第一話
第一話です。内容について、差異があると思いますが、最後まで読んで頂ければ幸いです。
始まりはいつだって予測できない。
終わりはいつだって唐突だ。
気づけば全てが始まり、気づく間もなく全て終わってしまう。人生とはその始まりと終わりの繰り返しだ。
だからこそ、人は幸せに生きていきたいものだし、不幸に沈むことなど許容出来ないものなのだろう。幸せが唐突に始まるのなら、不幸とは幸福が泡沫の如く消えてしまうことなのだろう。そうして始まる不幸とは、人生を苦しいものにするものだ。ならばそうならないために、幸せのために他者を利用し、甘い蜜を啜ることもある。人の欲望とは、海よりも、空よりも大きく、そして深淵の様に際限がない。誰かを顧みることもしなければ、他者の幸せなど二の次だとほとんどの人が考えている。
でも、僕にはそれを許容することなんて出来なかった。誰かが顧みなかった大勢を見捨てたくなかったから、僕は今も、この地獄で足掻いている。
太陽は中天に差し掛かり、容赦なく大地を灼いていく。セミはやかましく合唱し、町中にその鳴き声を轟かせる。
今時、クーラーもついていない和風の家の中、扇風機の風にあたりながら涼をとる僕に、ばあちゃんが西瓜を持ってきてくれた。
「人志、塩いるかい?」
「いるよ。ありがとう、ばあちゃん。」
皿の上に置かれたスイカに塩をかけて食べる。塩味とスイカの甘みが合わさり、絶妙な美味さになる。程よく冷えた西瓜が口の中を優しく冷やしてくれる。
「なあ、じいちゃん。クーラー付けないの?今時ついてないの家だけだよ。」
僕のじいちゃんは、歳不相応に若く見える。今年で七十五歳には、とても見えない。
じいちゃんが、テレビを見ながら口を開いた。
「そんな暑いか?俺は別にそこまで暑くねえがなァ。」
その言葉の通りにじいちゃんは汗一つ掻いていない。ばあちゃんも同様に汗一つ掻いていないようだった。
「でも僕は暑いよ。見てよこの汗だくの恰好。」
汗で濡れた服を見せるが、こっちをちらりと見るだけであった。」
「あー、まあそのうちな……。暑いんなら水風呂にでも入ってくればいいじゃねえか。」
「そう言ってるけどさあ、じいちゃん、面倒なんでしょ?」
僕のその言葉に、じいちゃんはぎくりと肩を揺らす。
「そんなことねえよ。先祖代々受け継いできた伝統ある家だからな。俺としちゃあ手を加えたくねえのさ。」
「ふぅん……その割に、お風呂は新しくしたみたいだけど?」
ジト目で見つめていると、居心地が悪くなったのか、立ち上がって「さあて、便所便所―!」と言いながら部屋を出ていった。
「逃げたね。まあいいけどさ。」
ふと、今日は出かける予定があるんだったと思い出し、手元にある西瓜を急いで食べる。そしてじいちゃんが言っていた様に、軽く風呂場でシャワーでも浴びに行くことにした。
シャワーをあびて体がいい感じに冷えた。白と黒のボーダー柄のTシャツと通気性の良いグレーのジーパンをはいて、祖父母に出かけることを伝える。
「気を付けていってくるのよー!」
その声を背に玄関で靴を履く。
「行ってきます。父さん。母さん。」
下駄箱の上に置かれた写真立ての中には、二人の夫婦と幸せそうな笑顔で笑っている小さな子供の姿だった。
記憶に残らない幼少期の記憶――
災害が起こり、僕が住んでいた町は住民のほとんどが行方不明となり、発見されたわずかな人々でさえ重症を負っている中、僕だけは五体満足で生き残ったらしい。当時の記事を調べてみてもそれ以上の情報は出てこなかったし、なにより、僕自身の記憶がなかった為、詳細なことは分らなかった。
「……ああ、こんなことしてる場合じゃなかったな。」
玄関の戸を開け、外に出た。
「ああ、人志くん!おはよう!」
門扉の外にいたのは、白いワンピースを着た、漆黒の綺麗な髪の少女――僕の幼馴染である、夜星 藍である。
「おはよう。待った?」
「ううん、今着いたとこだよ。」
そういうと、夜星は僕に右手を伸ばした。はにかむような笑顔と一緒に......。
バス停まで歩いて行き、バスに乗る。そこからバスをいくつか乗り継ぎ、暁天市駅前で降りた。駅前通りには、いくつものビルが立ち並び、スーパーや飲食店、本屋、雑貨屋、ゲームセンター等、様々な店が所狭しと並んでいる。
「いやあ、今日は人が多いね。」
「まあ、休日だからな。」
確かに、休日ではあるが、いつもよりも人が多い様に感じる。
「今日って何かあったっけ?」
そう聞くと、夜星は頬を膨らませてジト目でこっちを見た。
「忘れたの?今日は『風が鳴る』って有名な映画の公開日じゃない。」
指差した先に見えるのは、甲冑を身に着けた男とヒロインの少女が砂浜で夕日に向かって座っている映像が映っている。右上には『風が鳴る』とタイトルが添えてあった。
「今日一緒に来たのはこれを見るためでしょ?」
「ごめんごめん。こんなに混んでるなら早く行った方が良いんじゃない?」
そう言って僕は夜星の視線から逃げるように映画館に向かって歩き出した。夜星が後ろで小さく溜息をしているのが聞こえた。
「もう、人志くんは......。」
呆れた声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
「面白かったねー!」
夜星の感想に僕は同じことを思った。主人公とヒロインの恋物語だと思っていたのだが、まさか忠臣だと思っていた男による裏切りで主人公が死の間際にヒロインに愛を伝えてそれから――
「ああ、この店だよ。」
そんなことを考えていたら、どうやら今日の昼食を食べようと話していた飲食店についたらしい。ちょうどくぅ、とお腹が鳴った。外の気温も高いし、冷たくて、あっさりしたものが食べたい気分だ。
『サクナ』という飲食店だ。外観は和風の建物である。夜星が引き戸を開け、中に入った。
夜星の後に続き、店の中に入る。外の蒸し返すような暑さが嘘である様に、澄んだ、冷たい空気が心地よい。クーラーとはまた違う、自然な涼しさというか……田舎にある祖父母の別邸に行った時の様な感じだ。祖父母は都会と違って、近くの農家が川から水路を引いているから空気が冷やされていると言ってた事を思い出した。
「いらっしゃい。」
カウンターの奥から、静かな声でこっちに声をかけてきたのは、恐らく店主である男性だろう。群青色の和服を着た男性である。
「豊臣さん。お久しぶりです。いつもの席空いてますか?」
「藍ちゃんか......ああ、空いているよ。」
店主と顔馴染みなのだろう。僕は夜星に案内されるまま、店の奥のテーブル席に座った。
「あの人と知り合いなのか?」
「ああ、私の遠い親戚みたいな人だよ。」
そんな事を話していると、店主が黒いお盆を持って来た。その上には透明なコップが二つ乗っている。
「ご注文は?」
ぶっきらぼうにそう言われて慌てて窓際に置いてあるメニューを手に取る。そこに載っているのは、和食以外にもパスタや炒飯、ステーキ等、豊富な内容にどれを選ぶべきか迷う。
「早くしてくれないか?」
店主の声が低くなった。まずいと思いながら急いでメニューをめくるが、内容がうまく頭の中に入ってこない。
すると夜星が、店主に向かって諫めるような声色で話しかけた。
「もう、豊臣さん?そんなに急かさなくても良いんじゃないですか?」
「……ついな?」
くつくつと喉を鳴らして笑い声をあげる豊臣さん。その様子に僕は一瞬唖然としてしまう。数秒経って、僕はからかわれたことに気づいた。
「あっはっはっはっは!いやー、ごめんごめん。あんまりにも良い反応をするもんだからさ……つい、な?」
最早、隠そうともしていない呵呵大笑に、僕は気が抜けるのを感じた。
悪戯が成功した子供の様に無邪気に笑う豊臣さんは、言葉を続ける。
「藍ちゃんの友達を無碍に扱う訳にはいかないよ。俺はこの店の店主……豊臣 天吉だ。まあ、慌てないでゆっくり見てくれ。因みに家のおすすめは蕎麦かな。」
確かに、蕎麦ならこの時期にもピッタリだろう。
「じゃあ、僕はこのざる蕎麦一つお願いします。」
「私はこの生姜焼き定食でお願いします。
豊臣さんはポケットから伝票を取り出し、サラサラっと注文内容を書いた。
「はいよ。それじゃ、ゆっくりしていってくれ。」
そういって豊臣さんは店の奥に入っていった。
「……此処って従業員はいないのかな?」
「ああ、そうだよ。すごく美味しいんだけど豊臣さんの趣味でやってる店だから、面倒な時は定休日になるんだ。酷い時は一か月以上も定休日になったりするんだよ。」
なるほど……まあ、店の閑散とした所を見ると、それは事実なのだろう。
「みんなあんまり来ないから、静かに過ごしたい時にたまにくるんだ。」
趣味でやっている店だからこそ、あまり人に知られていないのだろう。しかし、それで収入は大丈夫なのだろうかと夜星に聞いてみた。
「ほんとはこんな場所で店をやらなくてもいいくらい、稼いでるんだって。私も仕事についてはあまり聞いた事はないんだけど……月で平均百万くらいって言ってたような……。」
「はい、おまち。ざる蕎麦一つ、生姜焼き定食一つ。」
いつの間にか、豊臣さんが僕らのテーブルに配膳してくれた。いくら夜星との会話に夢中になっていたとはいえ、足音一つ聞こえなかった。
「それと、これは俺からのおごりだよ。自信作の抹茶ラテだ。」
二つのコップの中に、抹茶ラテが入っているのが見える。
「そんな、悪いですよ!」
「いやいや、試飲に付き合ってもらうだけだからさ。是非、感想を聞かせてくれたまえ。はっはっは。」
高笑いをあげながら再び店の奥に引っ込んで行ってしまった。
「……ああいう人なんだ。とりあえず食べよっか。」
そうして食べた蕎麦は今まで食べてきたどの蕎麦よりも美味しかった。どうしてこの店がこんなに閑散としているのか、理解できない。あの人の奢りとして出された抹茶ラテも、丁寧な甘みと程よい苦みが喉を静かに突き抜けていく。これで試作品だというのだから、店主の腕前は相当なものだろう。
「ふあぁ、美味しい。」
蕩けきった顔で、抹茶ラテをちみちみと飲んでいる夜星がいて、その姿がなんだか小動物の様で可愛らしい。
「いやあ、もっと有名になってもおかしく無いくらい美味しいな。なんでこんなに人が少ないんだ?」
「それは、俺が面倒ごとが嫌いだからだな。」
豊臣さんが店の奥から出てきて、僕の疑問に答えてくれる。
「この店は、先祖代々受け継がれてきた、小さな店さ。俺の親父も、お袋も、みんなこの店を愛していた。だけど……十三年前の、あの事件が無けりゃあな。」
十年前……何があったのだろうか。
「この街にあの化け物が来なければ、親父の店も、周りの店だって、畳む必要は無かったろうに……。」
「化け物……現災獣の事件ですか?」
この世界には、現意と呼ばれる力が存在している。そして、それを扱える人間を現意能力者と呼び、大きく六つの等級に分けられる。一から六の等級で数字が小さくなればなるほど高位の能力者である。
現意能力に目覚めた獣を現獣と呼ぶ。
そして、時に現意能力を暴走させ、周囲に破壊を振りまくだけの怪物――現災獣と化すことがある。発生すると、現災獣の半径十㎞、及び進行方向と予想される街に避難勧告が出される。
十三年前、現災獣が通常では考えられないほど、大量に発生し、国中が炎に包まれた大火災があった。当然この街も災禍に飲まれたが、この街にある軍隊が現災獣を処理したので、被害は比較的抑えられていたらしい。
「被害が少なかったとはいえ、一部の民家や建物は当然炎に包まれた。当然、この店も巻き込まれてな……もう、店は畳むしかないって聞いて、それが嫌だった俺は、出稼ぎに出たんだ。何とか立て直そうと必死で稼いでる間に、親父とお袋はあの世に行っちまった。
でも……碌に孝行出来なかった親不孝者だけど、せめて店だけでも立て直したかったのさ。まあ、贖罪みたいなもんだな……。」
そう語るその表情は、ひどく悲しげで、この人にとっては、この店は大切な物なのだと分かった。
『何か言わなくちゃ』そう、心では思っていても、何も思いつかない。その空気を察たのか、豊臣さんは話を終わらせた。
「おっさんのつまらない話に付き合わせて悪かったな。そろそろ閉店だからよ。また来いよ。歓迎するからさ。」
「……はい。また来ます。」
「私もまた来ていいですか?」
「お前さんは言わなくてもまた来るだろ?いつも食い荒らして行きやがって、商売あがったりだ。」
「ああ⁉それは言わない約束じゃないですか!!」
何処か寂しい気持ちを抱えながら、会計を済ませて外に出た。空は茜色に染まり、太陽は地平線に呑まれかけている。
「人志くん、まだ時間ある?最後に、行きたいところがあるんだ。」
スマホの画面を見る。時間は十六時と表示されている。今日は特に用事もなかったから、六時までに帰れば大丈夫だろう。
「どこに行くの?」
そう聞くと夜星は唇に人差し指を当てて「秘密の場所」とだけ答える。悪戯っ子のような、何かを企んでいるような笑みを浮かべて僕の手を引いた。
「お、おい!急にどうした!?」
僕は夜星に引かれるがままに付いて行った。
階段を上り右手に見えたのは、暁天市第二展望公園と書かれた看板であった。
「ここだよ。」
夜星が木製の柵の先を指差す。その方向に顔を向けると、思わず目を奪われた。
「綺麗でしょ?ここは私のお気に入りの場所なんだ。」
太陽が山を真っ赤に染めている。標高四千メートルを越えるこの天陽輪国の国宝「天陽山」は、夏でも真っ白な雪が山頂まで覆っている。その山がそれは見事に紅に燃え上がっていた。
「ここは、私のお気に入りの場所なんだ。」
夜星がそう呟く。その声は、何処か懐かしむような、そんな事を感じさせた。
「ねえ人志くん。」
名前を呼ばれ、僕は夜星の顔を見た。夕日のせいか、頬が赤く染まっている様に見える。
「私……人志くんのことが――。」
ドガアアアアアアン!!!!
日常を引き裂く大きな雷鳴——否、それは爆発音だった。その爆発音が聞こえた方向に目を向けると、先ほどまで、一緒に遊んでいた街から、黒煙が上がっているのが見えた。
唖然とする間もなく、あちこちで次々と爆発する。
「なんだよ……一体、何が起こっているんだ。」
事故か……そう思ったが、違うと感じた。これはまるで、テロでも起こっているのではないか。
「人志くん、ごめん。先に逃げてて。」
そう言われて、僕は一瞬、夜星が何を言っているのか分からなかった。
「今、メールに送ったマップの先に、軍の駐屯地があるの。そこに行って、保護を頼んでみて。そうすれば、きっと安全だから。」
「じゃあ、夜星はどうするんだ……?」
嘘であってほしい。でも、彼女の瞳はこんな状況なのに、僕のことをまっすぐ見つめて、何処か人を安心させる笑顔でこう言った。
「私は、あの街で避難誘導かな?もし、瓦礫で逃げ出せなくて困っている人がいるのなら、助けてあげないと。」
そう言いながら、夜星の視線は街の方に向けられた。
「大丈夫。こう見えて、私って結構強いんだよ?学校でだって、いつも成績は上の方だしね!」
夜星は走り出し、柵を乗り越えた。
「なにを!?」
その先は崖だった。慌てて駆け寄り
飛び降りた先を見る。すると、夜星は空を飛んでいた。その背中には光る玉が浮かんでいる。
「ああ、もう!」
後ろ髪を引かれる感覚を振り払い、僕は携帯のマップを起動し、言われた場所に向かって走り出した。
時は少し遡り……
「ふふふ。」
暁天市駅前。
夕暮れ時であるのも相まって、仕事帰りの人、休日を楽しんでいる人、家族で遊びに来ている人……様々な人が、駅から出たり入ったりしている。
その人の往来の中心に、異様な集団があった。全身真っ黒な服に身を包み、体には銃や手榴弾、ナイフといった装備をしている。この国では銃の所持は法律で禁じられている為、サバイバルゲーム帰りの集団であろうとその場にいた誰もが思っていた。にしても悪目立ちが過ぎる。
道行く人々は、奇異の視線で彼らを流し目で見たり、何かのイベントかと思い、動画を取り始める人もいる。
中でも異様なのが、その先頭に立っている男性だ。
その男性は、タキシードに身を包み、手には指揮棒といった、明らかに場違いな格好をしている。
口角を上げ、ゆっくりと指揮棒を振り上げる。
「さあ、時は整いました。この平和という名の虚飾を、壊してしまいましょう。」
男性が指揮棒を振り下ろす。それと同時に、駅前には赤い花が咲き乱れた。
誤字脱字等あれば、教えて頂けると助かります。
それではまた。