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 そうして一年過ぎ、二年が過ぎ。

 食堂や裏庭でエリクと一緒にランチを取るのがおなじみになっているのは、マリリーズにとっては解せないことであった。


 何度か親衛隊とはやり合ったけれど、結局エリク本人が邪魔をするなと言ったため、見守る方向に変わったらしい。最近はむしろ積極的にエリク側の味方をして、二人にされたのちにその姿を少し離れたところから見られ続けるという、罰ゲームのような状況になっている。


「なんといいますか、わたくしたち、マリリーズさんと一緒にいるエリク殿下も好き、ということで意見が一致しましたの」


 と、親衛隊長アネットはわけのわからないことを言っていた。なんだそれは。


 エリクはこの状況を楽しんでいるらしく、堂々とマリリーズの隣に座ってくる。なんでだよ。


 この日も裏庭で友人と昼食を取っていたら、エリクが現れた。友人はそれに気がつくと、もう食べ終わったからとそそくさといなくなってしまう。当たり前のように隣に座ってきたエリクにジトッとした目を向けた。そんなことはお構いなしに、エリクは自分の昼食を食べ始める。


「なあ、地味髪マリー」

「なんでしょう、派手顔エリク様」


 久しぶりにそう呼ばれたな、と思いつつ、条件反射のように呼び返した。そしてエリクに目を向ける。顔だけというよりも、全体がもう、目立っている。


「訂正します。成長なされて顔だけでなく全部が派手になりましたもの。なんでございましょう、派手派手殿下?」

「そんなことを言うならマリーは全部地味に……」


 エリクが上からマリリーズを眺める。


「なってないか」

「フッ」


 勝ったな。

 これでも王都に出てから身だしなみには気をつけている。辺境伯領にいたときよりは、という注釈付きだが。


「マリーはどんな人と結婚したい? もしかしてもう心に決めた人とかいたりする?」

「はぁ……、それはいませんけど。どんな人でしょうね?」

「あ、もしかして俺? それはだめだよ。好きになるなって言ったじゃないかぁ」


 ハエどころか、ダニを見るような目になってしまう。


「急にどうしましたか? 何かあったんですか?」

「ん、特に。周りで婚約する人が多くなってきたからさ。マリーはどうなのかなって思って」


 エリクとマリリーズは十六歳と十五歳。政略結婚の多い貴族の間では、このくらいの年齢で決まる人も多い。


 高位であればあるほど結婚は政略的なものになる傾向が強いけれど、辺境伯家はそのあたり割と緩く、親が勝手に決めるわけでもない。どちらかというと、「結婚相手は自分で狩ってこい」くらいの勢いだ。


 だけどエリクがこうしていつもちょっかいを出してくるから、マリリーズは学園での「狩り」は諦めている。きっと卒業してから社交界で探すか、良い人がいなければ父が決めた人と結婚するか、もしくはずっと結婚しないかもしれない。結婚に少しの自由があることは、貴族令嬢としてはきっと幸せなことだ。


「エリク様は結婚したい人でもできました?」

「えー、俺はね。アメリーでしょ、カロリーヌ、エディット、レベッカに、それからジョアンナ」


 一人ずつ数えるように指を上げながら、女性の名前を出す。

 誰だよジョアンナ。


「知ってる? この国は一夫一妻制だけど、そうじゃない国もあるんだって。特に王や王子の周りにはたくさんの妃がいて、ハーレムっていうらしいよ。多いところでは美女三千人を集めてるんだって」

「三千人」


 一夫多妻の国があることは知っている。だけど夫一人に三千人の美女って……。思わず言葉を失った。


「あ、安心してよ、マリーを正妃にするからさ」

「はぁ?」

「マリーが正妃で、他は側妃っていうのかな?」

「そのハーレムとやらを作るつもりですか?」

「さすがに三千人は集めないけどね」


 おなじみのジト目で見上げる。

 この国でも愛人を多数囲う人はいる。だけどあまり良い目では見られない。


「なんだよ、男なら誰もが夢見るだろ? 男のロマンを否定するなよ」

「これでも一応女なので、そんなもの知らないし、無理ですね」

「一応女」


 気になるところだけ繰り返すので、肩をペシッと叩いてやった。

 エリクは笑いながら「女の力じゃない」とか言ってくる。そんなわけないだろ軽く叩いてるだけなんだから。


 一通り笑った後、エリクはマリリーズが食後に食べていた小さな焼き菓子を一つ、勝手に奪って食べた。あげてない。


「夢くらい見たっていいだろう。実現することはないんだからさ」


 そう言って苦笑した顔がいつもと違って切なくて、何も返せなくなった。

 実現することはない。きっとそれはその通りなのだ。


 エリクは王子だ。だからきっと、いずれ国のために結婚する。相手を選ぶこともできなくて、その勝手に選ばれた相手とだけ添い遂げなくてはならない。おそらく愛人を持つことさえ難しいだろう。


 例外はあるけれど、王族の婚姻相手は基本的に王族だ。だから他国との縁組になることが多い。エリクの母である王太子妃も別の国の王女だった方だし、エリクの成人した姉と兄の中にはすでに結婚して他国へ移った人もいる。そうして国と国の架け橋となるのだ。


 エリクもいずれ、そうなる運命。


 それ知ったのはいつだったか。少なくともマリリーズは学園に入る頃には知っていた。エリクだって知らないはずがない。


 それがわかっているから、マリリーズに冗談っぽく「惚れるなよ」とか言うし、親衛隊もきゃあきゃあ言いながらも見守るだけだ。一部ではあわよくばと思っている人もいるだろうけれども、積極的にエリクの隣を狙う人はいない。

 叶わないと、わかっているから。

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