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ベルの音と同時に、おいしそうな朝食が運ばれてテーブルに並べられた。
朝はいつもギリギリまで寝て、テイクアウトのコーヒー片手に急ぎ足で会社に向かっていた和葉にとって、久々にゆっくりとした朝食の時間が流れた。
「あー幸せ!ごちそうさまでした」
「お口にあいましたか?」
「はい!とってもおいしかったです」
侍女さんが淹れてくれる紅茶の良い香りがあたりに広がり、一息ついてから和葉はイリスにたずねた。
「あの、この世界では千利休・・・さんとは、どういう方なのですか?」
「言い伝えでは、この世界に大きな災いが訪れる時、異世界より参られ精霊とともに世界を導かれる救世主様と伝わっています」
「大きな災いが起きるとき・・・では、この世界は今、災いが起こっていると??」
イリスは小さくうなずく。
「魔法が使えなくなり、それと同時に我が国は黒い霧に覆われました」
「えっ?黒い霧??」イリスは眉をひそめ、うなずく。
「我が国は海に囲まれた島国なのですが、国を囲むように黒い霧があらわれました。海は荒れ、魚は死に、海に出たものは帰ってこず、いつも賑やかだった港が変わり果てた姿をしています」
「ほかの国からの船は??」
「黒い霧が発生してからは、一隻も港に訪れることもなく、今は我が国は孤立した状態にあります。そして、それと同時に魔法が使えなくなってしまったのです」
「魔法を使うことができない?でも、昨日は使っていたようにみえたんですが・・・」
イリスはうなずく。
「それほど魔力が必要でない呪文はまだ使えるようなのですが、その力もだんだんと弱まってきています。あのリシェルでさえも魔力の回復が遅れ、いまだ眠りについているのでしょう」
「リシェルというのは、私をこちらの世界に連れてきたイケメン・・・いえ、方ですよね?」
「えぇ、彼は我が国の筆頭魔導士であり、精霊の樹の守り人でもあります」
(あんなに若いのに筆頭魔導士。すごい人なんだな)
「えっと、精霊の樹というのは?」
「精霊達が住んでいる木で、我が国は古くからこの木を守る民として暮らしてきました。魔法は、精霊たちの力を借りて唱えるものなのですが・・・精霊たちに何かあったのではと危惧しているところです」
「その精霊の木は、見にいかれたのですか?」
「それが、精霊の木がどこにあるのかも精霊が本当にいるのかさだかではなくて、リシェルが話すには異世界の救世主さまがそのカギを持っているとのことなのですが・・・」
和葉はブンブンと首を振る。
「私は鍵なんて持っていませんし、やっぱり人違いです」
(場所が分からないってことは、昔やったロールプレイングゲームにでてくるような○○の樹みたいな大きな木ではないんだ)
和葉が考えていると、ドアを叩く音が聞こえた。
コンコンコン
「イリスさま。ご歓談中失礼いたします。かきゅうのお知らせがございます」
「どうしたの?」
「リシェル様が目を覚まされ、至急和葉さまにお会いしてお伝えしたいことがあるそうです」
「わかりました。こちらに通してください」
「かしこまりました」
「リシェルは目覚めたようですね。よかった」
その安堵する嬉しそうな顔が、少し恋する乙女のようにみえるイリスの顔をみながら、和葉はまた考え込む。
(黒い霧、精霊、鍵?頭の整理がおいつかない)
ほどなくして、リシェルが現れた。
「リシェル。もう身体の具合は大丈夫なのですか?」
「はい。ご心配をおけしてしまい申し訳ありません」
先ほどとは違って、凛とした表情のイリスをみて勘違いだったのかなと考えている和葉を、リシェルがアメジスト色の瞳でじっと和葉をみている。
「リキュウさまもお元気そうでなによりです」
「あっあの!人違いなんです。私は千利休さんではなく、カズハ オオタニといいます!スキルもないですし、それに鍵ももっていません」と和葉が申し訳なさそうに、はっきりと答える。
リシェルはやわらかく微笑む。
(異世界イケメンの顔面偏差値の高さにまだなれない上に、さらに笑顔は心臓に悪い)と和葉がドキドキしていると、リシェルが少し頭をさげながら
「ご挨拶が遅れました、カズハ様。私はテルミン王国筆頭魔導士のリシェルと申します。突然、こちらにお連れしてしまって申し訳ありません。思った以上の魔力消費で眠りについてしまい、理由のご説明もできず、驚かせてしまい申し訳ありません」
「いえ、イリスさまをはじめ、みなさまによくして頂いています」
(あの、王子以外はと言いたいところですがそこは大人な対応で・・・)
「この世界に連れてこられた理由も先ほどイリスさまよりお伺いしたところです」
リシェルが顔をあげて、イリスに少し会釈する。
「それで、リシェルの至急の用というのは?」
「はい。本日、早急にお目通り頂いたのは、カズハさまをお連れをしたい場所ががございまして、これからご案内してもよろしいでしょうか?」
「まだ和葉さまとお話したいこともありましたが・・・わかりました。その場所というのは、ここから遠いのですか?」
「いえ。王宮の庭でございます」
「お庭?」
和葉とイリスは同時に顔を見合わせた。