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一難去って 1

 フォークナー辺境領、領主の館のすみっこに建つ【嘆きの塔】

 王都から戻ったリリーは入れ替わりがバレる前と同じく、この塔で暮らしている。

 寝台の上はもはや作業場となっており、ずらりと並ぶ守り袋を見たティナは、腰に手を当てて子どもを叱るような顔をした。


「さすがに作りすぎだと思うんですけど」

「そう?」

「いくら頼まれたからって、根を詰めすぎです。それにアーサー様に買い取ってもらっても、こんなに作ったら生産過剰でしょう」

「だって、修道院に持って帰ってもいいって言われたし……それにしてもティナ、『生産過剰』だなんて難しい言葉を覚えて、すっかりお姉さんね!」

「話を逸らさない」

「はぁい……ふふっ」

「もう、リリー姉さ……コーネリア様ってば」


 ひとしきり言い合って、顔を見合わせて笑う。

 王都から戻ってきてから、フォークナー辺境領は非常に穏やかだ。魔獣も、イスタフェンの脅威もないし、コーネリアを狙う刺客も来なくなった。

 残念なことに、今も相変わらず雪は降るし、体は疲れやすい。

 日に一度の周辺散策と厨房での料理だけで体力ゲージが満杯になってしまうため、やはり屋内で過ごす時間が多い。


(それでも、階段を半分以上は自分で上れるようになったし!)


 上り切るまではまだ到達できていないが、下りるのは一人でもう大丈夫だ。ディランに抱えられて移動していた頃を思えば、かなりの進歩だと思う。

 そしてそんなリリーに対して、コーネリアからは「次に会うときまでに、守り袋をたくさん作っておくように」というミッションを課された。

 前に少し聞いた、ギルベリア修道院貧乏脱出計画のひとつとして、コーネリアは守り袋に力を入れることにしたのだそう。


 これまで、守り袋は秋の市で売っていた。それなりに数は捌けるが、単価が安いためそれほど売上には貢献していない。

 コーネリアは自分よりずっと賢い。どういう計画があるのか分からないが、きっとなにかすごい目論見があるのだろう。

 リリーにできるのは、言われたとおりたくさん作るだけだ。


「それに、アーサー様が守り袋に良さそうな布とか刺繍糸ばっかり差し入れてくれるから、つい」

「あー、それもそうですね」


 コーネリアの指示とは別に、アーサーからも守り袋を頼まれている。なんでも、リリーが作る守り袋にはファンがいるらしいのだ。

 これまでに守り袋を渡した城館の使用人や辺境軍の兵士の中に、同じものを家族にあげたいから作ってくれ、と手間賃を払って製作を依頼してくる者が多いのだそう。


 刺繍が修道院由来なだけで、普通の守り袋だと思うが、作ったものを気に入ってくれるのは素直に嬉しい。それに、余剰分はアーサーがまとめて買い取ってくれると約束してくれているのもあって、ついつい力が入っていた。


(だって、少しでも足しになれば嬉しいし)


 はからずもこの冬、リリーは修道院のことがなにもできなかった。

 守り袋そのものでもお金でもいいから、修道院へ持って帰る手土産を少しでも増やしたい。


「じゃあアーサー様に、守り袋用だけじゃなく、もっと違うものも差し入れてくれるように伝えておきますね! ドレス用の布とかレースとか!」

「ドレスなんて縫ったことないよ?」


 ゴージャスな修道服を作っちゃおうか、などと笑い合っていると、塔の部屋にディランがぬっと現れた。


「賑やかだな」

「わっ、ご領主様!? な、なにかご用でしたか?」


 慌てて針を置き、飛び上がる勢いで立ち上がる。ひとりで来たらしいディランは、この部屋の主のリリーではなくティナに顔を向けた。


「ティナにアーサーから伝言だ。手が足りないから、本館に戻って手伝ってほしいと」

「はい、分かりました。ではコーネリア様、失礼します。また後ほど」

「あ、うん。またね」


 さっと綺麗な礼をして、ティナは部屋を出る。その後ろ姿に妹分の成長がまた見えて、なんだか嬉しくなった。

 だが、見送りに振った手を下げたあたりで、微妙な沈黙が部屋に落ちる。


「……ご領主様、それを言いに(ここ)までわざわざ?」

「ああ」

「ほかにご用は」


 当然の疑問だと思うのだが、ディランは軽く首を傾げるだけだ。


「用がないと来たら駄目なのか?」

「いや、駄目ってことは全然ないですけど!? でもあの、ご領主様ともあろう方が、下っ端の伝令役みたいなことしなくても」

「下っ端ならいいんだな」


 言うが早いか、ディランは自身に変身魔法を掛けて「デリック」になってしまう。

 だが、そういうことではない。


「大丈夫です、ご領主様のままで問題ありません!」


 無駄に魔力を使わなくていいと即座に遠慮すると、ディランはさも面白そうに笑って変身魔法を解く。

 そしてそのまま、ひとつだけある椅子に掛けてしまった。まだ帰るつもりはないらしい。


(また、お引き取り願えなかった……!)


 ここはディランの領地だし、この塔の所有者もディランだ。自分の屋敷の中を自由に歩き回るディランを咎める立場にリリーはない。

 だが、今のリリーはコーネリアのふりをしていない。だから、見習い修道女として領主のディランとは適切な距離を取るべきだ。

 なのに、なんだかんだ距離は近いままである。


(それが嫌ってわけじゃないけど)


 王都から戻ってきてから、ディランはまめに塔へ顔を出すようになった。

 散策や厨房へ行く時間でなくてもこうして立ち寄り、たわいない話をしていく。


 ディランにとってはただの雑談でも、山の奥の修道院で育ったリリーには物珍しいことばかり。子どもの頃から魔剣士として各地に出征した彼の話は、どれも興味深い。

 そして、面白がって身を乗り出して聞くリリーの反応に気を良くして、ディランも次々と話してくれる。

 だからつい時間を忘れて、アーサーやカイルが呼びに来るまで話し続けてしまったりもする。


(初めて会った頃は、こんなふうに過ごせるようになるとは思わなかったなあ)


 無駄に怯えてばかりだったあの頃の自分に、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ、と教えてあげたい。

 椅子に掛けたディランの視線が寝台の上へ向く。


「また守り袋を作っていたのか」

「あ、はい。楽しくて」

「だろうな。随分増えてる」


 ディランの声に「よくこんなに」と副音声が付いた気がした。

 テーブルの上には籠に収まりきらないほどの完成品があるし、作り途中のものはもっとある。もはや工房のような有様だ。


「やっぱり、作りすぎでしょうか。ティナにもそう言われて」

「いや? 楽しんでるならいい」


 言いながら、ディランは腕を伸ばしてひとつをひょいと手に取り、まじまじと眺める。

 その表情がびっくりするほど柔らかくて、初めて会った頃とは別人のようだ。


「上手いものだ」

「ふふ、ありがとうございます」

「そうは言っても、これが一番だが」

「そ、そうですか……っ」


 胸ポケットからふたつの守り袋を出して言われてしまうと、なんだか妙に気恥ずかしい。


「それ、だいぶ傷んでますよね。縫い直すか、新しいのに変えるか――」

「このままでいい」


 さっとしまわれて、その手つきがいかにも大事なものを扱うかのようで、それ以上何も言えなくなってしまう。

 なんとなく気まずくて視線を逸らしたリリーの耳に、ディランの軽い笑い声が響いた。


(ええと、困ったな……)


 入れ替わりがバレて、自分が王命で結婚した敵(コーネリア)ではないと判明してから、ディランのリリーに対する態度は軟化した。

 さらに王都に行く少し前、ディランが魔獣の下敷きになった後から、また少し変わった。

 具体的にどこが、と訊かれると答えにくいのだが、ディランのリリーに向ける雰囲気というかが、なんとなく甘いのだ。

 側近であるアーサーやカイルに対する親密さとは異なる距離感でもって接してくるから、胸のあたりがそわそわしてしまう。


(……でもまあ、春までだから)


 雪が溶けて修道院と行き来できるようになり、コーネリアと再会できれば入れ替わりも解消だ。

 ディランも、本当の妻であるコーネリア本人と直接関われば夫婦の仲も深まるだろうし、リリーは修道院で元の暮らしに戻ったらこのよく分からない気持ちも落ち着くはずだ。

 当初目標にした「コーネリアの味方を増やそう作戦」は、入れ替わりがバレたことによりうやむやになってしまった。


 だが、相変わらずロザリオを介して遠慮なく言い合っているディランとコーネリアは、無意味に反発し合っている様子はないし、喧嘩するほど仲が良い……と言えるかもしれない。アーサーは胃が痛そうにしているが。

 そんな毎日を、リリーは楽しく感じている。


(――春になって、『(リリー)』に戻って、修道院に帰ったら……)


 修道院に帰りたいと焦がれたように、ここでの暮らしを思い出すのだろうか。

 はからずも、自分の生い立ちも判明した。けれど、なにが変わったということはない。これからもギルベリア修道院のリリーでいるだろう。


 ステットソンが殺害したとされる前伯爵夫妻――リリーの両親らしい――のことは、まだ心の準備が整っていなくて、あえて聞かないでいる。

 両親のことや当時の事情を知りたいとは思うが、話を聞くときは一人ではなく、院長たちの前で教えてもらいたい。

 考えるでもなくそんなことを思っていると、唐突にあることを思い出した。


「そういえば、ご領主様。前に『話したいことがある』って仰っていましたね。あれはなんのことでしたか?」


 いろいろありすぎてすっかり忘れていたが、王都へ行く前にディランにそう言われていた。

 リリーの質問に、ディランは少し言い淀んで答えた。


「それにも関係して、王都から客が来る」

「今からお客様が? あっ、ティナが本館に呼ばれたのはその準備のお手伝いだったり?」

「ああ。あいつら、呼んでないのに勝手に来た。断られないように、到着直前に先触れを寄こしやがって」


 大急ぎで客人を迎える支度をしているところだ、と迷惑そうにぼやくディランに苦笑してしまう。

 辺境領を訪れる人は多くない。ディランは社交をほとんどしていないし、特に冬期は移動も大変だからだ。


「直に着くだろう。リリーにも迎えに出てほしい」

「はい、分かりました」


(なんだ、迎えに来てくれたのね)


 今回の訪れにはちゃんと用があったようだ。


(でも……王都からのお客様って誰だろう。コーネリア様のお父様かな)


 考えられるのはそれくらいだ。コーネリア自身はまだ修道院から出てこられないが、娘がこれから住む環境を確かめたいのかもしれない。

 いそいそと裁縫道具をしまうと、ロザリオを身に着ける。ディランから自然に差し出された手に引かれて、二人で部屋を出た。



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コミカライズ連載中!(BookLive様先行配信)
『入れ替わりの花嫁~見習い修道女リリーはお家に帰りたい~』
漫画/池泉先生
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【電子限定特装版(1)】2025/08/15配信開始!

小鳩子鈴 Web site

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