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「それで、王女様は見つからないまま?」
「いや、それが見つかったんだ。俺が王宮に着いてから一月後くらいかな、国外に出ようとしたところを取り押さえられたみたい。それでひとまず王宮に戻された」
マリリーズはなんだか複雑な気持ちになった。見ず知らずの王女を応援するつもりなど全くないのに、捕まってしまったのか、ともなぜか思ってしまう。
エリクは小さく肩を落として息を吐いた。
「彼女、妊娠してた」
「え……」
マリリーズは思わず口を押さえた。
王家の結婚というのは国同士の利害が絡んだ契約だ。王女の行いはその契約を勝手に反故にし、さらにはエリクを通してこちらの国を侮辱したとも捉えられる。エリクがどう思うか、というだけの問題ではないのだ。
「見つかったと聞いた時は結局婚姻することになるのかと思ったけれど、さすがに妊娠しているとなると、ね……」
「それは、そうでしょうね」
「国王夫妻が良識のある人でよかったよ。娘可愛さに、結婚して俺の子として育てろ、とか言われる可能性もあるかもとは思ったからさ」
エインズワースはこちらの国よりも大きく、国としての立場が上だ。明らかにエインズワース側の有責ではあっても、理不尽を吞み込ませられるだけの力がある。
そちらの国に融通するから要求を呑め、と言われてしまえば断わるのが難しいかもしれなかったし、第三王女に見立てた別人や地位の近い代役が用意される、なんてことも可能性としてはなくはなかった。
だけどさすがに大国の国王夫妻はそれを良しとはしなかったらしい。エインズワース側の有責で婚約は解消。賠償など条件を決めた上で、エリクは国に戻る方向で話がまとまりつつあった。
「それで戻ってきたのですか?」
「いや。すぐに戻っては来たかったんだけど、ちょっと、その王女に感銘を受けてしまってね」
「王女様に?」
「そう。直接謝罪を受けたんだけど、彼女、思っていた姿と違ってね。末っ子王女で溺愛されて育ったから我儘放題って聞いてたんだけど、意外と芯があってしっかりした人だった」
王女は憔悴していたけれど、凛とした姿と強い目をしていたらしい。エリクに対しては本当に申し訳なく思っていると何度も素直に謝り、あとはひたすらにお腹の子と想い人の男性のことを案じていたそうだ。
「王女という立場に生まれながらその義務を放棄したことは、俺は良いとは思わない。彼女がしたことをよかったと思うこともないし、国も国民も捨てて逃げるだなんて、王女としては自分勝手が過ぎると思う」
「……うん」
「だから我儘っちゃあ我儘だと思うけど、でも何て言ったらいいのかな、決して考えなしではなかったし、話が通じないような人でもなかった」
エリクは軽く鼻で笑うような仕草をしつつ、でも眩しいものを見るような目をした。
「自分の状況を踏まえた上で自分の意志を貫こうとする姿勢は、羨ましいとも思ったんだ。全てを捨てる覚悟で実行したことは、いけないことだと分かっていても、それでも格好いいなとも思ってしまった」
エリクは王子として生まれて、王子として生きてきた。やんちゃをすることや少しの寄り道はあっても、基本的には王子という定めに従って、道から外れずに王子の務めを果たしてきた。そこに自由はなかったし、エリクの意志もなかった。エリクの人生は、王子として生まれた時点で国のためのものであると決められていたから。
だけど王女は同じような立場にも関わらず、それを飛び越えて行動してみせた。エリクはそれを良いとは決して言わない。だけどそこに羨望があることが、マリリーズにはよくわかった。
「自分の望みのままにまっすぐに突き進んだ彼女を見てたら、俺も運命に抗ってみたくなった。だからそこで待ったをかけて、取引を持ち掛けたんだ」
エリクはまず、国王夫妻に提案した。自分が悪者になる、その代わりにこちらの要求を受け入れてほしい、と。
国王と王妃としては王女を庇うことはできない。王女はそれだけのことをしてしまったのだ。だけど王女の両親としては、娘を助けたいと思っているのは明白だった。
「それで、まずは俺の悪評を流すことにした。例えば、節操がなく学園では常に女を侍らせていたとか、一人の女性をしつこく追い回していたとか、ハーレム作りたがってるとか、贈り物に芋虫を選ぶとか」
マリリーズは思わず小さく笑った。あながち嘘でもない。
「まあそれ以外にもいろいろ。つまり、そんな男は嫌だよなぁって、王女に同情が集まるように仕向けた」
それで名目上は、会ってみたらあまりに気が合わなくて無理だと判断した、双方合意の上での解消である、というように持っていったのだという。
「正直なところ、俺は俺を拒絶して逃げた王女がどうなろうと知ったこっちゃないけどさ、それでもお腹の子も相手の男もまとめて処刑、なんてことにはなってほしくないとは思ってる。誰もそれは望まないだろう」
エリクは小さく肩を落とす。
エリクらしいな、とマリリーズは思った。エリクは王女にひどい扱いを受けた被害者だ。だけど知ったこっちゃない、なんて言いつつ、だからといって相手の不幸を願うようなことはしない。
「王女様とお相手の方はどうなったのですか?」
マリリーズが聞いてみると、エリクは首を弱く横に振った。
「決まる前に出てきてしまったからわからない。一応俺は厳しい罰は望んでいないことと、特にお腹の子どもには何の罪もないのだから助けてあげてほしいとは伝えてきたよ。だけど最終的な落としどころは、俺が決めることじゃない」
「……そうですね」
「だけどまあ、彼女は王家からは除籍されるだろうな。こっそり出産したのちに修道院行きあたりが妥当じゃないかって、あちらの担当者は言ってた」
エリクは直接会っていないそうだけれど、王女のお相手はエインズワース国内の貴族らしい。彼もおそらく貴族籍は剥奪されるものの、エリクのおかげで処刑されるまでのことはないだろうとの見方だそうだ。
「お腹の子を含め、三人がいつか一緒になれればいいなとは思うけど、どうだろうな」
王女のことなど何も知らないけれど、マリリーズもそう思う。だけどそこまではわからない。ほとぼりが冷めたころに、もしかしたら、というところだろうか。
「話を戻すと、俺は俺が泥をかぶって便宜を図る代わりに、こちらに有利な条件を引き出した。頑張ったよ、俺」
結婚した場合に得られたはずの利益はそのままに、賠償分も得た。エリクがエインズワースにいなくても国同士の友好関係が保たれるように条約を結び、国家間の取引も活発になるように調整した。こちらの国にとって不利益にならないだけでなく、エインズワースにも利益があるように立ち回ってみせた。
「でも、それじゃあ、エリク様が……」
本来エリクには何の瑕疵もない。エインズワースに行ったら相手がエリクを嫌がって駆け落ちしていたのだ。被害者であり、むしろ同情される側のはずだ。それなのにエリクが悪者になるのは納得がいかない。
マリリーズが不満な顔で見上げると、エリクは楽しそうに笑った。
「俺、泥を被るのには慣れてる」
辺境伯邸の庭で二人でどろどろになった日を思い出した。たぶんエリクも同じ日を思っている。どろどろになって二人そろって怒られたけど、思い返してみれば楽しかった、あの日。
だけどあれは被ったわけではないし、そもそもそういう物理的な意味じゃないと思う。
「泥だらけになった王子なんて、滅多にいないと思うよ?」
「あれとこれとは違うでしょう」
マリリーズが呆れた顔をすると、エリクは思い出したかのようにククッと笑う。
「この身分にいればさ、何をしてもしなくても、結局何かしら言われるんだ。いちいち気にしていたら身がもたないよ」
「そうだけど、でも」
「会う事もないような遠い人が俺をどう思っていようが、そんなことはどうでもいい。身近な人たちが俺を分かってくれているなら、それでいいんだ」
マリリーズがわかっているならば別にいいのだというように、エリクはマリリーズを見て静かに言った。
たしかに王子という身分はそれだけで目立ってしまう。例えばちょっと成績が落ちたら遊び惚けていると言われたり、ちょっと慈善活動をしたら素晴らしい人だと言われたり。エリクはいつだってエリクなのにと、マリリーズがやきもきしたこともある。
マリリーズはエリクの評判がどうであれ、それだけでエリクの人となりを判断したりしない。きっとアネットも、エリクの家族や友人、側近たちもそのはずだ。
「それに評判を落とした分だけ利益をぶんどってきたから、俺は役目を果たせたと思ってるし、満足してる」
それでもなお、マリリーズは納得できなかった。エリクがいいと言っても、こんなに頑張ってきたエリクが一方的に傷物のように扱われるのは辛いのだ。
そんなマリリーズを見て、エリクはふっと柔らかい顔になった。
「わざとだよ」
「……え?」
「だってそのまま帰ってきたら、そのうち別の縁談が持ち上がって、結局またどこかへ行かなきゃいけない。だからもうそうならないように、どこからも欲しがられないひどい男になりたかったんだ」
「ひどい男って」
「国としてもそんな醜聞がある王子を外に出せないって思うような、そんな奴になりたかったんだよ。それで、なってやった」
エリクはニヤリと口端を上げた。
それから真面目な顔になって、マリリーズをまっすぐに見つめた。
「もう、どこへも行かない」




