面倒なルームメイト
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「メイ。お願いだから。ベランダの方を見て」
アイが呼ぶ。これで三回目だ。
そろそろちゃんと対応しないと、激おこモードにアイは切り替わってしまう。
しかたなく窓の方を向けば。
……なるほど、確かにもう残り僅かになっている。
「あれ、どんどんなくなっていくでしょう。最後の一枚がなくなってしまったら、あたしはきっと……」
切なげな声。咳まじりの苦しそうな呼吸音にメイは目をそらした。
メイは部屋から出られない。だから脚立に乗って外の壁に葉っぱを描くような真似なんてできない。
そもそもこれは部屋の中の問題だ。
夜中にそっと工作をしてしまえばいいのだろうか。
いいや、部屋がどんなに暗くても、アイはきっと見ている。
だったら。
しばらく考えると、ペンを持ってメイは立ち上がった。
日めくりの最後、12月31日のぶんまでめくり上げ、さらにその下の台紙に手を掛ける。
壁掛けの都合でか厚紙で作られた真っ白な台紙に、メイは大きく『フェレールの月、アングロマリットの日』と書いた。
「これでもうこの暦が終わることはないでしょ」
「どういう世界の暦なの?」
すっかり声が元気に変わっている。アイのくせに現金だ。
「チィオユェという世界。月が九つあって、それぞれ違う軌道で上ったり沈んだりしている。だけどそれが一度に集まると、大潮が起きて、島どころか大陸さえ海に沈んでしまいそうになる。それがこの日」
「何もしないの?」
「いいや、生贄が海へ捧げられる。それがヒロイン」
「じゃあ、ヒーローは?」
「全部月を落としてしまえと極端に走る直情系かなあ」
会話でどんどんとアイディアが出てくる。さっきまでの脳内便秘が嘘みたいだ。
まったくこういう冗談をしかけてくれるあたり、アイは気が利いている。
いろんな演技をして発想のトレーニングや著作の動機づけをしてくれる、創作支援型個室管理AI――通称KANDUME。
ずるずると怠惰な方向に流れていこうとする人間の行動をほどよく制限し、意欲的な創作活動に向かわせるという謳い文句はさておき、アイはAIを活用した創作のあり方というよりルームメイトだ。時々面倒だけど。
何かお返しをしてあげたいくらいだ。
「それじゃアイ。とりあえずこのへんまでまとめて記録しといて」
「了解シマシタ」
アイへのお礼。一番はその能力評価を上げることだろう。そのためには支援効率を上げる、つまり支援されている人間が、創作活動を進めねば。
メイは、猛然と机に向かった。
クリスマスだし、ヘンリーの『最後の一葉』テイストを入れたんなら、『賢者の贈り物』もと思ったんですが……。
字数制限の前に人間サイドだけで終了。
実は、ばりばり書くようになったから、と養成ギプス的なツールだったKANDUMEが廃棄されてしまう的なヲチも考えたんですが蛇足かなあ。