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 楽しい時ほど早く過ぎ去るものだ。

 無情にも曲は終わって、二人は一歩ずつ離れた。お互いに礼をして、踊ってくれた感謝を示す。


 次の曲が始まると、エリクはベンチを指差した。そこに並んで座る。辺りはもう暗くなっているけれど、会場の灯りが漏れているので充分に明るい。


「卒業、おめでとうございます」

「うん」

「エリク様を待っている人がきっといますよ。戻らなくていいのですか?」

「戻そうとするなよ。少しは休憩させろ」


 エリクは、はあ、と大きく息を吐いて、背もたれに寄りかかった。

 さすがに疲れているらしい。そりゃ、ずっと踊っていたのだ。大変だっただろう。


「卒業してしまった」

「そうですね。どうでしたか、学園生活は?」

「楽しかったよ。まぁ何もなかったとは言わないけどさ、楽しかった」

「そうですか」

「でも最後の一年は大変だった。マリー、最終学年はつらいぞ。試験試験で、また試験」


 恨みを込めるように言うので、マリリーズは思わず笑ってしまった。エリクは好成績を保っていたけれど、それは彼の努力の結果であることをマリリーズは知っている。


「アネットさんが同じことを言っていました」

「マリーは俺が教えてやらないとできないから心配だ」

「いやいや、ちゃんとできてましたよね。教えてもらったことは感謝してますけど、大半は自力でなんとかしてますよ」


 教えてやろう、といって本当に教えてくれたこともある。だけどそれはごく一部だ。何もかもエリクに甘えているように言わないでほしい。


「ちゃんと勉強しろよ」

「してますよ」

「ご飯も食べて、ちゃんと寝ろよ」

「エリク様、いつからわたしの保護者になったんです? そっくりそのままお返ししたいんですけど」


 エリクを見上げる。彼は弱くフッと笑った。


「王子として言っちゃいけないことだってわかってるんだけどさ。マリーにだけは愚痴ってもいいよな?」

「いいですよ、最後ですし。なんですか?」


 自分で言って、切なくなる。最後なのだ。これが。

 きっとこの先、もうこうやって二人で話せる日はこないんだろう。


 エリクは大きく息を吐いて、空を見上げた。なんとなくマリリーズも同じように見上げた。月が出ている。西の国の月も、同じように見えるだろうか。


「俺は王子に生まれたから、国のために生きる定めだって理解してる。国民が嬉しければ俺も嬉しい。国民が幸せなら俺も幸せ。国民が泣いているときは俺も悲しい。王家の人間はそうあるべきって、わかってはいる」

「……うん」

「だけどさ、本当のことを言えば、会ったこともない見ず知らずの人たちの幸せを願い続けられるほど、俺は健気じゃないんだ。正直なところ、どうでもいいと思ってしまう瞬間だってある」


 エリクの言いたいことはわかる。マリリーズだって辺境伯家の娘だけど、いつだって領民のことを考えているのかといったらそうじゃない。世話になったじいやが病気になったらすごく心配するけど、会ったこともない領民のおじいさんが亡くなったとして、泣くかといわれたら泣かない。


 王子だろうとそういう立場だろうと、人間なのだ。自分の日常に関わる人たちと、会ったこともない、一生会わないかもしれない遠い国民。どちらも大事だってわかっていても同列に考えられるはずもないし、全ての人たちの境遇に関心をもってなどいられない。


「だけどもし俺がエインズワースに行って、それによってこの国がより豊かになって、俺のやっていることがマリーの幸せにつながっているんだって思えたら、俺は遠い国でも頑張れる気がする」


 エリクはマリリーズを見つめた。いつも見ていた揶揄うような顔ではなく、真剣で、まっすぐで、それでいて切ない、そんな目で、それでも彼は笑った。


「だから、マリー。どうか、幸せでいて」

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