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 エリクが最終学年、マリリーズが五年生になってすぐのことだった。


「縁談が決まったんだ」


 裏庭で昼食を取っていたらやってきたエリクが、いつものように隣に座って、そして静かにそう言った。誰のかなんて、聞かなくても分かる。エリクの縁談だ。

 咄嗟に言葉がでなくて、ただエリクを見つめる。その間にエリクは持っていた包みを解いて、中から昼食のサンドイッチを取り出した。


「あ、えっと、お相手は?」

「エインズワースの第三王女だって。卒業したら、俺はそちらの国に移ることになる」


 エインズワースはここから西にある国だ。国力はこの国の二倍以上あり、西の大国、なんて呼ばれている。


「エインズワース……」


 遠い。そう思った。

 実際にはエインズワースはいくつかの国を挟んだ先の国で、地図で見れば国同士がそこまで離れているわけではない。もっと遠い国はたくさんある。だけど、だからといって簡単に行き来できるような場所ではなかった。


「結婚するのは俺が卒業してから一年後くらいらしいけど、あちらからなるべく早く来てほしいと言われているんだ。だから卒業したらわりとすぐに出発するんだって。そんなに急がなくてもいいのにな」


 返す言葉が見つからなくて黙る。

 少しの沈黙のあと、ハッとして顔を上げた。


「あ……、あの、おめでとうございます」

「……うん」


 いつものように一緒に昼食を食べているだけなのに、何を言っていいかわからない。エリクも口数が少なくて、沈黙がいやに長い。こんなことは初めてかもしれない。


「会ったことはあるのですか?」

「ない。送られてきた肖像画なら見たよ。大人っぽい雰囲気の美人さんだった。マリーと違って」


 最後だけ、少しだけいつものように揶揄っている声で言う。

 だからマリリーズもいつものようにジトっとした目で返した。


「へぇ、それはよかったことで」

「まぁ、肖像画なんてあてにならん。五割増しくらいに描くものだろう?」

「エリク様の肖像画も五割増しで送ったのですか?」

「俺を増し増しにする必要があると思うのか?」


 エリクがニコッと笑ってキメ顔を作る。マリリーズは思わず笑ってしまった。そのキメ顔はどうかと思うが、でも確かにこの人なら増さなくてもいいな、とは思った。


「それは大変失礼しました。派手顔エリク様ですもんね。増されたら大変なことになりそうですよね」

「実物がいいからな」


 エリクはフッと笑った。でも笑う声にも、その顔にも、いつもの明るさがない。

 いずれこういう日が来ることは分かっていたはずだ。だけどエリクにとってそれが喜ばしいことではないことは、表情からもすぐわかる。


「お手紙とかは?」

「もらったよ。でもまるで教科書の通りに書きました、というような文章だったけどね。『お会いできる日を楽しみにしています』ってさ」

「そうですか……。ちゃんとお返事しました?」

「そりゃ、もちろん。でも会ったこともない人に何書いたらいいのかわからなくて、やっぱり教科書的な文章になったよね。『そちらにお伺いできるのが楽しみです』ってさ。自分で書いてて、あちらの王女も本心じゃないんだろうなって思った」


 やるせなさそうに、エリクは空を見上げた。雲がぽっかり浮いている。


「マリーにもいい縁談があるといいな」


 なんだか教科書的な感じにエリクが言った。


 いい縁談ってなんだろうか、と思った。

 とりあえず、エリクには言われたくなかった。

 学園で「狩り」ができないのはエリクのせいなのに、マリリーズの交友関係を邪魔しておいて、自分はちゃっかり縁談を……。

 そこまで思って、やめた。ひどい八つ当たりだ。

 エリクが望んだことじゃない。それは痛いほどによくわかっていた。




 エリクにとって学園での最後の一年は、とても忙しいものだったらしい。マリリーズと顔を合わせることもめっきり減って、久しぶりに会っても時間がないのか、少しああだこうだと話してすぐにいなくなってしまう。


「切ないですわねぇ」


 涙でも見せんばかりの表情をするのは親衛隊長アネットだ。彼女とはなんだかんだ打ち解けて、たまにお茶会に呼ばれたり、こうして食堂でランチをしているときに勝手に同じテーブルに座ってきたりする。


「引き裂かれる恋人同士。わたくし、胸が張り裂ける思いですわ」

「誰のことを言っているのでしょう?」


 親衛隊の皆はなぜかエリクとマリリーズを恋人同士だと妄想しているが、そんな事実はあったことがない。


「最後の一年だというのに、最終学年は忙しくて会う事もできない……」


 物語調にアネットが語る。ハンカチでも噛み出しそうだ。


「やっぱり最終学年は忙しいのですね」


 マリリーズが静かに呟くと、アネットは現実に戻ってきたように目を瞬かせた。


「そうよ。最後とばかりに試験試験試験! それから学年末には受からないと卒業できない最終試験! あなたは来年ね。覚悟なさい」

「ハイ」

「それと同時に卒業パーティーやらなにやらの準備もしなければいけないし、委員会の引き継ぎもしなければならないの。卒業後の進路が決まって落ち着いている方はいいけれど、そうでない方は大変よ」


 アネットは溜息を吐きながらお茶に口をつけた。さすが侯爵令嬢だけあって、所作が美しい。


「エリク殿下は卒業されたらすぐにあちらの国に移られるようだから、その準備もあって本当に忙しいでしょうね。休む時間もないのではないかしら。心配ですわ」


 マリリーズも心配している。明らかに多忙だ。何か手伝えることはあるかと聞いたけれど、エリクは緩く首を横に振るだけだった。


 先日できることがない代わりにエリクが気に入っている焼き菓子を差し入れたら、驚いた顔をしながら「明日は雨が降るんじゃないか?」と喜んでいた。

 本当に翌日雨が降った。だけどその日はエリクには会えなくて、本当に降ったな、とか、マリーのせいで雨だ、なんていう揶揄い文句は聞けなかった。


 アネットは婚約していて、卒業の一年後に婚姻予定なのだそうだ。最上級生の中では余裕があるほうだと言うけれど、それでもやはり忙しいらしく、マリリーズよりも後に来たのに先に食べ終えて行ってしまった。食べ方が綺麗なので気が付かなかったけれど、すごく早かった。


 あと一年、か。

 来年の今頃にはエリクはもういない。

 なんだか何も考えたくない気分になって、マリリーズは口に入れた肉を嚙み切ることに集中した。

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