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 あっという間に一年が過ぎた。

 エリクの学年の卒業式を終えた今、卒業パーティーが始まっている。


 次に最終学年となるマリリーズの学年は、この卒業パーティーに参加している。といっても、参加者としてではなく、主催する側の補佐としてだ。こうしたパーティーの開き方や運営方法を学ぶため、授業の一環として企画段階から関わっている。今日はその集大成なのだ。


 着飾っているのは卒業生だけ。あくまで卒業生のためのパーティーなので、給仕や護衛などを除けば、卒業生の他は教員などの学園関係者とマリリーズの学年、それから王太子などの来賓として招待されているごく一部の人しかいない。


 始めに数人の挨拶と乾杯が終わると、優雅な音楽が流れ始めた。


 マリリーズはふうと小さく息を吐く。ここまでくれば、あとは踊って歓談して、卒業生が心ゆくまで楽しんだらパーティーは終了だ。


 ふとホールに視線を向けると、エリクの姿が目に入った。相変わらず目立つな、なんてことを思う。これだけ煌びやかな場所で、色とりどりのドレスが舞っているのに、なぜかすぐにわかった。


 エリクは同級生たちと次々に踊っていた。

 貴族の開く舞踏会であれば誰と踊るか、その順番はどうであるか、そういったことが重要な意味をもったりするけれど、今日はある意味無礼講。身分も関係なく、踊りたい人と好きに踊っていいことになっている。だからたまに、女性同士で踊っていたり、男性三人で不思議な踊りをしながら笑っている人たちもいる。学生として最後の日。今日だけは、楽しければいいのだ。


 ゆっくりとした曲調に変わり、エリクはアネットと踊り始めた。楽しめる日のはずなのに、親衛隊が順番に待ち構えているエリクは大変だ。まあでも、親衛隊の気持ちもわからなくはない。彼女たちにとっても最後の思い出なのだから。


 一年後に自分があの立場になるのが信じられないな、なんてことを思いながら、マリリーズはしばらくホールで踊る卒業生たちを眺めた。


 だんだんと会場が熱気を帯びてきたので、護衛の担当者に窓を開けても大丈夫か、確認に行く。そちらで調整してもらう話をしてから、飲み物ももう少し必要になるだろうと飲食物の担当者に声をかけた。

 主催の補佐としての仕事をこなしてから、ふたたびホールに目を向ける。踊っている人の中にエリクはいなくて、彼は少し端で人に囲まれて歓談していた。


 相変わらずの人気だな、と思った。

 エリクの周りには男女問わずいつも人が集まる。王子という身分もあるだろう。だけど彼の人柄も大きいとマリリーズは思っている。なんだかんだ言って人がいいエリクは皆に慕われている。


 卒業おめでとうと、一言だけ彼に言いたかった。だけど今日のエリクに隙はなさそうだ。いつもあんなに近い距離にいたはずなのに、今は遠く感じる。そしてこれから彼は、もっと遠く、こうして姿を見ることもできない場所へ行ってしまう。


 少し風に当たりたくなって、マリリーズは外に出た。

 中とは違って空気がひんやりとしている。

 マリリーズはふぅ、と長く息を吐いた。賑やかな場所から出てきたせいか、中の音は充分に聞こえるのに、急に寂しさを感じた。


「マリー」


 声が聞こえて振り向くと、囲まれていたはずの今日の主役がいた。


「エリク様? えっと、どうかしたのですか?」

「それ、俺が聞きたいんだけど」


 エリクは肩を落とす。


「いきなり出ていっちゃうからさ、俺におめでとうの一言もなく帰る気かと思って。ひどくない?」

「言える状況じゃなかったではないですか。それに帰るつもりだったのではなく、風に当たりたくなっただけですよ」


 今こそおめでとうと言うチャンスなのに、なぜかいつものようにぶっきらぼうに返してしまう。

 エリクはそれにクッと笑ってから片手を胸に当て、片手をマリリーズに差し出した。ダンスに誘う時のポーズだ。


「ねぇマリー、俺と踊ってくれる?」

「えっ? でも、わたしは、今日は……」


 正装でばっちりきめているエリクと違い、マリリーズは卒業生の邪魔にならない簡素な服。装飾品もなく、全く着飾っていない。


「卒業生を楽しませるのがマリリーズの学年の今日の仕事でしょ?」

「そうですけど……」

「大丈夫、ここはホールじゃないし。ね、踊ってよ。……最後だからさ」


 扉の中から新しい曲が聞こえてきて、マリリーズはエリクの手を取った。その瞬間にぐっと引き寄せられて、最初の一歩が始まる。


 エリクは何も言わない。マリリーズも何も言わない。いや、言えなかった。

 ただ音楽に乗って、二人で踊った。今後のことは何も考えなかった。今、この時だけに集中して、エリクとリズムを合わせていく。

 時々見上げると、エリクと目が合った。彼は微笑んだ。


 楽しいな、と思った。

 曲が終わらなければいいのに。ずっとこうして二人で踊っていられたら、きっと楽しいのに。

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