第三話 死闘
長くなりましたが、続きです。
二人の戦いは、激化していった。
互いの一撃が、地面や建物を削り、砕き、破壊の嵐が広がっていく。
「くははははははは!!此処まで出来るとは……予想外でしたよ。高々、子供の現意能力者と侮りましたかね?」
その言葉に返す事無く、夜星は淡々と攻撃を続ける。無数の恒星が宙を舞い、アニオに殺到する。
それを迎撃するのは、赤い球から放たれる槍だった。その槍が星を貫く。貫かれた星は、光を失い霧散する。勝負は拮抗状態に陥っていた。
「まったく……此処は、切り札を出さなければ、切り抜けられそうに無いですね。」
そう言うと、アニオは虹色に輝く玉を懐から取り出す。
「あのお方から託された物を使用するのは、心苦しいですが、私に此処までさせたのです。誇るがいい。」
アニオがぐっと力を込めると、その玉は粉々に砕け散った。それと同時に、その玉があった場所に漆黒の穴が空く。
「死せる者どもよ……その血を私に寄越しなさい。私が有効活用してあげます。」
漆黒の穴から、赤く、黒い液体――血液が、アニオの頭上に収束する。それが形を変え、小さな剣の形に収束される。しかし、その量に反してその剣は、あまりにも小さかった。
(あの玉は……たぶん、あの男の仲間の能力が込められた物。あの男が自慢げに語っていた血を操る力……そして、漆黒の穴から出てきたあの液体。それをあんなに大量に――)
「一体、どれだけの人を犠牲にしたの………!!」
深い怒りと抱き、夜星は両手を前に翳す。小さな玉が顕現し、それから程なく、周囲の瓦礫や建物が、赤く変色していく。凄まじい熱量を放つ青き恒星が、その輝きと大きさを増していく。
「高威力の攻撃で、一気に弾き飛ばす!」
「やれるものならやってみるが良い!!」
アニオの血液の収束が終わる。夜星の恒星もその輝きが辺りを真昼以上の明るさで照らしている。
「ブラッド・セイバー!!」
血の剣は、紅い軌跡を残して真っすぐ飛ぶ。必殺の一撃が、夜星に向かって放たれる。
「シリウス!」
それに向かって、夜星のシリウスも光の尾を残す程、凄まじい速度で真っすぐ進んでいく。
二つの現意能力の激突。その瞬間は、花火の様に弾け、幻想的な光景を生み出す。
「馬鹿な……貫けない、だと!?」
そればかりか、徐々にアニオのブラッド・セイバーが押され始めた。
「くそっ、負けるか……負けてたまるかあああああああああああ!!!!!」
声を張り上げ、ブラッド・セイバーに力を注ぐアニオだったが、遂には数歩先の距離まで押し込まれた。
―――しかし、決着は思ったよりも呆気なくついた。
「シュウェイカフト・コラプス。」
小さな声で夜星が呟く。
シリウスが一気に小さくなり、凄まじい輝きを放つ。
「しまっ—————」
轟音。
落雷でも落ちたかの様な、凄まじい音だった。砂埃が舞い、視界を遮っている。
うっすらと、砂埃の向こう側に佇む黒い影が、その輪郭を徐々にはっきりとさせていく。
「はぁ……はぁ、はぁ。」
それは、ボロボロになったアニオだった。綺麗だったタキシードは、所々破け、そこから痛々しい火傷が見えていた。
「それ以上、戦闘を続けるなら、命の保証は出来ない。やめるなら、貴方の身の保護を優先する。だから、もう倒れて。」
それは、夜星の優しさである。同時に、最後の警告でもあった。敵であっても、降参するならこれ以上傷つける事は無いという優しさ。けれど敵対するならば、容赦はしないという冷酷さ……相反する二つの意味を含んだ言葉だった。
「ふっ……くくっ…ふはは………ふははははははははははははは!!」
突如、哄笑を上げるアニオ。その様子に、少し困惑する夜星だったが、それに構わずアニオは話出す。
「甘い………実に甘い考えだ。貴女の前、に立ちはだかる私は、敵ですよ……?それを止めを刺さず、放置するなど……とんだお人好しですねぇ。」
息も絶え絶えに、言葉を紡ぐ。その様子は、何処か余裕の様な物を感じさせる。
「……甘いのは分ってる。でも、これは私の性分だから………それで、返事は?」
夜星は期待していなかった。何故なら、初めから、この男には信念の様な意思を感じていたからだ。や自分の欲望のままに行動しているとは、思えなかったのだ。諦める事はしないと心のどこかで感じ取っていた。
(この男は既にボロボロ。万が一、攻撃を食らっても、私が倒す方が早い。)
——その考えが、すでにアニオの術中である事も知らずに。
夜星は油断なくアニオを見つめる。
既に限界なのか、膝を突き、指揮棒を支えにして、倒れないようにしていた。顔を地面に向け、荒い呼吸を繰り返している。
夜星は、そんなアニオに近づく
「出来るだけ優しく気絶させてあげる。だから、眠りなさい。」
そうして、夜星とアニオの距離が、あと一歩の距離まで縮まる。
「——かかった。」
アニオが小さく呟く。それと同時に夜星は振り上げた手を振り下ろした。
——ザシュ——
小さく、そんな音が木霊した。
僕は、肩で息をしながら、街の中を走っていた。
(夜星………一体、何処にいるんだ。)
交差点を左に曲がると、そこは凄まじい破壊の痕跡が刻まれていた。ビルは壁に大きな穴が空いていたり、窓に罅が入っている。道路は瓦礫が散乱して、最早道路では無く、砂利道の様になっていた。
そんな、破壊し尽くされた場所ではあるが、一際異彩を放つ物があった。
——それは、巨大な丸い岩だった。
「……なんだよ、これ?」
こんなオブジェがあったら、間違いなく覚えている。でも、こんな物は記憶にない。
「……あれは、車、か……?」
ちょうど、丸い岩に押しつぶされない、ぎりぎりの場所に、赤いスポーツカーが停まっていた。もし、これが元々あった物だったなら、あんな場所に駐車はしないだろう。
——これが、現意能力なのか?
教科書で読んでいた。授業で映像を見たりもした。だから、理解しているつもりになっていたのだろう。
——こんな、災害染みた力なのか?
それは、想像をかけ離れていた。かけ離れすぎていた。
ただ茫然と、時間だけが過ぎていく。途端に忘れていた恐怖を思い出す。だけど——
「……行かないと。せめて、夜星にこの事実を伝えるだけでもしないと……!」
この状況で、役立たずの僕に出来る事は、意味が無くてもこの情報を伝える事だ。それだけしかないんんだ。
震える膝に喝を打つ様に、両手で思いっきり叩く。
そして、僕は再び走り出した。
でも僕はまだ甘く見ていたのだろう。
——夜星が、まさか……あんな事になっているなんて………
暫く走っていると、爆発音や、硬質な物がぶつかる様な音が聞こえてきた。
「……まさか。」
その音に向かって走っていくと、公園が見えてきた。だが——
「——やばっ……!?」
突如、強風に煽られ、後ろに倒れた。幸い、頭を打つ事は無かったので、ホッと一息つくが、すぐに安心感が恐怖に塗り替わる。
鼻先すれすれを、大きめの石が掠めていった。思わず「ひっ」と、条件反射で小さく叫んだ。
「……ははっ…なんだよ。怪獣大決戦かよ。」
乾いた笑いが零れる。変なテンションで、可笑しなことを口走ってしまうが、そうでもしないと恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
「……もう、大丈夫かな。」
ゆっくりと、周囲の様子を横たわりながら、探る。のそのそと体を起こし、駆け足で目の前の林に身を隠す。こんな物で身を守れるのか不安だったが、あのまま何も無い場所でまたあんな事があったらと思うと、木々の中の方が、遥かに安心できた。
ゆっくりと、木から次の木へと、体を滑り込ませる様に移動する。時折、甲高い叫び声が聞こえた。背中に氷柱がゆっくりと、這いこむ様な、気持ち悪い感覚に囚われるが、それでも歩は止めない。止まってはいけない。
「……誰か、居る?」
目の前に、広場が見える。僕は其処に近づいて行った。すると、その全容が見えてきた。
「は?」
それは、広場では無かった。
赤いレンガで舗装された、公園とは異なり、地面が吹き飛ばされてしまったかの様な……端的に言うと、クレーターの様だった。
それだけならまだ良かった。しかし、その中心部にあった物は、さらに僕の心を掻き回した。
「……夜星?」
十字架に磔にされた、夜星の姿が、そこにあった。
「ぐぅ!!こんな物——!」
「おっとぉお!!?させませんよぉ!!!!」
アニオがそう叫ぶと、夜星の体に電流が流れる様な、激しい痛みが走る。体全体が痺れた様に、動けなくなり、その場に倒れる。
「ふふふ……ふはっ、ふはははは!!ふははははははははははははははははははははは!!!!」
してやったり、と言う様な嗤笑で夜星を見下す。そして、アニオは夜星の頭を、つま先でグリグリと抉る様に踏む。
「油断、軽率、慢心……全く持って愉快愉快!!私がなんの打開策も無しにあんな負ける手を打つ訳が無いでしょう!!」
夜星は呼吸を荒くしながらも、アニオに問う。
「はっ、はっ…な、ぜ…あん、なに……はっ、くっ、傷だらけ、だったのに………」
「あぁ、これの事ですかぁ?」
アニオは見せびらかすように、腕を前に出す。すると、火傷の跡が、ペリペリと、シールの様に剥がれていく。
「血で、火傷を負ったみたいにコーティングしたんですよ。ちょっと演技すればあなたの様な人はすぐにこちらを保護する為に近づいて来る。そこを狙って、地面にブラッド・ソードを仕込んでおけば、のこのこと近づいてきた馬鹿を無力化できるんですよ。」
既に意識朦朧としているだろうに、毅然とアニオを睨む。そして、右手をアニオに向けて突き出す。
「おやぁ?まだ、私を倒そうと言うのですか。健気ですねぇ……やれるものなら、是非やってみて下さい?」
アニオはわざと、頭を右手の前に突き出す。その様子に夜星は僅かに目を見開き、それからやってやる!と言った様子でその手に小さな恒星を生み出そうとした。
「—————————!!!!??!?!!?」
しかし、それは出来なかった。雷が突き抜けていくかの様な、想像を絶する痛みに夜星は悶え苦しむ。それを見ていたアニオは、体を震わせ、次第に笑い出していた。
「させる訳が無いでしょう!貴女の体は、既に私の『血の支配』に侵されています。現意を発動させようとしたら、直接脳髄に痛みを叩き込むんです。あまりの痛みに死んでしまった人もいるんですがねぇ……貴女は、長く、じっくり楽しめそうだ。」
アニオはしゃがみ込み、夜星の髪を掴み、持ち上げる。それだけの動作だが、夜星はまるで頭皮を剥がされ、無数の針で突き刺されている様な痛みがしていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
夜星の絶叫が木霊する。それを見ていたアニオは三日月の様に口が弧の字を描く。
「あぁ……いい、実に良い!!他の奴らは汚い叫びや命乞いをしてきましたが、貴女は違うのですねぇ。それがまた、とても新鮮で、素晴らしい!!!」
アニオは地面に手を突く。
「血の十字架」
紅の十字架が現れる。アニオは夜星の首を掴み、その十字架に押し付ける。
「あぐぅ!!」
苦しみに呻く夜星、アニオは十字架にブラッド・ルーラーで生み出した複数の腕で夜星の四肢を押さえつける。
「さあ、まずは右手から。」
優しく、慈しむ様に夜星の手を取る。そして、手のひらに赤い杭を突き立てた。
「ああああああああああああああああ!!!!?」
ズブズブと、右手の中に沈む様に刺さる。尋常ではない痛みに夜星は声を止められない。
「次は左手。」
夜星の絶叫は止む事が無かった。アニオの哄笑もそれに比例するように大きさを増していく。
「さあ、最後はその両足を——」
両足を重ね、嬲るように、ゆっくりと捻じ込んでいく。もはや、声にならない叫びとなり、終わる頃には全身の力を抜き、だらんとしていた。
「聖者は十字架にかけられ、その血で癒しを齎した………ですが、貴女には、誰も助けられず、自分自身の無力をじっくり味わって……そして、苦しみながら、死んでいって——へぶっ!!」
アニオが顔から地面に倒れる……誰かに殴りつけられたらしい。
「気絶した……よな………?」
黒髪のやや、幼さを残した顔の少年が、アニオの事をじっと見つめる。
だが、夜星はその少年に見覚えがあった。
「ひ、とし……くん?」
少年——繋 人志は、名前を呼ばれてようやく夜星の方を向いた。
後頭部を殴り飛ばした男を背に、夜星の方に駆け寄る。
「夜星……大丈夫か?いま、それを取るから、ちょっとまってて!!」
僕は夜星の方に駆け寄り、手と足に突き立てられた杭を引っ張る。
「くぅぅぅぅぅぅ!!!」
しかし、杭はびくともしなかった。何度か勢いをつけて、抜こうとするが、一向に抜ける気配は無い。
「っ!はぁ、はぁ、はぁ……駄目だ。びくともしない。」
額に汗を滲ませ、杭を睨みつける。何か、バールみたいな何かがあれば……。
「……ひ…しく………にげ…」
夜星が小さく何かを言う。
「何?」
夜星の声を聞こうと耳を近づける。
「…早く、逃げて……!」
ザシュ
胸に違和感を覚え、視線を下に向ける。
「な…に?これは……。」
殴り飛ばした男が使っていた杭の様な物が胸を貫いたのだ。それを自覚した瞬間、凄まじい痛みと同時に、虚脱感が体を支配した。
「ごぷっ……」
胃からせりあがってくる物を、堪えきれずに吐き出す。口の中が金気臭に包まれ、呼吸が上手く出来ない。
「くっふふふふふふふふふふふふふふふふ。よくもやってくれたな。」
体が前に倒れる。誰かが何かを喋っているが、そんな事を気にする余裕も無いほど、苦しい。
「よくも………よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!!!!よくも!!!!!!」
腹に衝撃が何度も走る。胸に刺さった杭が動き、腹部と胸部の二つが痛む。今まで経験したことの無い痛みに、どう堪えれば良いのか分からない。息を整え様にも、腹部を蹴られる度、口から空気が抜けていく。
「がはっ!!…はっ、はっ、はっ……」
「お前えええええええええ!!よくもこの私に泥を塗ってくれたなぁ!!」
ぐっと、頭が引っ張られる。
「————!?」
無理やり覗き込まれ、嫌でも瞳が目に入った。
「徹底的に苦しめて、死すら生温い苦痛を与えて、殺してやるぞ……クソガキ…………!!」
どす黒く、渦巻く様な、赤黒い瞳。この世の悪意を極限まで凝縮した様な、不気味な瞳。
「さあ……死ね。」
左側頭部に衝撃が走る。
「血の地獄」
「あ……がぁ…………!」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――)
全身を内側から食い破られる様な、凄まじい苦痛が全身を駆け巡る。しかし、意識はいつまでたってもはっきりとしている。
「私の能力は、触れた血を自在に操り、それを媒介に、人の肉体をも支配する……それを応用すれば、ショック死すら許さず、体感時間を引き延ばし、死ぬその瞬間まで永遠の苦痛を与える事が出来る。
と言っても、もう聞こえてはいないでしょうがね。」
視界がキラキラしてきた。足のつま先から徐々に感覚が薄れていく。
(ああ、分かった。僕は死ぬんだ。)
全身が浮遊感に包まれ、苦痛が徐々に感じられなくなってきた。
(いやだなぁ……死にたく、ない…な………)
——あれ?いつの間に、夜になったんだろう。
此処まで読んで頂き、ありがとうございました。