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スキルバーター~見殺しにしようとしてきた勇者達のスキルは僕の雑魚スキルと交換済みです。土下座されたところで返すわけがない~

作者: 翠川ヤサメ

「貴様のような勇者がこの国から遣わされたと広まればこの国の信用が落ちかねん。我も鬼ではない。今夜はこの王宮で過ごしてよいが、明朝すぐにこの国を発て」


 王宮にある謁見の間で僕が唯一王様にかけられた言葉がこれ。

 それが一時間前の出来事で、今は他の召喚勇者の三人と共に貴人の間で休憩中です。

 と言っても三人は僕との距離を置いているけれど。


「はぁ……」


 どうして異世界に来てまでボッチなんだろう。


 僕、柊金太郎(ヒイラギキンタロウ)17歳はボッチ飯の最中、勇者としてこの王宮に召喚された。

 召喚されたのは僕だけでなく、他に三人の学生らしき日本人も一緒だった。

 勇者召喚を指揮したという王宮魔法使い曰く、


・この世界は人間と亜人の大陸、魔族の大陸、中立の大陸、これら3つに分類される。

・先日魔族が中立大陸にある人間と亜人の国へ侵攻を始めたという報告が入った。

・その魔族の侵攻を阻止するため、かつて勇者召喚を成功させた人間と亜人の大陸にあるこの国、モクセリア王国が再びの勇者召喚を世界に宣言。

・そうして召喚された僕たち4人の使命は最前線で魔族と戦い、退けること。

・そのための支援は惜しまない。


 抜けているかもしれないけれど、こんな感じだったと思う。

 ついでに過去の勇者の英雄譚を長々と語っていたけれど殆ど耳に入ってこなかった。

 現状を理解するのに精一杯だったからね。

 因みに元の世界への帰り方については知らないらしい。

 唯一の女性勇者であるヤクシジスズハ、だっけな。

 彼女が開口一番に帰り方を訪ねていたけれど、「帰り方は知らぬ。ただ、先代の勇者様は元の世界に帰られたと伝記には記されている。方法はあるはずだ」とのことだった。

 それを知った彼女はそりゃもう困惑していたよ。


 その時の僕は困惑よりも好奇心が勝っていたけどさ。

 ボッチあるあるに『本を読んでいるから一人でいる。決して友達がいないからではない』というものがある。

 なのでまあ多くのラノベやWEB小説を読んできたわけで、異世界召喚ものにも触れたことがありまして。

 わくわくしていたんです。

 けれど、そのわくわくはその後すぐに執り行われた鑑定士による鑑定で霧散することになりました。

 鑑定で調べられたのは攻撃値等のパラメーターとスキル。

 パラメーターはまだよかった。

 他の勇者のような特出した項目はなかったけれど、概ね高水準らしく勇者に相応しいと称えられたほどだ。


 問題があったのはスキルだよ。

 他の勇者たちはそれぞれ【龍剣(リュウケン)】【龍壁(リュウヘキ)】【龍弓(リュウキュウ)】とかいう龍の名が付いた凄そうな固有スキルを初め、多数のスキルを所持していた。

 どうやら過去の勇者も龍と名の付くスキルを所持していたらしい。

 王宮の方々も「まごうことなき勇者の証だ!」と歓喜の嵐だったなぁ。

 対する僕は初級スキルのオンパレードだったけど。


 誰でも鍛錬すれば習得できるのが初級だそうで。

 龍の固有スキルは無く、代わりに【物々交換】という固有スキルがあるだけでした。

 スキル数だけで言えば僕が圧倒的に多いらしいけどね。

 他の勇者が大体10数個のところ、僕は倍の25個。

 けれども、【物々交換】以外の24個は誰でも習得できる言わば雑魚スキルなわけで。

 鑑定士には「ば、万能ですねっ」と鼻で笑われ、他の勇者には引かれるし、散々だった。

 固有スキルについても名前からして明らかに戦闘向きではないし、大したスキルではないだろうと一蹴される始末だよ。

 僕のわくわく、どこに行ったんだろうな。見当たらないや。


 かくして意気消沈した僕。

 他の冒険者は持ち上げられまくって上機嫌。

 そんな状態で謁見の間に通された僕たちは王や妃、王子や姫様方と対面。

 鑑定士から僕たちの情報を聴いた王様が勇者達へ順に激励の言葉を送り、僕の番で冒頭の言葉をかけられ今に至るというわけだ。


 果たして明日の早朝、僕はこの国を追放されて生きていけるのかな。

 一応手切れ金としてしばらく生きていけるだけのお金とスキル【鑑定】を使用できるスキルリングなるものはくれたけど。

 だからっていきなり国外は無理があるって。

 せめて旅の準備くらいはさせて欲しい。

 ともかく今はラノベやWEB小説で読んだ異世界召喚系の話を思い返しながら明日以降の動きを考えるしかない。


 貴人の間にいても集中できそうにないし寝室に行こう。

 そう思い立って貴人の間を出ていこうとすると背後から3人の視線を感じた。

 どうせ人を蔑むような視線に違いない。

 僕は振り向かず、そのまま真っ直ぐに用意された一人用の寝室に向かった。


 その後はベッドで横になり、ひたすら頭を悩ませる。

 途中、王宮の召使いらしき女性が食事を持ってきてくれたけど、僕が受け取る直前に手を離されて危うく落としてしまうところだった。

 全く持って思慮に欠ける行いだと思う。

 まあ、どうせ明日にはこの国から出ていくのだ。

 深く考えないようにしよう。慣れているし。

 食事の内容はパンとシチューだったけれど、今は食べる気に慣れず化粧台の上に置いた。


 惨めな現実にはかぶりを振って、再び横になり思考に耽る。

 今日は眠れないだろうな。

 そう思っていたけれど、非日常的な体験による緊張のせいか案外僕の体は疲れていたようで。

 次第に重くなる瞼に抗えず、深い眠りへと誘われていった。


「――ん」


 どれくらいの間眠っていたのだろう。

 尿意によって目を覚ましたけれど、窓から見える空は暗い。

 僕は静かに寝室の扉を開き、案内されていたお手洗いを壁伝いに目指す。

 確か寝室が並ぶ廊下を直進し、右に曲がってそのすぐ手前にあったはずだ。


 隣の寝室にも他の勇者があてがわれていたはずだが、扉は開け放たれていて人の気配がない。

 どこにいったのかな。

 いや、そもそも使われた形跡がなさそうだけど。

 そんな疑問が沸いたけれど、その答えはすぐにわかった。

 2つ隣の角部屋の扉から光が漏れていることに気づく。


 その扉の近くまで来ると、3人の声がそこそこの声量で聞こえてきたのだ。

 どうやら3人は1つの寝室に集まって談笑しているらしい。修学旅行かな?

 今更仲間外れにされたことに対しては本当に、本当に微塵も気にしてないけどね。

 ただ少し興味本位と言いますか、僕をハブいて一体どんな話をしているのか気になった。

 まさか恋バナでもしているんじゃないだろうし。

 聞き耳を立ててみた。


「――の話、本気だと思う?」

「さっきの? 食事の席で王様が言っていたことかしら」


 食事の席に王様? そんなのあったの?

 僕は部屋に運ばれてきたっていうのに? 食べなかったけどさ。

 慣れているとはいえ、ここまで露骨にハブたら悲しくなるよ?


「そう、それ。俺はさ、ぶっちゃけあいつのことなんかどうでもいいのよ。他人だし。でもちょっと現実味がないわーみたいな?」

「確かに現実味はないわね、私は本気だと思うけど。あんなプライドの塊みたいな王様が冗談を言うとは思えないし」

「それな! あのおっちゃん顔怖いし! 冗談だったら逆に笑えるわ」

「どれとどれが逆なのよ……というか、私達だって他人同士じゃない」

「なーに言ってんのぉ! 俺たちはもうな・か・ま! 他人じゃないよう」


 何の話をしているんだろう。

 王様が何かを言って、その真偽について話しているみたいだけど。

 今話しているのはヤクシジスズハと、クジョウユウヘイかな。

 クジョウは金髪に両耳ピアスでブレザーを着崩した、ザ・陽キャみたいな人だ。


「ボク達の関係性についてはまだ顔見知りってところかな。初めて会ってからまだ半日も経っていないからね」

「トウキ君マジ固すぎな! で? あの話はどう思うよ」

「そうだな……ボクも本気だと思うよ。食事の前に書庫に寄って軽くこの国について調べたけれど、国家拡大のためには手段を択ばないというような印象だ」


 今のはタカハシトウキだな。名前も呼ばれていたし。

 タカハシは黒髪高身長のイケメンで冷静沈着な印象かな。帰り方がわからないと知った時も殆ど表情が変わらなかった。

 ただ、如何せん話が見えてこない。

 王様の話と手段を択ばないことにどんな関係があるのだろう。


「そかー、じゃあ本気なんだろうなぁ。カワイソウダナー」

「あんた棒読みすぎ。本当に思ってる?」

「オモッテルッテ―。そう言うスズハはどうなのよ」

「どうでもいい」

「ぶはっ! お前も最低じゃねぇの!」

「ぷふっ……あんたに言われたくないわよ」


 なんかすごい盛り上がってますけど。

 もういいや、何の話をしているかわからないし、尿意が限界だ。

 盗み聞きもここらで切り上げよう。

 そう思って離れようとした時。


「ボクはヒイラギ君には同情はするけれど、だからと言って庇いはしないかな。この世界のルールに乗っ取って彼は殺される。異世界人が口を挟める領域にないんだ。仕方ないと割り切るよ」


 そんなタカハシの言葉が僕の耳に届いた。

 は? 殺される? 誰が? 僕が? え? なんで? 聞き間違い?


「トウキ君マジ勤勉。勤勉て使い方合ってる?」

「まあ、どうだろ。私頭よくないし」

「ボクが勤勉かはさておき、そろそろ君たちは寝室に戻って寝たほうが良い。薬で眠っているとは言え、死に声を聞きたくはないだろう?」


 薬で眠っている? 死に声?

 まさか、聞き間違いじゃないの?


「言えてるわー。じゃ、そろそろ戻りますわ」

「そうね、お休み」

「ああ、お休み」


 やばい……! 出てくる!

 僕は咄嗟にその場を離れ、曲がり角を右に曲がった。

 音を立てないようにお手洗いの扉を開き、中に入ってそっと扉を閉じる。

 数秒後、離れたところから扉の開閉音が聞こえてきた。

 足音が離れていく。どうやら僕には気づいていないようだ。

 お手洗いは三畳ほどの広さで化粧台も設置されており、僕はその化粧台の椅子に腰を下ろした。

 落ち着け。落ち着いて今の状況を整理するんだ。


 えっと、なんだっけ……そうだ。

 彼らは食事の席で王様からとある話を聞いた。

 その話が僕を殺すと言った内容で。

 薬で眠っているところを殺される……かもしれない。


 薬なんて盛られるタイミングあったか? 現にこうして僕は起きているわけだけど。

 あ、あの運ばれてきた食事か! というかそれしかタイミングがない。

 それを食べていないから今僕は起きているのだろう。


 だとして、これからどうする?

 寝室に戻るという選択肢はないでしょ。寝込みを襲うということはその僕を殺そうとしている殺人犯と鉢合わせる可能性がある。

 であれば、この王宮から抜け出すしか道はないけど、そんなことできるのか?

 いや、僕を殺すことが目的である王宮の人間がそう簡単に見逃すはずがない。

 じゃあどうすれば……何か、何かないか。


 そうだスキル! 何か使えるスキルはないか?

 思い立って、僕は右人差し指につけていた【鑑定】のスキルリングを見つめた。

 あれ、これどうやって使うんだっけ。説明を受けたはずなのに、焦って記憶が錯乱している。

 ええと、えっと、なんだっけな……確か


「ステータス」


 小声で呟くと、目の前に半透明のダイアログボックスのようなものが出現。

 そういえば受け取って身に着けたはいいが、思考を巡らせるばかりで使うのは初めてになる。

 そこにはこのような情報が表記されていた。


《ヒイラギ キンタロウ》


 レベル  1

 攻撃値 257

 耐久値 223

 体力値 269

 魔力値 274

 俊敏値 238


《スキル》


火球(カキュウ)】レベル1【水球(スイキュウ)】レベル1【土球(ドキュウ)】レベル1

風球(フウキュウ)】レベル1【光球(コウキュウ)】レベル1【黒球(コッキュウ)】レベル1

【癒し】レベル1【倦波(ケンパ)】レベル1


【麻痺軽減】レベル1【毒軽減】レベル1【衰弱軽減】レベル1

【炎上軽減】レベル1【精神汚染軽減】レベル1

【火属性軽減】レベル1【水属性軽減】レベル1【土属性軽減】レベル1

【風属性軽減】レベル1【光属性軽減】レベル1【闇属性軽減】レベル1

【攻撃値強化小】レベル1【耐久値強化小】レベル1【体力値強化小】レベル1

【魔力値強化小】レベル1【俊敏値強化小】レベル1


【物々交換】☆


 初めて自分の眼で見るステータス。

 まじまじと眺めている暇はなく、何か使えそうなスキルは無いかと血眼になって探す。

 ……駄目だ。言われた通り弱そうなスキルしかないぞ。

【麻痺軽減】以降は耐性強化系やパラメーター強化系で使えないし、実用的なスキルも字面からして弱そう。


 隠れて逃げることには無論使えない。

 もし戦闘になっても恐らく勝てない。

 望みはこの星マークのついた固有スキル【物々交換】にかけるしかなさそうだけど。

【物々交換】ってなんだ? 誰と誰が何と何を交換するんだ? 今使っても音とか鳴らないよね?

 いや、迷っている暇はない、か。


「物々交換」


 意を決し、呟く。


「……」


 何も起きない。

 なんなんだ。

 落胆して肩を落としながらステータス画面に視線を再度向けると、表記されている内容が変わっていた。


《交換候補者一覧》

 タカハシトウキ

 ヤクシジスズハ

 クジョウユウヘイ

 キキョウ・モクセリア

 リント・モクセリア

 カミレ・クスノア


 交換候補……三人の名前と知らない人の名前。

 モクセリアはこの国の名前だから、多分王族の内の誰かなのだろうけど。

 どういうことだろう。

 わからないけれど、物は試しだ。


「タカハシトウキ」


 小声で表記された名前を読んでみた。

 すると、再びステータス画面の表記が変わる。


《交換したいスキルを選んでください》


《タカハシトウキ》

《スキル》


【龍剣】レベル1【刹那観測】レベル1【迅速】レベル1

雷昇砲(ライショウホウ)】レベル1【雷装】レベル1


【炎上無効】【衰弱無効】【麻痺無効】

【攻撃値強化大】レベル1【体力値強化大】レベル1【俊敏値強化大】レベル1


 交換したいスキルを選ぶ。そして、タカハシのスキル一覧。

 まさか、この【物々交換】の能力って。

 いやいやそんなわけないよね。

 もしそうだとしたらこんなの、チートスキルどころの話ではないよ。

 単なるズルだ。

 でも、状況が状況だから。

 例え想像通りの能力だとして、それがどれでけ非道なものであっても。

 今だけはそれを望む。


「龍剣」


【龍剣】↓

【  】↑


《交換候補者一覧》

 ヒイラギキンタロウ

 ヤクシジスズハ

 クジョウユウヘイ

 キキョウ・モクセリア

 リント・モクセリア

 カミレ・クスノア


 タカハシの【龍剣】を口に出して言うと、再び交換候補者一覧が出た。


「ヒイラギキンタロウ」


《交換したいスキルを選んでください》


《ヒイラギキンタロウ》

《スキル》


【火球】レベル1【水球】レベル1…………


 自分の名前を口にすると、案の定僕のスキル一覧が出現。

 これはもう、間違いないんじゃないか。


「火球」


【龍剣】↓

【火球】↑


《こちらのスキルを交換いたします。よろしいですか?》


 はい・いいえ


「はい」


《完了しました》


《ヒイラギキンタロウ》

《スキル》


【龍剣】レベル1【水球】レベル1………………


 僕のスキル【火球】が消失し、代わりにタカハシの龍と名の付く固有スキル【龍剣】が表記されている。

 つまり交換という形ではあるものの、僕はタカハシのスキルを盗んだということ。

 間違いない。

 このスキル【物々交換】の能力は任意の相手のスキルと自分のスキル(自分以外の名前も表記されていたから他者間も可能かも)を文字通り交換するというものだ。


「物々交換」


 僕は無性に罪悪感を覚えて再度スキルを口にした。


「タカハシトウキ……火球……ヒイラギキンタロウ……龍剣」


【火球】↓

【龍剣】↑


《こちらのスキルを交換いたします。よろしいですか?》


 はい・いいえ


「……」


 そこまで進んで、僕は口を閉ざしてしまう。

 罪悪感は確かにあるけれど、きっと王宮の人たちが絶賛していた龍の固有スキルを使えば生きてこの国を脱出できる。

 それにもし僕を殺すという話が本当だとしたら、三人は僕を見殺しにするのと同義だ。

 王様の話が『僕を殺すこと』であると仮定する。

 そうして彼らの会話を思い返してみよう。


 クジョウとヤクシジの「どうでもいい」という言葉は僕が殺されることに対することだとわかる。

 タカハシも「庇わない」「仕方ない」と言っていた。

 それは同じ異世界人としてどうなんだろう?

 同じ故郷であるはずなのに。

 日本で人殺しは大罪なのに。

 何故そんなに簡単に人殺しを許容できる?

 自分に矛先が向かうのが嫌だから?

 他人だから?

 仕方ないから?

 ……まずい。

 考えていたらイライラしてきたな。

 勝手に召喚したくせに使えないからと殺そうとしている王宮の連中にも、僕をハブいて見殺しにしようとしている勇者達にも。


「いいえ」


 もういいや。

 まだ、見込みは薄いが僕の勘違いという可能性もある。

 だから一旦は交換したままにしておこう。

 勘違いだったら土下座して交換し直せばいいじゃないか。

 であれば逃げ切る手段は多いほうが良い。

 僕のスキルは初級スキルばかりだし、できるだけ交換しておこう。

 再びタカハシのスキル一覧を開いて目を走らせる。


「……ん?」


 何か音が聞こえる気がする。

 耳を傾けると、それが足音だということが分かった。

 それも一人や二人ではない。

 僕は慌てて椅子から立ち上がり、化粧台と壁の隙間に体を埋めた。

 まだ確証はない。

 けれど、王宮の人が僕の不在に気づいて探しているのかもしれない。


「――でしょか」


 なんだ?

 僕が恐怖で体を震わせていると、どこからか話し声が耳についた。

 隣の部屋からだ。

 このお手洗いの隣はタカハシがいる寝室だ。


「ボクは何も」

「承知致しました。ではタカハシ様にも協力していただきたい。ヒイラギが姿をくらませました」

「……ああ、了解した」


 やっぱりそうだ!

 しかもタカハシのヤツ協力的だし!

 これで僕を探していることは決定的で、『僕を殺すこと』がほぼ濃厚になったと言っていい。

 こんな場所、見つかるのも時間の問題だよ。

 どうするどうするどうする。

 この場からもう去るか……いや、駄目だ。

 能力も碌にしらない【龍剣】だけでは不安だし、王宮の人間がどれだけ戦えるのかは知らないけれど、少なくともクジョウとヤクシジに龍のスキルで対抗されたら恐らく勝てない。

 だったら可能な限りスキルを交換する。


 交換候補者一覧、交換したいスキル選択、交換候補者一覧、自分の交換スキル選択、これら4つの工程を踏む【物々交換】はスムーズにやれば数十秒で終わると思う。

 しかし吟味している暇はない。

 僕は今開かれているタカハシのスキル一覧に目を走らせ、目に留まった適当なスキルと自分のスキルを順に口にした。


「刹那観測……ヒイラギキンタロウ……水球……はい」


 交換が完了し、自分のステータス画面に切り替わる。

 耐性強化系のスキルやパラメーター強化系のスキルはもちろん交換しておきたいけど。

 優先順位的に次はこっちだ。

 人が増えたからか、候補者一覧の人数が増えている。

 が、迷わずその名前を口にする。


「クジョウユウヘイ」


 対抗されるだろう龍のスキルを最初に交換しておく。


「龍壁……ヒイラギキンタロウ……土球……はい」


 よし、次は。


「ヤクシジスズハ……龍弓……ヒイラギキンタロウ……風球……はい」


 これで必要最低限のスキル、彼らの龍の固有スキルは交換完了。

 これで後は手当たり次第に交換していって――

 ガチャ……


「――!」


 もう一度スキルを使おうとした瞬間、お手洗いの部屋の扉がゆっくりと開いた。

 体を丸めて息を飲む。

 ゆっくりと気配が近づいてくる。

 部屋の明かりをつけていなかったからまだ見つかっていないけれど、普通に体はみ出しているし。

 見つかるのも時間の問題か。

 強行突破しか、ない。

 僕は立ち上がり、部屋にやってきた人物に相対した。


「おっっふ、びびったぁ。よ、よぉヒイラギ」

「クジョウ……君」


 そこにいたのは王宮の人物ではなく、召喚勇者の一人であるクジョウだった。

 王宮の騎士か何かなら構わずスキルを放って逃げようと思っていたけれど、武装もしていないクジョウ君に攻撃するのは気が引ける。


「その、なんだ、しょんべんか?」

「……うん」


 正直尿意は去ってしまったけれど。

 ここは相手の出方を見る。


「そっかそっか、わりぃな邪魔して。この城部屋に鍵ついてねーんだもん」

「そうだね、不便だよ」

「それな! あ、そうだわそうだわ思い出した。さっき城の奴らがお前を探してたぜ?」

「へぇ……こんな時間に何の用だろう」

「さ、さあな。俺はしらね」


 白々しい。

 さっきからクジョウと目が合わないし、手汗でも気になるのかずっと両手を服に擦っている。

 この状況においても、彼は僕を見捨てるか。

 むしろすっきりしたよ。


「そっか、わかったよ。ありがとう」

「お、おう! 気にすんな」


 僕は残り粕になった罪悪感を捨て去り、彼の横を通り抜ける。


「なんてな!」

「なっ」


 直後、両手を掴まれ、床に押さえつけられてしまう。

 こいつ、見殺しにするだけに留まらず、殺しに加担するつもりらしい。


「おい! 城の野郎ども! このクジョウさんが負け犬を捉えたぜ!」


 僕の上に馬乗りになったクジョウが大声を上げた。

 多数の足音が近づいてくる。

 くそ……どうする。

 何かスキルを使ってこの場を打開するしかない。

 けれど、先ほど交換した龍の個性を使って、果たしてクジョウを殺してしまわないだろうか。

 殺されようとしているこの状況において、甘い考えであることは自覚している。

 けれど結局、残っている初級スキルを使うことにした。


「光球!」

「うおっ!」


 僕の掌から発生した光の球がクジョウに向けて放出される。

 しかし、その光はクジョウの態勢を僅かに崩すだけに留まった。

 流石に初級スキルじゃあ、勇者には敵わないようだ。

 ただ、副産物があった。


「眩しっ」


 たまたま覚えていた【光球】を使ったけれど、その球は発生直後に眩い光を放ったのだ。

 僕は視線の先が床だったから影響を受けず。

 けどこれで、クジョウの手が離れてくれた。

 どうにか体を起こしてクジョウの体を押しのけ部屋を出る。


「いたぞ! あそこだ!」


 しかし、廊下に出たのはいいものの、左右から鎧を武装した騎士が迫ってくる。


「あぁ……どうして僕がこんな目に」


 普段どんなに不満を抱いても胸中に収める僕だけど、流石に今回ばかりは声に漏れてしまったよ。


「帰りたい」


 元の世界に帰りたい。

 こんな世界にいたって良いことなんてないに決まっている。

 元の世界でもボッチだったけれど、それなりに私生活は充実していた。

 この世界よりも百倍はマシに思える。

 そうだ。

 生きて元の世界に帰るんだ。


「やってやる」


 僕は記憶を頼りに、玄関広間を目指して駆け出した。

 王宮の人たちには思いの外初級スキルが効くようで、どうにか【光球】と【黒球】を駆使して突破する。

【黒球】は【光球】よりも勢いが強い分、眩しさなどの副次効果はないようだ。

 そうこうしている内に玄関広間に出た。

 が、そう簡単に逃がしてくれるわけにもいかず。

 出入り口の目の前に20人以上の騎士たちが待ち構えていて。

 後方、高い位置から声が聞こえてきた。


「悪いが、ここで貴様のような出来損ないの勇者を逃がすわけにはいかんのだよ」


 左右に分かれる王宮階段の上、玄関広間を見渡せる位置にその声の主は立っている。


「……王様」


 筋骨隆々の巨躯に、己の身長と同等の長さの大剣を肩に構えた王様。

 勇ましくも冷酷なその瞳が、僕を捉えている。

 もしかしたら問答無用で殺しに来るかもしれない。

 ただ、どうしても一つ聞いておきたいことがあったから。


「何故、僕を殺すのですか」


 僕は逃げも隠れもせず、王様の瞳を見て問いかける。

 正当性のある答えが返ってきたところで「はいそうですか」なんて言わないけどさ。

 理由くらい知っておきたいんだよ。

 僕が使えないからと言って、何故追放ではなく殺すという判断をしたのか。


「理由は単純。我が国の世界貢献に貴様は不要なのだよ。それともう一つ、仮に追放して貴様が何かをしでかした時、その尻拭いは誰がする」

「しでかすなんて、僕は――」

「貴様にはそんな気はないかもしれんな。だが、不安の種は摘んでおきたいのだよ」


 勝手な話だ。

 しかし、言わんとすることは理解できる。

 要は全ては国のためということだ。

 国が世界と渡り合うため、勇者召喚を買って出てその勇者が見事目的を達成すれば国の評価は上がる。

 けれども、僕のような落ちこぼれがいては少なからずマイナスな印象を世界に与えてしまうのだろう。

 だからと言って追放してしまっては『この国の召喚勇者』である僕が何をするかわからない。よって殺す。

 もう、うんざりだよ。


「大人しく、我が国の為に殺されてくれ」

「いやだよ」

(たわ)け」


 刹那、視界から王様の姿が消えた。

 頭上、巨躯が大剣を振りかぶって落ちてくる。

 王様の凄まじい剣幕からはひしひしと殺意が伝わってきて。

 さっきまで王様がいた所には三人の勇者がやってくるところで。

 再び視線を王様に向けると、その大剣が徐々に僕の脳天に近づいてきている。


 ……いや待った。

 なんだよこれ。

 どうして僕は今、目の前の状況を冷静に分析できているんだ?

 時間の流れが遅い? なにかしらのスキルの能力か?

 だとしたらそれは交換したスキルのどれかだろう。

 なんにせよ、これは好都合だ。


「龍壁!」


 僕は現状を打開するため、交換したスキルの中から防御に使えそうなスキルを選んだ。

 実際のところは定かではなかったが、壁という文字からして多分防御系のスキルであるはず。

 というか頼む。そうであってくれ。

 直後、僕の背中から半透明で紅色の翼が発生し、右翼が眼前を包み込み、左翼が背中側を包み込んだ。

 鳥の翼というよりも、ごつごつした赤い鱗からして龍の翼っぽい。


「何!?」


 ガキンッ

 という衝突音と共に翼が大剣を弾いた直後、右翼が瞬時に開かれ王様が後方に吹き飛んで行く。


「ぬがはぁっ」


 吹き飛んだ王様はそのまま壁に衝突し、倒れ伏した。

 ちょ、死んでないよね?

 殺すつもりはないので少し不安になったが、指が動いていることが確認できて安心した。


「貴様ぁ! 我らが王にスキルを振るうとは何事だ!」

「えぇ……最初に攻撃してきたのは――」

「皆の者! ゆけぇ!」

「話聞いてよ……」


 僕の弁明なんか気にも留めず、出入り口の前に陣取っていた騎士たちが剣を構えて向かってくる。

 魔法スキルも放ってきた。

 こんなに多くの攻撃、一度に捌き切れるわけがない。

 何か対抗手段を――と思ったけれど、【龍壁】がまだ健在で。

 自動的に僕の身を守ってくれていた。

 どうやらこれ、フルオートみたいです。

 あらゆる剣撃や魔法スキルを僕の意思とは関係なく、勝手に動いて防御している。


「くっ……貴様、どこにそんなスキルを隠し持っていた!」


 まあそう思うよね。

 鑑定の段階なら僕のスキルは初級スキルしかなかったものね。

 どうせ聞く耳持ってくれないし、話さないけど。

 というかなんだろう。この翼、攻撃を受ける度に半透明だった色が濃くなっているような。

 それに気づいた時にはもう遅かった。


 僕の身を包んだ両翼がすさまじい速度で広がり、騎士たちを一まとめに薙ぎ払ったのだ。

 同時に赤い衝撃波が発生し、玄関広間内のすべての窓ガラスが割れ、離れた位置にいた騎士も倒れている。

 翼は消失。

 その結果、現在玄関広間で立っているのは僕と、勇者三人だけとなった。


 やりすぎたけど、しかたない。

 僕を殺そうとしたお前らが悪い。

 自業自得でしょ。

 彼らとはまだ距離があるし、さっさとこの王宮から退散しよう。

 僕は彼らに背を向け、倒れる騎士たちの隙間を縫って出入口へと向かう。

 しかし


「迅速」

「は」


 一度の瞬きの後、目の前にタカハシが立っていた。

 瞬間移動と言っても差し支えない速度だ。


「ヒイラギ君には悪いけど、この世界の理に従って死んでくれ」


 どいつもこいつも殺されてくれだの死んだくれだの……倫理観おかしいよ。

 タカハシはこの場においても表情を変えず、冷淡に言葉を続ける。


「キミの死は、ボクが背負うよ。【龍剣】」


 スキル名を唱え、右手を開いて天に掲げる。

 静寂が広間を包み込んだ。

 いや、そりゃそうなのよ。

 だってそのスキル、僕の雑魚スキルと交換しちゃったし。


「何故、スキルが発動しない?」

「……ごめんけどそれ、交換しちゃったんだ」

「は?」


 呆気に取られているタカハシを他所に、僕は先ほどの彼を真似て右手を天に突き出した。


「龍剣」


 すると、僕の掌から半透明で紅色の鱗の腕が生え、それが同色の透けた大剣に変形。

 グリップを掴むと、大きさに反して空気のように軽いことがわかる。

 こんなに軽くて使えるのか?

 そう思ったけれど、下ろした剣先が地面をえぐったので威力は申し分なさそうです。


「これはすごいや」


 見かけの質量に対して重さが比例していない。

 透明だから質量がないと言うのなら、この威力はおかしい。

 流石異世界。

 常識の範疇を超えている。

 僕が思わずそんな感想を抱いていると、後方から声がした。


「龍弓! あ、あれ?」 

「ごめん! それも交換したんだ! ああそれと、クジョウ君の龍壁はさっき使ったやつだよ!」


 二階からスキルを使おうとしていたヤクシジに事実を伝え、ついでにクジョウにも教えておくことに。

 後で聞かれても二度手間だしね。

 二人は懐疑的な様子で何度もスキルの行使を試みているけれど、まあパラメーターを見れば気づくでしょ。


 というかヤクシジのやつも僕のこと殺す気満々なのね。

 最早どうでもいいけどさ。


「ということだからさ、通してくれないかな」


 タカハシに龍剣の剣先を向け、半ば脅しのような状態で頼み込む。


「何を……したんだ」

「さあ」


 僕の固有スキル【物々交換】の存在は彼らも耳にしているはず。

 けれど、忘れているのなら詳しくは教えない方がいいだろう。

 人のスキルと自分のスキルを好きに交換できるスキルなんて、広まればきっと大事になる。

 そうなれば、元の世界に帰る方法も探しづらくなるに違いないから。


「じゃあね、元気で」


 そう言って龍剣を引き下げると、役目を終えたかのように霧散して消えた。

 真顔のまま俯くタカハシの横を通り過ぎる。

 まだ彼らには龍のスキルを抜きにしても使えるスキルがあるはずだけど、それを使って僕を殺そうとしないのは何故だろう。

 龍のスキルを奪われて、勝てないと悟ったとか?


「待って欲しい」


 出入り口の扉に手を掛けた時、タカハシに服を掴まれた。

 簡単に振り払える強さだったけど、もう会うこともほぼないだろうし、最後に話を聞くことにした。


「なにさ」

「……頼む。龍剣を返してくれ……それがないと、ボク達も殺されてしまうかもしれない」

「はぁ、それは自業自得じゃないか。僕を見殺しにしようとしたつけだよ」

「すまない……この通りだ」


 震えた声で、タカハシは僕に向かって土下座した。

 いやいや、最後は直接僕を殺す気満々だったくせに、それは都合がよすぎるって。


「嫌だよ。返すわけがない。僕だって死にたくないんだから」

「他の二人は構わない……ボクだけでいいから……返して欲しい。そうすれば、ボクは必ず君の味方をすると誓うよ」


 うわ。

 こいつ、自分だけ助かろうとしてる。

 人として終わっている……いや、自分の命が掛かっていたらなりふり構っていられないか。

 僕だってだからこうしているのだし。

 タカハシの今の言葉はあの二人には届いていない。

 黙っておいてあげよう。


「そんな人でなしの言葉を信用しろって方が無理あるよ。それに、パラメーターはそのままだし、僕とは違って龍のスキルがなくたって使えるスキルが沢山あるじゃないか。きっと殺されないよ」


 この世界の一般的なパラメーターの平均がわからないけれど、少なくとも全員勇者として胸を張れる数値をしていると言われていたし。

 それに加えて高位のスキルが使えれば十分な戦力になる。きっと。

 あの王様のことだから全員殺してもう一度勇者召喚を、なんてこともあるかもしれないけどね。

 僕の言葉を最後に、タカハシは蹲ったまま口を開くことはなかった。


 最後に二階の二人を一瞥し、今度こそ扉を押し開く。

 外に出ると、そこには隅々まで手入れが行き届いた庭園があった。

 こんな状況でもなければ散歩でもしたいくらいの広さだけれど、今はそれどころではない。

 追手が来るかもしれないし、急いでここを離れよう。

 国を出るのは難しくても、この街は出るべきだろう。

 

 あ、そういえば。


「お金おいてきちゃった」


 元々お手洗いに行くつもりで部屋を出たから、お金は寝室に置きっぱなしだ。

 取りに戻る……いいや、今戻ったら絶対に面倒なことになる。

 やめておこう。

 それよりもアドレナリンが切れたのか、収まっていたはずの尿意が返ってきたよ。

 普段人と話さないから喉も痛いし。お腹も空いたし。

 前途多難だなぁ。目先の問題は尿意か。

 お金や喉、食料のことは後で考えよう。

 まずはお手洗いだね。

 目先の目的を定めた僕は、どこか用を足せる場所を目指して走り出す。

 内股で――


*


《ヒイラギ キンタロウ》


 レベル  1

 攻撃値 257

 耐久値 223

 体力値 269

 魔力値 274

 俊敏値 238


《スキル》


【龍剣】レベル1【刹那観測】レベル1【龍壁】レベル1

【龍弓】レベル1【光球】レベル1【黒球】レベル1

【癒し】レベル1【倦波】レベル1


【麻痺軽減】レベル1【毒軽減】レベル1【衰弱軽減】レベル1

【炎上軽減】レベル1【精神汚染軽減】レベル1

【火属性軽減】レベル1【水属性軽減】レベル1【土属性軽減】レベル1

【風属性軽減】レベル1【光属性軽減】レベル1【闇属性軽減】レベル1

【攻撃値強化小】レベル1【耐久値強化小】レベル1【体力値強化小】レベル1

【魔力値強化小】レベル1【俊敏値強化小】レベル1


【物々交換】☆

ここまで辿り着いていただけた読者様には感謝しかございません。

ありがとうございます……!

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この度はお読みいただきまして本当にありがとうございました!

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