった感覚があった。
…10年後
沼田君がなくなってからもう10年が経つ。
あの日の光景は、忘れたくても忘れられない。
すぐに、救急車と警察が来たけれどすでに沼田君は息を引き取っていた。
タケダ君は襲ってきたのがウソだったかのように、先生に抑えられても抵抗しなかった。
ただ、笑っていたそうよ。
私が注意したあの日から、タケダ君は精神的におかしくなってしまい、幻聴や幻覚を見るようになったそう。
精神科にも通っていたみたいだけど、薬物にも手を出してしまってもう救いようがなかったみたい。
私と沼田君が二人で話しているだけでもタケダ君にとっては"悪口を言われている"とか"馬鹿にされてる"という風にみえていたみたい。
それでタケダ君は、私たちへの恨みが強くなりカッターで刺し殺すことを決意して実行した。
でも私は、タケダ君のことを可哀想とは思わないし、注意したことも後悔はしていない。
…一度、私がこの学校に転校してこなかったら沼田君はいなくならなかったのかなって考えたけれど
沼田君に怒られそうだったから、考えないようにしたわ。
…と、いつのまにか仕事の時間だわ。
私の職業?ああ、私の将来の夢は叶わなくなってしまったものね…。
きっとすぐにわかるわ。
「規律、礼…おはようございます!」
生徒全員が立ち上がり、声をそろえて挨拶をする。私はこの瞬間が好き。
ばらばらに生徒たちが座り、少しざわつく。
でも私が声を発すると、ざわついていたのがウソだったかのように教室は静まる。
「はい!今日から2年4組の担任を務めることになった、"西条佐久"です!
えっと…、好きなことはアニメを見る事です。たまにマンガも描いています。よろしくお願いします!」
少し緊張したけど、元気に自己紹介できたと思う。
1人が拍手をしだすと、それに乗ってみんな拍手をする。
「それじゃ…みんなにも自己紹介してもらおうかしら。出席番号1番の"相原君"から!」
そう、私は"高校教師"になった。しばらく見習いだったけど今年から担任を持つことになった。
みんなにとって学校が少しでも楽しい場所になりますように。
…周君、私ね将来の夢"周君の奥さん"だったけれど周君がいなくなってから…周君の夢をかなえたいと思ったの。
周君と過ごした時間、思い出、たくさんあるわ。まだ周君のことを想っている…なんて結構私って重い女なのかもしれないわね。
転校先にまさか周君がいるなんて思わなかったけれど、すぐにわかった。
私を助けてくれた周君のこと、助けたいって思ったら体が勝手に動いていたわ。
実は少し怖かったのよ。タケダ君見るからに強そうだし。
周君は私のこと"1度だけ"助けたと思っているかもしれないけど、実は違うの…。
私は周君に"2度も"助けられているのよ。
__未だ幼いころ、公園で遊んでいたときに男の子3人と喧嘩をしてしまったの。
その男の子たちは、私のことをいじめてくるから好きじゃなかったわ。
小さい子のいじめだから、虫を投げられたり些細なことだったけど泣き虫だった私はいつも公園のベンチで泣いていた。
そこで初めて…沼田周君に出会った。
周君は泣いている私を優しく抱きしめてくれた。
「こうしたら、こころがおちつくよ。」
私はなんだか安心して、もっと涙があふれた。
それから周君は私の悩みを、「うん」と相槌を打ちながらちゃんと聞いてくれた。
「いつもいじめてくる男の子がいて、さくどうすればいいのか分かんない…」
この時の私は幼くて泣き虫だったから、周君の前でわんわんないしまったの。恥ずかしいわね。
「ぼくも、きらいな子いるよ ユウタくんはいつもたたいてくるからきらい
でもお母さんにね、きらいな子とむりしてあそばなくていいんだよっていわれたんだ」
「…そっか。でも毎日公園に行くといるの」
「じゃあさ、ぼくが守ってあげる だからさ、毎日2時に公園にきていっしょにあそぼ!」
それからは毎日周君がそばにいてくれて、一緒に遊んでくれた。
私をいじめていた子たちがまた私に話しかけてきても、「さくちゃんをいじめた子とはあそばないよ」と一蹴。
幼いながらそんな周君のことが"好き"だった。
でも私は両親の都合で引っ越すことになってしまった。
両親が再婚したから苗字も変わってしまったし、周君は気付かなかったと思うけれど。
でも、それでもいいわ。
私が君をずっと覚えてるから。
君と過ごした日々も、思い出も、好きな食べ物も、きらいな人も、優しいところも、君のかっこいいところも…
"君の名前も。"
ずっとずっと忘れないよ。
初めての投稿ですごく緊張しました。
語彙力、表現力などまだまだですがあたたかい目で見ていただけると幸いです。
今回の小説は、「短編」「恋愛」「鬱要素」をテーマに作成しました。
普通の恋愛小説も好きですが、少し鬱要素を入れて読者の皆さんが驚くような小説を書いてみたかったのです。
今度書く小説はテーマやキャラなどは決まっていて、連載で書いてみようと思います。
「君の名前も」が面白かったと少しでも思っていただけるとすごくうれしいです。
コメントで感想や、改善点などあればぜひ書いていただきたいです!