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裁きのとき 1

 そのまま、朽ちた離宮で話し合った内容は多岐に渡った。

 コーネリアはロザリオ越しにすべてに同席したが、リリーが聞けたのはほんの最初だけ。

 というのも、王城に着いてから長く歩いたことにより、さすがに体力が限界を迎えたのだ。


 自分の両親についても聞けるはずだったのだが、そこに辿り着く前に話し合いから離脱させられたのは残念である。

 一人でタウンハウスに帰るわけにもいかず、畏れ多くも第一王子の寝台を使わせて貰うことになった。

 盛大に遠慮したのだが、布団に倒れ込んだところで意識は消えている。


 翌朝、目覚めるとディランたちの話し合いはようやく終わったところだった。朝の礼拝時間になって、

「あとはそっちでうまくやれ」とコーネリアとメアリー妃に強制終了させられたらしい。

 一晩じっくり話し合ったことで、マクシミリアン王子とディランはすっかり打ち解けており、いくつかの約束と握手をして離宮を後にした。






 ステットソン伯爵の引き渡しを王宮に連絡し、改めての登城が調った二日後。王城内の法廷には大勢の貴族の姿があった。

 ステットソン伯爵が犯した罪の内容が内容だけに緊急で裁きが行われることになったのだが、急な裁きにもかかわらず傍聴席は主だった貴族でほぼ満席。

 貴賓席には、宰相に支えられた顔色の悪い国王と、その隣にアラベラ妃、第二王子ルーカスと、王族も揃っている。


 最近、表舞台に現れない国王の久々のお出ましに貴族たちは喜んだり動揺したりと様々な反応を見せたが、国王の顔色の悪さは誰の目にも明らかだ。

 この法廷内で、今にも倒れそうな国王の様子に眉ひとつ動かさないのは、アラベラ妃だけだろう。


(陛下、大丈夫かな)


 時折咳き込んで苦しそうにする姿に胸を痛めつつも、法服を着た司法官たちが席に付くと室内は静まり、ここが国の裁きの場だということを実感する。

 最近の怒濤の展開について行くのがやっとのリリーは、内心目を回しながらすまし顔でディランの隣にいる。リリーの前にはアーサーがおり、貴賓席にいるルーカスやアラベラ妃からはリリーが直接見えない配置だ。


 被告席にいるステットソン伯爵と、その後ろにいるブリジットからは見えるので、眼光鋭く睨まれ続けている。国王陛下の臨席がなければ、殴りかかってきそうな形相だ。

 だが、いくら睨まれたところでリリーにはどうしようもない。罪があるならそれを償うし、冤罪だというなら晴らすまでだ。


(……それにしても、お城ってキラキラしてるなあ。隙間風もないし……)


 厳かな壁紙、ヒビひとつないピカピカのガラス窓、重厚なシャンデリア。辺境の修道院との格差に、気を抜くと口が開きっぱなしになりそうだ。


(いけない、しっかりしなきゃ!)


 今日の裁きの場ではリリー……というか、コーネリアにも役目がある。きっちり遂行せねばならないと、膝の上で両手を握りしめて意識を今ここに切り替える。


「――以上、マイルズ・ステットソンが自国エクセイアを裏切り、隣国イスタフェンに与していたことは明白である」


 司法官が読み上げたステットソン伯爵の罪状は複数あった。

 始まりは、成人前から素行に問題のあったマイルズが、伯爵位を継いだ兄夫婦を殺害し、自分がステットソン伯爵位に収まったこと。


 しかし、まともに領地運営を学んでこなかったマイルズのもと、浪費と散財で領の財政と治安が急激に悪化する。そこに付け込んだイスタフェンから高額な報酬を提示されて、間諜となった。

 以来、マイルズは自国の情報を敵国に流しつつ、フォークナー領へイスタフェン軍が侵入する手引きをしていたのだ。


 また、魔獣を使役するべく、研究者を攫ったことも明らかにされた。

 それらの証人は、先のフォークナー侵攻の際に捕虜となったイスタフェンに従軍していた者たちだ。

 捕虜の中にいた上官はイスタフェンで名の知れた貴族で、証言も証拠も揃っている。


 イスタフェン国へ今回の裁きを通達したところ、形勢が不利とみたようで「愛国心が暴走した結果の単独行動」であり「国として一切の関与は無い」として捕虜の弁護を拒否、処罰はエクセイアに委ねるとする書簡だけを送ってきた。

 そう告げられて、切り捨てられたことを理解したマイルズと捕虜の上官は蒼白になる。


「な、なにかの間違いです! 私の潔白はアラベラ妃もご存じです!」

「まあ、私の名を勝手に出さないでいただける? 間諜なんかと懇意にした記憶はございませんわ」


 吐き捨てるように自分は無関係だと言うアラベラ妃に、ステットソンが虚を突かれた顔をしたのは一瞬で、すぐに憤怒の形相になった。


「そんな!? アラベラ妃、そもそも鉱石を融通――」

「ああ、戯言で耳が腐りそう。その罪人の口を塞ぎなさい」


 続けて何事か叫ぼうとした言葉は、追加された猿轡によって塞がれてしまう。

 恨みがましく唸りながら睨みつけるステットソンを、虫けらでも眺めるように見下すアラベラ妃の酷薄さにリリーは背筋が寒くなる。


「こんな人が、コーネリア様のお義母様にならなくてよかった……」

『気にするのはそこなの?』


 思わず溢れた呟きを拾われて、ロザリオから気の抜けた小声が届く。


『言っておきますけれど、わたくしはアラベラ妃にだって負けるつもりはなくってよ』

「勝ち負けではなくて、コーネリア様を傷つけそうだから嫌です。ちゃんと大事にしてくれる人でなくちゃ」

『……あなたって人は、本当にもう』


 お馴染みになってしまったコーネリアの溜め息には、呆れだけでなく親しみが混じっている。その変化に気づかないまま、リリーは続いている司法官の口述に意識を戻した。


「なお、フォークナー辺境伯らの調べで、殺害されたステットソン前伯爵夫妻のもとには一子があったことが確認された。ギルベリア修道院に孤児として預けられた女児は、幸いにも存命だ。現在、十九歳になっている」

「……!」


 耳を疑う内容に、リリーの肩が大きく震える。


(それって、私……?)


 ギルベリア修道院にいるその年齢の人物は、リリーだけ。

 後ろに倒れそうになった体を支えるように、ディランの手が背中に当たる。


「前伯爵夫妻の殺害は、夫人の出産後すぐとみられる」


 司法官の声が遠くに聞こえる。

 お産を扱った医者と使用人は脅されて口を噤んだ。出生届けは出されなかったため、領民や王宮は子の存在を知らない。


 両親とともに殺さなかったのは、生まれて間もない赤子に対する情が湧いたからではない。

 マイルズの実子であるブリジットと同性で同じ歳であったため、今後なにかの役に立つだろうと考えたから。そして、人里離れた修道院に預け、行動範囲を制限し監視下に置いたのだ。


 リリーは実際にブリジットの替え玉として慰問などを命じられ、その縁でフォークナーからの支援も引き出した。ステットソンの目論見は当たっていたと言えるだろう。

 滔々と語られる内容にステットソン伯爵は苦々しい表情を浮かべ、ブリジットは「信じたくない」とでも言いたげに父親を凝視している。


(……そうだったの)


 リリーは、自分がステットソンとはなにか関わりがあるとは思っていた。しかし、まさかこんなことだったとは思いもしなかった。 

 自分の出生と両親が分かったが、考えはまとまらず、うまく言葉にもできない。


「リリー」

「大丈夫、です。驚いたけど」

「いつ伝えるか迷った……こんな時ですまない」

「いえ……」


(この人が謝る必要なんてないのに)


 知らされた事実に衝撃を受けても前を向いていられたのは、ディランの青い瞳に気遣いが見えたからだ。

 それはアーサーも同じで、沈痛そうな表情でリリーをそっと振り返って窺っている。


(……私は……)


 無意識にロザリオを握り込み、これまで過ごしてきたギルベリア修道院に思いを馳せる。

 院長をはじめとするシスターたちと、ティナのような孤児院の皆の顔を心に浮かべて、少し落ち着いた。


(今は、目の前のことに集中しよう)


 知らなかったどんな過去が明らかになっても、自分の生きてきたこれまでは揺るがない。

 そう決めて、隣のディランに小声で話しかける。


「……あとで詳しく教えてくれますか?」

「ああ」


 返事に迷いはなかった。

 背中に当たる手を心強く思いながら向き直ったリリーの前では、論告がまだ続いている。自分の出番はもうすぐだ。


「ステットソンは、領地内にある鉱物の違法流通にも関わった。これについては首謀者が別にいることが分かっている――その者を、捕縛せよ」


 さっと上げられた手を合図に、駆け寄った衛士により縛り上げられたのはアラベラ妃とルーカス王子、それにギレット伯爵だ。


「な、何をする!?」

「離しなさい、不敬ですよ!」


 突然の逮捕劇に、室内がどよめく。


「ステットソン領から採掘された毒性が高い鉱物を用い、メアリー妃及びマクシミリアン王子の殺害を企んだ件について、このまま審議とする」


 正妃メアリーと第一王子マクシミリアンの毒殺未遂――その内容に、貴族たちは顔を見合わせる。


「濡れ衣だ、儂はなにもやっておらん!」


 アラベラ妃とルーカス王子だけでなく、ギレット伯爵も声を荒げて関与を否定するが、国王は動かない。そのことにアラベラ妃が苛立った。


「なぜお咎めにならないのですか、陛下! これは王族に対する冒涜です!」


 国王が口を開く前に、リリーがすっと立ち上がる。


「陛下、裁判長。発言の許可を」

「な……? お前っ、コーネリア!」


 ルーカスの怒声によりこの場にいる全員から注目を浴びながら、まっすぐに前を見据える。

 この告発をするために、リリーはコーネリアの姿でここにいる。ほかでもないコーネリアとシスター・マライア――メアリー妃から託されたのだ。

 まっすぐに見据えるリリーに裁判長は頷き、国王は詰めていた息を吐いた。


「その者の発言を許す」

「陛下! 我が息子(ルーカス)から婚約を破棄された、至らぬ者の言い草など聞く必要ございません!」

「静まれ、王妃」

「ですが!」

「二度は言わない」


 息苦しそうにしながらも、普段は妻に譲ることの多い国王の確固たる声にアラベラ妃も悔しそうに押し黙る。それを確認して、リリーは呼吸を整えた。

 あの日、マクシミリアン王子との会談を終え、タウンハウスに戻って。コーネリアから打ち明けられた信じられない内容の告発を、今からするのだ。


 本当は自分こそがここに立ちたかったはずのコーネリアの代わりに。



お読みいただきありがとうございます!


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