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春は多分すぐそこに 2

 コーネリアの途中退場があったものの、魔石への魔力補充は必要分は済んだらしい。

 明日には移動魔法が使えるとのことで、今日が皆で修道院で過ごす最後の日になった。


 今夜もコーネリアと一緒に寝台に入る。やはりあっという間に静かになったコーネリアが深く寝入ったことを確認して、リリーはそっと寝台を出た。


(……さむっ)


 リリーの縫い物に加護の効果があると言われたが、さすがに冬の夜は冷える。寝間着の上にブランケットを巻き付けてそっと部屋を出た。

 軋む廊下をできるだけ静かに歩き、礼拝堂に滑り込む。


 さっきまで終課の祈りを全員で捧げていたこの部屋はまだ冷え切っておらず、廊下より息が白くない。

 蝋燭を灯すと、リリーは十字架の前で手を組んだ。


(……ありがとうございました)


 十字架の魔石は、蝋燭の光を受けて淡く輝いている。

 これがなければ、リリーとコーネリアは連絡を取ることができず、事態はもっと複雑になったはずだ。もしかしたら、今日のような解決には辿り着かなかったかもしれない。


 最後の市が立ったあの日、リリーが一人で市に向かったことも、院長のロザリオを借りたことも、コーネリアの馬車が壊れて立ち往生していたことも、全部偶然の繋がりである。

 出会った人と結んだ縁が、人生を変えた。

 大げさだが、修道院のこれからも、リリーの出生が明らかになったのも、ただこの場だけにいたら絶対になかったことだ。

 そんな日々も、これで一区切り。


「……なんだか、すごい毎日だったなぁ」

「本当にな」

「わっ!?」


 慌てて声のしたほうを振り向くと、礼拝堂の奥の椅子にディランがいた。


「ディラン様!? なんでここに?」

「さすがに王太子殿下との添い寝は遠慮したい」


 ここで夜明かしをするつもりだったと、毛布を掲げて見せる。


「殿下と添い寝……気持ちは分かりますけど、ここじゃ風邪引いちゃいますよ。明け方はすごく冷えるんです。もしかして昨夜も?」

「問題ない。一晩や二晩程度、吹雪のなかでも魔力で体温を維持できる」

「なんですか、その便利な技」

「便利か。そんなふうに言われたのは初めてだ」


 言いながら、ディランが笑って近寄り、ほら、とリリーの腕を取る。


「わ、本当! すごい……」


 触れられたところから体温以上の暖かさがふわっと広がり、全身を包んだ。自分のまわりだけ春になったようだ。


「残念ながら、触れていないと効かない」


 ディランがぱっと手を離すと、すぅっと暖気が抜ける。思わずぶるりと体を震わせると、また手を取られ、そのままベンチに並んで腰掛けた。

 寒さより暖を取るほうを優先してしまったリリーは、密着している今の状態に気が回らない。興味津々で繋いだ手を揺らしたり捻ったりしてみる。


「これって、たくさん魔力を使います?」

「たいしたことはない。一人も二人も同じだ、気にするな」

「じゃあ、ありがたく」


 熟睡すると発動状態を維持できないが、仮眠程度なら大丈夫だという。

 カイルほどは専門ではないはずの、ディランの魔力操作の練度にリリーは感心するばかりだ。


(でも、そっか。子どもの頃から、魔剣士として戦っていたから……)


「羨ましがっちゃいましたけど……こういう魔法が必要な状況だったんですね」


 リリーの言葉は意外だったらしく、ディランの肩が揺れる。

 危ない目に何度も遭っただろう。味方の陣営まで戻れない日もあったはずだ。

 生死の瀬戸際、必要に迫られて身につけたに違いない魔力操作は、たしかに今のディランの力になっている。

 本当はそんな目に遭わないほうが絶対にいいに決まっているが、だからといって得た能力を否定するのも違う気がした。


「これからは、楽しい魔法が増えるといいですね」

「……呑気なことを」

「くだらない魔法でもいいですよ。ポケットから鳩や兎を出すとか」

「なんだそれは」

「いつだったか、大道芸の人がそんなことをしたとか、しないとか」


 くだらないというよりつまらない、と言いながら、ディランは満更でもなさそうに口角を上げる。

 くだらない魔法で笑えるくらい平和のほうがいいし、たくさん戦ってきた人がもうこれ以上つらい目に遭わないでほしいと思う。


(私にできることって、なにもないけど)


 見習いシスターの自分にできることは、祈ることくらいだ。

 空いている手を胸の前で軽く握り、小さく聖句を唱える。ディランへの明るい未来を願って。

 と、ディランのほうから問いかけてきた。


「眠れなかったのか?」

「……ですね。明日お別れかと思ったら、少しだけ」

「少しは繊細さがあったようだ」

「わっ、ひどい! デリケートですよ、私!」

「俺に抱えられたまま熟睡する程度には、な」

「あ、あれは、だって」


 羞恥に顔を染めるリリーに、声を立ててディランが笑う。礼拝堂は私室から離れているからここでなにをしても聞こえないだろうが、慌てて声を潜めた。


「よ、夜でした。声を抑えて」

「ああ、そうだな」


 分かったといいながら、ディランはまだクツクツと笑っている。

 でも、失態を思い出して恥ずかしいだけで嫌な気持ちではなく、リリーの顔にも笑みが浮かんだままだ。


(……笑ってるなあ)


 問題山盛りだった毎日に一息ついて、肩の荷が下りたのだろう。最近、よく笑うようになったディランにリリーはつい目を奪われてしまう。

 ふとした表情が、誰か知っている人に似ている気がするのだ。

 それが誰だかは思い出せないのだが。


「ええと、改めて。ディラン様、この度は色々と――」

「いい、気にするな。謝るのはこっちも同じだ」


 それより、と話題を変えてくる。


「リリー。礼を言う」

「礼?」

「前に、『戻ったら話したいことがある』と言ったのを覚えているか」


 そういえば、王都に行く前に言われた。

 なんだかんだで聞き損なっていたが、忘れてはいない。


「覚えています。教えてもらえるんですか?」

「ああ。俺は昔、リリーに救われたことがある」

「私が救った?」


 心当たりがない。首を傾げるリリーを覗き込むように、ディランはまっすぐ視線を合わせた。

 魔力の暖を取るために手を繋いでいるから、距離が近い。すぐそばで、リリーの緑の瞳をまじまじと眺められる。


「……十年前のイスタフェン侵攻」


 覚えのある話に、ぱちりと瞬く。


「ステットソンの救護所の隔離部屋で、死にそうになっていた俺の手当てをしてくれただろう」


 言われて、どっと記憶が戻る。あのときの少年の顔と、目の前の青年が重なる。


「は……えっ?」

(まさか!?) 


 瞳を大きく見開いたリリーに、ディランが頷いた。


「名前を訊いても答えてくれなくて、後からステットソンのブリジット嬢だと言われて……ずっと、そうだと思い込んでいた」

「あ、あの」

「目だけはよく覚えていたんだが。髪はこんな色をしていたんだな」


 そう言って、ディランはリリーの髪に触れる。あまりほかにいないローズベージュの髪はあの時、隠していた。


「俺の話はそのことだが……ステットソン前伯爵夫人が、この色の髪だったそうだ」


 言われて息を呑む。ステットソン前伯爵夫人――それは、リリーの実母とされる人だ。

 ブリジットと一緒にフォークナーを訪れた高齢の侍女は、もともとはリリーの母に仕えていた。その彼女から聞いたのだとディランが教えてくれる。


(お母さん、が)


 愛情深い伯爵夫人と、活動的だがどこか呑気な伯爵は貴族にしては珍しい恋愛結婚で、仲睦まじい夫婦だったという。

 二人とも、初めての子どもに出会えるのを心待ちにしていたそうだ。


 なぜディランが知っているかというと、ステットソン伯爵親子が拘束された後、同行してきた使用人だけ解放するわけにもいかず、侍女や馭者はフォークナー領に留めることにした。

 その際の聴取で、リリーの両親である前ステットソン伯爵夫妻についても色々と明らかになったのだ。


「緑の瞳は父親と同じだと聞いた。大きくなった夫人の腹を撫でながら『早く会いたい』と、何度も話しかけていた、と」

(……!)


 断罪の場で、自分がステットソン伯爵家の人間だったらしいことは知った。その後、詳しく聞く機会はあったが、リリーはその話をするのを意図的に避けていた。


 だって、怖かったのだ。


 両親が分からなかったから気にしないでいられたが、もし、不要な子だったらと思うと足がすくむ思いがした。

 でも、そうではないと言うディランの言葉が、胸にじわりと広がる。


「私……生まれてきてよかったのかなって、思ってて……」

「リリーは望まれて生まれた。間違いない」

「……そっか。いいんだ」


 リリーの両目からぽろぽろと雫が落ちる。

 修道院での暮らしに不満はなかった。院長やシスターたち、それに子どもたちからたくさん愛情を注がれ、リリーからも注ぎ返した。

 幸せだったと胸を張って言えるが、実の両親に囲まれ、笑い合って過ごす人生に憧れがなかったとは言えない。

 ディランは繋いでいるのと反対の手で、リリーの頬に落ちた涙を拭う。


「……会ってみたかったなぁ」

「俺もだ」


 リリーの祖父、そして両親が存命だった頃、ステットソンの領政に問題はなかったそうだ。領主がマイルズに取って代わられなければ、フォークナーとステットソンの関係は今よりずっと良いものだったに違いないとディランは言う。


 現在、領主が断罪されたステットソン伯爵領は、次の領主が決まるまで、一時的に国の直轄地になっている。

 本来の継嗣であるリリーの存在が判明したものの、生まれたときから修道院に預けられて、領地の実態も経営も知らない見習いシスターだ。


 そもそも、出生届が出されていないため、リリーの存在はまだ非公式である。

 毒性の高い鉱物を無防備に採掘した土地の保全をはじめ、ステットソン領は早急に経済の立て直しもしなければならない。

 それらを担う次の領主を誰に、どういう名目で就かせるのかは、官吏と王族が目下頭を悩ませているところだが。


「リリーはステットソン伯爵領に住みたいか?」


 突然の質問に驚いて、リリーの涙が止まる。


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『入れ替わりの花嫁~見習い修道女リリーはお家に帰りたい~』
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