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 この国の貴族の子は十二歳になると王都にある貴族学園に進学するのが一般的だ。それから六年間をその学園で学び、卒業と同時に成人とみなされる。

 マリリーズも十二歳になり、この学園へやってきた。


「やあ、マリー。学園へようこそ」


 まるで学園をわが物であるかのように、きらきらしい笑顔でエリクが迎えてくれた。彼はひとつ年上なので、昨年からこの学園に通っている。


 彼の顔を久しぶりに見たマリリーズは懐かしさに胸を震わせ……ることは特になかった。代わりにまるで走馬灯のようにいままでにされたあんなことやこんなことが思い浮かんで、思わず舌打ちしそうになった。辺境伯領にいたのならば間違いなくしている。


「王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。歓迎いただきまして感謝申し上げます」


 マリリーズは丁寧に、それはそれは丁寧に棒読みで挨拶を述べた。


「おいおい、なんだいその言い方は。俺とマリーの仲じゃあないか」

「どんな仲でもありませんでしょう」

「マリーが冷たい。俺はマリーが来るのをこんなに楽しみに待っていたというのに」


 エリクがよよよと泣きまねをする。なんだなんだと周りに人が集まってきてしまった。彼は自分の立場を分かっているのだろうか。これではまるでマリリーズが悪者である。思わず顔の筋肉が変な方向に動いてしまった。


「なんでそんな顔ができるんだろうね?」

「さあ。エリク殿下を前にした時だけできる特別の顔のようです」

「へぇ。俺だけの特別も悪くない。ところで、せっかくだから学園の中を案内するよ。俺は先輩だからな。なんでも聞いていいぞ?」

 

 先程とは一転、先輩風を吹かせてドヤッとしてきた。彼は自分の立場というものをわかっているのだろうか、ともう一度思った。いきなり王子に学園案内をさせる新入生、いったい周りからどう見られると思っているのだ。


「しがない辺境伯家の娘が王子殿下に案内をさせていたとあっては、他の新入生に示しがつかないでしょう。大丈夫です、自分で見て回りますので」

「俺は気にしない。それより、なんでそんな言葉遣いなの? 今まで通りで構わないのに」


 辺境伯領ではわりと野生児のように育っているマリリーズだが、一応は令嬢としての教育も受けている。王都のご令嬢たちとはレベルも基準も違うが、一応はエリクが王子で目上の存在、ということも理解はしているのだ、一応は。


「学園という場でそれは無理です。わたくしは平穏無事な学園生活を送りたいのです。だから殿下とも適切な距離を保つほうがお互いにとってよろしいかと」

「ふーん……? まあ今はいいや。さ、行こうか」


 人の、話を、聞け!!


 それからエリクの言う通りに学園内を案内していただき、学園が休みの日には王都にも連れ出され、連れ回していただいた。なんてこった。


「マリー、王都はすごいだろう。辺境伯領と違って賑わいがあって、洗練された店もたくさんある」


 学園の休日、喫茶店、という場所にマリリーズは初めて入っていた。辺境伯領にもお茶とスイーツを提供する店はあるが、基本的に食事処と一緒なのだ。ここのように、お茶をするためだけのお店というのは聞いたことがない。

 なお、同じ席についているのはエリクとマリリーズだけだけれど、ひとつ隣の席に護衛がいる。決して二人っきりで出歩いているわけではない、ということは強調しておく。


 メニューには見慣れない単語が並んでいる。それがどんなスイーツなのか想像がつかなくて内心困っていると、エリクがマリリーズの意見も聞かずにさらっと注文していた。聞き慣れない単語を当たり前のように発するエリクに驚いて、彼を見上げる。


「エリク様はどれがどんなスイーツなのか分かるのですか?」

「そりゃあ、まあ、な」

「へえぇ。じゃあ、これはどんなお菓子なのですか?」


 メニューを指差して聞く。エリクは本当にちゃんとどんなものなのか分かっているらしく、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。マリリーズは素直にすごいと思って、そのままそれを口にした。


「エリク様すごいですね」

「そうだろう。いくら俺がすごいからって、俺を好きになるなよ?」


 エリクがドヤ顔をきめたとき、ケーキが運ばれてきた。

 マリリーズにとって当然ケーキのほうが大事なので、ドヤ顔は無視である。


 エリクの前にあるのが「タルト・オ・シトロン」、マリリーズの前にあるのが「ル・フレジェ」、それからテーブルの真ん中に「パート・ド・フリュイ」なるものが置かれている。

 なんだそのオシャレな名前は。

 レモンタルト、イチゴケーキ、固形ゼリー、って書いてくれればすぐに分かるのに。


「辺境伯領にはこのような菓子を出す店はないだろう? 見た目も洗練されているし、味も素晴らしいんだ」


 エリクが胸を張ってフフンと自慢げに言う。


「本当、美味ひいでふ」


 マリリーズはイチゴが好きだ。ケーキはもっと好きだ。ということはイチゴのケーキは大好きだ。エリクが口をつけるのを待つことなくパクリと食べれば、たしかに美味しい。間違いない。


 エリクはそんなマリリーズを見て、なんだか気が抜けたような顔をした。


「なんか調子狂うな。そこは『田舎者だと馬鹿にするな』と怒るところじゃないのか?」

「あ、馬鹿にしてたんですか? いやぁ、田舎者なのは事実なので、別に怒らないです。辺境伯領はそれはそれでいいところですけれど、王都はやっぱりすごいですね。あとこのパート・ダ? ド? なんとか? おいしいです」

「お、おう。じゃあ、持ち帰り用にも包んでもらうな」

「やったあ。あ、虫はいれないでくださいよ。期待した小箱から芋虫が出てきたら怒ります」

「さすがにもうやりません」

「へぇ」

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