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「マリーのために用意したんだ。気に入ってくれるといいんだけど……」
爽やかに晴れた日の辺境伯家の庭。
ちょっとモジモジした様子で渡された小箱についたリボンをそっと解き、箱を開けたときに出てきたプレゼントが芋虫だった時の気持ちを述べよ。
「きゃーっ!」
辺境伯家の娘マリリーズ、愛称はマリー、九歳。思わず叫んだ。
小箱に入った贈り物といえば、普通は宝飾品とか、マリリーズの年齢であればちょっとしたお菓子とか、そんなものだと思う。
それが芋虫である。
「あーっははははははっくくくっ!」
渡してきた相手、エリク第五王子、十歳。
マリリーズの反応に満足したのか、笑い転げている。
怪しいとは思っていた。だけどさすがに芋虫は想定外だった。
昨日の夕食前にせっかく整えた髪をエリクにぐちゃぐちゃにされ、マリリーズが怒り、マリリーズの親も叱り、しゅんとなったエリクが謝ってその場は収まったということがあったのだけど、それのお詫びかもしれない、なーんてちょっと期待してしまったのだ。
実際のところエリクは昨日のことなんてもうすっかり覚えていなかったらしい。
ふつふつと怒りが湧くのを感じながら、マリリーズは箱の中を見た。
箱の中の芋虫は一匹でなかなかに大きく、うねうねと動いている。普通のご令嬢だったら失神ものかもしれない。だけど王都から離れた大自然の地、屈強な騎士たちが辺境を守る領地で育ったマリリーズにとって、芋虫ごとき、どうってことはない。
叫んでしまったのは、予想外のものが入っていたことにちょっと驚いただけだ。
よく見れば芋虫だって可愛いものだ。
鮮やかな緑のボディに黄色とオレンジの模様……、ん?
「ちょっと、エリク!」
大きな声にマリリーズが怒ったと思ったのか、エリクは笑いながらパッと駆けて行ってしまった。逃げ足だけは速い。
「まったく、もう……。ごめんね芋虫さん。いきなり閉じ込められて怖かったよね。すぐに戻してあげるからね」
マリリーズの言う事がわかるわけではないだろうに、芋虫はひょこっと頭を上げた。可愛いやつである。
マリリーズは大きく溜息をついてから、あたりをキョロキョロと見回す。ちょうどいい草地を見つけると、芋虫に触らないようにそっと放してあげた。
その日の夕方。
どことなくソワソワしながら手を気にしているエリクを見つけ、マリリーズはずずっと近寄った。
「エリク殿下、今日は素敵な贈り物をありがとう。ところで、もしかしたらなんだけど、どこか赤く腫れていたり痒くなっていたりしない?」
ふふふっと不敵な笑みを浮かべると、エリクはギクッと肩を揺らした。
「なっ、んでそれを?」
「あなたがくれた贈り物の芋虫さん、どうやってつかまえたの?」
「え? 木の棒で、こうやって」
エリクは木の棒を持って掬う、という仕草をしてみせる。
「触らなかった?」
「うーん、箱に入れるときに少しだけ触ったかも? ……っ!」
思い当たることが見つかったようで、エリクは目を見開いて自分の手を見た。一部が赤くなっている。
「で、でもあの芋虫には毒はないって、図鑑に書いてあったから!」
「そっくりな種類がいるのよ。成虫になるとまったく違った模様の蝶と蛾になるのに、不思議だよねぇ。さて、あなたの手はどうなってしまうのかしら? パンパンに腫れて戻らないかも?」
マリリーズは同情するかのように目尻を下げつつ、ニヤニヤしながら言ってやった。
エリクが捕まえた芋虫は、触れるとかぶれてしまう。だけど実際には強い毒性なわけではなく、パンパンに腫れて戻らない、なんてことはよほどの場合でなければない。とても痒いが数日のうちには治るのだけど、それを知らないエリクは自分の手を見て慌てている。
全く毒性のないそっくりな種類がいて、この近辺に住む人であれば小さい頃から見分け方や触れてはいけないということを学ぶ。だけど普段は王都に住んでいるエリクは気が付かなかったらしい。
「お母様にエリクからとーっても素敵な贈り物を頂いたって、贈り物の種類も詳しくお話をしておいたの」
「ぐぐっ」
「薬を用意してもらっているから、あとでもらうといいと思うわ。とてもよく効く薬だから、塗ればきっとすぐ治るわよ。私ってば、なんて優しいのかしら」
マリリーズの母である辺境伯夫人は、屈強なる騎士たちをまとめ上げられる強い人だ。エリクが王子だからといって容赦する人ではない。基本的には優しいが、叱る時は叱る。マリリーズでも泣くほどに怖いのだ。
そんな母に怒られる未来が見えたのだろう。エリクはがっくりと項垂れた。
「ふふっ、ざまぁ」
形勢逆転。マリリーズは鼻で笑って言ってやった。