(コミカライズ連載開始記念SS)本当に好き?
エリクがこの国に戻ってからあっという間に半年が過ぎた。ただしあっという間と感じたのはマリリーズであって、どうやらエリクにはそうではなかったらしい。
「馬車での道中、子どもの頃を思い出したよ。解放感とわくわくがよみがえってきた感じがしたよね」
「それはお疲れ様でした」
ここは辺境伯領の館。マリリーズはエリクと共に昼食を取っている。
エインズワースの王女との婚約がなくなり国に戻ってきたエリクは、王都の前にまっすぐに辺境伯領に来てくれた。だけどそのときは当然ずっとここにいるわけにはいかず、すぐに王都へ戻っていった。……この場合、戻る、という表現が合っているのかよくわからないけれど。
そしてさまざまな事務手続きやらなにやら、忙殺された日々を王都で過ごすこと数か月。ようやく再び辺境伯領に来る余裕ができたそうで、昨日到着したところなのだ。
「ほら、子どもの頃の俺は、王宮では王子としての教育ばかりで自由なんてほぼない日々だっただろ」
「と、当然知っているかのように言われても、王宮で育っていないわたしには残念ながらわかりかねますが」
「だから年に一度の辺境伯領滞在がすごく楽しみだったんだ。馬車に乗った瞬間にみなぎる解放感。これで自由だ、みたいな」
「大変でしたね」
「うん。で、まさか大人になって同じ感覚を味わうとは思っていなかった」
マリリーズの話など聞いていないかのように、エリクは勝手にペラペラと話し続ける。どうやら相当忙しい日々だったらしい。昨夜はしっかり寝たようだけど、たしかにだいぶ疲れていたように思う。
「こっちの仕事は全部引き継いでいったはずなのに、どうせ戻ったのならとこき使われるのはなんでなんだよ!」
エリクはおそらく今でも嫌いなニンジンに恨みをぶつけるかのように、フォークでブスッと刺す。だいぶお行儀は悪いが、二人で食べているので気を抜いているようだ。
「エリク様が引き受けてしまうのがいけないのでは?」
なんだかんだ人がいいエリクである。断れなくてホイホイやってしまっているのが目に浮かぶ。そして天才型ではないが、なんだかんだできてしまうエリクである。やればやるだけ仕事が増えたに違いない。
「でも帰還を歓迎されたようでよかったです」
「まぁ、それは、そうだな」
エインズワースとの国家間の友好のための婚姻。それをなくして帰ってきたのだ。事情はどうであれ、王子の義務を果たさなかったとみなされ、戻ったことを咎められる可能性のほうが高かった。
「表向きは一応叱責されたことにはなってるし、立場上公の場ではそう振舞うしかないけど。でも裏では父上も母上も、よく帰ってきたなと半分呆れながら笑ってくれたよ。兄上にいたっては笑い転げてた」
エリクの家族はその立場上、大歓迎するわけにはいかないのだろうけれど、でも心のない方たちではないことは知っている。
マリリーズもエリクの立場がどうなるのか心配だったので、ひとまず歓迎されたことに安心していた。
「王族としての責任がなんたらとか言ってくる奴らも一部はいたけどさ。エインズワースとの交渉の成果を見せつけたら黙ったし。正直王族としてどうとか、もうどうでもいいし」
「どうでもよくはないでしょう」
「そんな一部以外はよくやったって言ってくれたけどね。まあ変わらずに接してくれるのはありがたいよ」
近況報告をしながら食事を終え、部屋を出た。
廊下を歩くマリリーズに、なぜかエリクは大人しくついてくる。
「まあ、その、そういうわけで、俺は訓練をする暇がなかったわけだ」
「たしかに、ちょっと痩せましたよね」
エインズワースから戻ったばかりのときは、だいぶやつれて見えたので心配していた。あのときより顔色はよくなったけれど、学生だったころに比べると少し細くなった気がする。
マリリーズはエリクを上から下まで見て、お腹をちょんと指先でつついてみる。エリクは「ひゃぁ」と変な声を出して体をくねらせた。
「腹を! つつくなっ!」
筋肉の付き具合を見たかっただけだけれど、ダメだったらしい。子どもの頃はエリクのほうがよくつついてきたというのに。
エリクは軽く咳払いをして、チラリとマリリーズを見る。
「とりあえず、今俺は少しばかり弱っている」
「要するに、訓練がしたいということですね」
「違う!」
マリリーズは、ん? と首を傾げる。違うのか。
弱っている。それならばまずは、よく食べよく寝ることだ。エリクは昨夜よく寝て、今一緒にたっぷり食べた。その次に必要なのは筋肉だ。つまり訓練ではないか?
「あのさ、さっきから思ってたんだけど、訓練場に向かおうとしてない?」
「してますね」
昼食のあとは体を動かす。辺境伯領では基本の流れだったため、無意識にそこに向かっていた。エリクも子どもの頃にここに滞在していたので、覚えていたらしい。
ちなみにエリクが滞在している部屋は逆方向なので、休みたいのならばそちらに戻ればいいと思うのだけど、なぜかついてくる。やっぱりなんだかんだ言いながら、訓練するつもりなのだろう。やはり筋肉は大事だ。
「もしかして、こっちに戻ってから毎日訓練……」
「してますね」
「かかさず?」
「してますね」
「決闘で勝たないと結婚できないというお話は、変更になったり?」
「してませんね」
「そこは流れ的に『してますね』にしたらいいんじゃないかな!」
「そう言われましても」
なんだかこういう面倒くさいところは変わっていないなと、ちょっと安心してしまったりする。
「今俺はマリーに勝てる気が全くしないんだが」
「わたしも負ける気がしません」
「どうしたらいいと思う?」
「要するに、訓練したいということですね?」
「違う!」
違うと言いながら結局一緒に訓練に参加したエリクは、だいぶ軽めだったにも関わらずヒィヒィ言っていた。
なお、ひとまず戦ってみようと数日後に行われたエリクとマリリーズの決闘。エリクは「手加減するという方法もある」などと言ってきたけれど、そんなことができるはずがない。決闘で力を尽くさないのは、相手に対する侮辱である。
はたして、マリリーズの圧勝であった。
「あのさ、マリーはさ、本当に俺のこと……、好き?」
「好き!」
2026.07.28~ガンガンONLINE様にてコミカライズ連載が始まりました。
タイトル「幼なじみの王子様がかまってくる」
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