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一難去って 2

 客人はもうすぐそこまで来ているとのことで、本館のエントランスに向かう。そこには既にアーサーとカイルも控えていた。

 フォークナーの重鎮フルメンバーで迎える相手がどういう人なのか、ここにきて少々怯んだリリーに、アーサーが顔を向ける。


「リリー、早速で悪いけど、魔石をコーネリア嬢と繋いでおいてくれるかな。これからの会話を聞いているだけでいいからって伝えて」


 胸に下がるロザリオを指されて、魔石に力を注ぐ。これにも慣れたもので、淡く光る魔石はすぐに修道院にある双子石と繋がった。

 最近、コーネリアは礼拝室の十字架を作業場に持ち込んでいるらしい。時間を掛けずにこちらの呼びかけに気づいてくれた。


『リリー。わたくしは今、忙しいのだけど』

「すみません、なんかお客様がいらっしゃるそうです」

『フォークナーへの客? そう、わかったわ。そちらの会話を聞いていればいいのね』

「そのようです」


 話が早い。リリーが「コーネリア」として対外的な行動をした際は、情報を共有する――自然とできたその約束をすぐに理解して、コーネリアはまた作業に戻ったらしく、ロザリオは沈黙した。

 と、タイミングよく、馬車の音が近付いてきたが……驚いたことに、先導の単騎のもと、十台ほどの馬車が連なっていた。


(え、何人で来たの?)


 訪問者がコーネリアの父なら、荷物や使用人を連れてもせいぜい二、三台だろう。こんなにぞろぞろと馬車を引き連れる必要はない。


「ご領主様、あのー」


 隣のディランを見上げると、むっすりと黙り込んで仏頂面を隠しもせずにいる。

 連絡は直前で、大人数での強引な訪問。

 歓迎準備の手が足りないことも、ディランの迷惑顔の理由も納得だ。

 立派そうな馬車に紋はない。今もまだ誰が来たのか分からず大人しく待っていると、停められた馬車から悠々と男性が降りてくる。その姿を見て、リリーは息を呑んだ。


(嘘でしょ!? あなた、王都(向こう)で大忙しのはずでは!?)


「出迎えご苦労。突然で悪いな」

「急だという自覚がおありのようで安心しました。マクシミリアン王子……いえ、王太子殿下」

「ははは、歓迎痛み入る」


 鷹揚に笑みを浮かべるのは、先日の王都で出会った第一王子――マクシミリアンだった。





 正妃の位にいたアラベラ妃とその息子であるルーカス王子が揃って表舞台から姿を消し、これまで長く離宮に隔離されていたマクシミリアンが王太子の席に戻った。

 第一王子派、第二王子派の派閥消失だけでなく、貴族の力関係がすっかり代わった王宮政治の取りまとめに多忙を極めているはずのマクシミリアンが、なぜ辺境(ここ)に。


「改めてご挨拶を申し上げます。ご無沙汰しております……というほど経っていないのですが。殿下、お忙しいのでは?」

「問題ない、ウォリス侯爵に任せてきた」


 問題ないわけないだろう、というディランの心の声が聞こえるようだ。コーネリアの父に心の中で「ご愁傷様です」と呟きながら、リリーも歓迎の礼をする。

 王都からのメンバーには、護衛の騎士だけでなく王宮の魔術師たちまでいた。道中の警備や健康管理は万全だったようで、長旅をしてきたとは思えないほど皆元気そうだ。


「早速だが、フォークナー伯爵。ギルベリア修道院に向かうぞ」

「雪があるうちは無理だとお伝えしたはずです」

「ああ、聞いた。だから彼らを連れて来た」


 そう言ってマクシミリアンが魔術師たちに手を向けると、後方から王宮魔術師長がすっと前に出てきた。初老の男性でエイデンと名乗り、聖職者と似たローブを着ている。

 先日の王都では会う機会がなかったが、独特の雰囲気がある人だ。魔術繋がりでカイルをチラリと見ると、顔が引きつっている。

 もしかして、とんでもない人なのかもしれない。


 さらにマクシミリアンは、馬車から降ろした荷物の中から小箱をひとつ取り出すと、その場で自ら蓋を開けた。

 中に詰まっていたのは、大量の魔石だ。しかもすべて大粒。

 宝石と同等かそれ以上の価値を持つという貴重な品を無造作に見せられてぎょっとしてしまう。


「陛下たっての命でね。母上を迎えに来た」

「……なるほど。いつになさいますか」

「今だ。エイデン卿、何人運べそうだ?」

「メアリー様をお連れして帰ることを考えますと、こちらから向かうのは四人まででしょうな」

「では私と卿、そしてフォークナー伯爵夫妻を」

「承知」


(は? え、ちょっと待って、なに――)


 成り行きに付いていけず目を丸くするリリーの肩を、ディランがぐいと引き寄せた。

 一体何事かと声を上げようとした瞬間、足元に不思議な文字の陣が浮かび、強く輝く。眩しくて目を閉じると、体を取り巻くように風が吹き、すぐに止んだ。

 開けた目に入ってきたのは――ギルベリア修道院だった。


「……は、え?」

「ふむ、成功ですな」

「ご苦労」


 小雪が舞う修道院の周りは誰もいない。けれど、漏れ聞こえてくる子どもたちの賑やかな声が、これは夢ではなく現実だと教えてくれる。


(待って、今、なにが起きたの!?)


「移動魔法だ。無茶をする」


 ぼそりと降ってきた声に顔を上げると、ものすごく近くにあって、そこで初めて自分がディランにしがみついていたことに気づく。

 慌てて離れようとすると、雪に足を取られて逆に抱えられてしまった。


(な、なんだかもう!)


 リリーは魔法に詳しくないが、きっとものすごく難易度の高いものなのだろう。見ると、小箱の中の魔石は半分以上が不透明な灰色に変わっていた。


「おや……予想外に使ってしまいましたな」


 エイダンが眉を寄せている。どうやら、想定よりも魔力消費が多かったようだ。

 すぐにまた移動魔法で戻るつもりだったが、それはできなくなったとマクシミリアンに頭を下げる。


「殿下。魔石に魔力を補充しなくては戻れません」

「そうか、どのくらい掛かりそうだ?」

「特別な魔石ばかりですから……自分だけでしたら数日は掛かりましょう。メアリー妃とコーネリア嬢に魔力の補充を手伝っていたければ捗るかと」

「分かった。二人に魔石に触れる許可を与え、協力を要請しよう」


 魔力の消費量を見誤ったというのに、王太子は魔術師長を咎める気がないらしい。移動魔法とはそれほどに難しく、滅多に使われないのだろう。

 さて、とマクシミリアンは笑みを広げ、リリーたちに振り向くと楽しげな声を上げる。


「では、久しぶりのご対面といこうか。ご夫人、修道院の入り口はこちらかな」

「は、はい」


 率先して歩き出すマクシミリアンを慌てて追いかける。


(王太子、軽いな!?)


 気さくすぎて逆に対応に困ってしまうが――ともあれ、我が家に戻ってきた。

 あたりを埋め尽くす雪も、雲の切れ間から照らす日差しに反射する氷も。懐かしい修道院が目の前にある。

 数ヶ月ぶりの帰還にまだ実感が湧かないまま、高貴な方々をおんぼろ修道院へと案内する。

 礼拝堂の横、作業室のある棟へ向かう足が自分のものではないようだ。


(いや、コーネリア様の体だから私のものではないんだけど、気分的になんていうか!)


 浮き足だった、という言葉がぴったりな感覚でよろけながら先導する。ディランの支えがなければ確実に転んだだろう。

 懐かしい扉を開けると、手前のスペースで遊んでいた子どもたちがわっと振り向いた。

 冬には来るはずのない客人に全員が目を丸くする。


「わあ、お客さん?!」

「お兄さんたち、だあれ? いんちょう先生のおともだち?」


(コリンにマギー! みんなも元気そう……!)


 孤児たちの中でも人見知りをしない二人が、先頭を切って駆け寄ってくる。

 久しぶりに会えて嬉しいが、なんといって説明したら――と迷っているうちに、マクシミリアンが腰をかがめてにこやかに話しかける。


「そう、院長先生とシスター・マライアに会いに来たんだ。案内を頼めるかな」

「いいよ!」

「こっちなのー」


 わいわいと子どもたちに囲まれながら、修道院の施設へと全員で移動する。

 建物は相変わらず古くてガタがきているが、あちこち開いていた穴は塞がれて隙間風はない。


「すごい、つららが一本もない。あっ、あの隙間もなくなってる……!」

「聞いていたが、なかなかだな」


 感動に震えるリリーの隣でディランがぎょっとしている。そのディランが用意してくれた資材と、派遣してくれたロイのおかげで、ここまで修繕できたのだろう。

 あとでもう一度しっかり礼を言おうと心に誓っているうちに、厨房へ到着した。


「いんちょう先生、お客さまー!」

「はい、どちら様……あら?」


 厨房には子どもたちのおやつを支度している院長のエヴィとシスター・ヘレン、アンがいた。

 本当に戻ってきたという実感が急に湧いて、目の奥が熱くなる。


「院長、突然の来訪、失礼する。ディラン・フォークナーだ。こちらはマクシミリアン王太子と王宮魔術師長のエイデン氏、それに――」


 そっと背中を押されて一歩前に出る。呼びかけようとして開いた口から声が出なくて、一度閉じた。

 掛けていたロザリオを外して、震える手で差し出す。


「……院長先生。ロザリオ、ありがとうございました」

「まあ……お帰りなさい、リリー」


 遅くなりました、と言う前に抱き締められる。懐かしい抱擁にとうとう涙が溢れた。そこにシスター・アンとシスター・ヘレンも寄ってくる。


「リリーなの?」

「あらあ、美人なお嬢さんねえ!」

「ふふ、コーネリア様、綺麗でしょう」

「うちのリリーだって可愛いわよ。わたしの次にね」

「もう、シスター・アン!」

「ねえコリンにマギー。シスター・マライアとネリーを呼んでくれる? そうね、相談室に来て頂戴って伝えて」

「いんちょう先生、はーい!」


 懐かしい軽口に泣き顔のまま笑い合って、コーネリアたちが来るまでひとしきり再会を祝った。


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