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王都へ 2

 ――庭園へ通じる道だとディランが言ったが、あたりには木が生い茂り、敷石は穴だらけで雑草は伸び放題。

 遠くに見える宮殿の明かりもここまでは届かず、真っ暗だ。アーサーが手持ち灯を用意していなければ、なにも見えないくらいである。


 修道院の夜のほうが真っ暗なはずなのに、向こうより暗い気がする。自然しかない山中と、人工的に作り上げた林の違いだろうか。


(なんか嫌な感じ……)


 うっそうとした空間がやけに恐ろしく感じる。 夜行性の小動物が鋭い鳴き声と草の音を立てたのにビクリと体が震えて、繋いだ手に力を込めてしまう。

 さらに、空いているほうの手でディランの袖口を握ってしまったが、振り解かれないのは助かった。


(それにしても、どこまで歩くの?)


 城は広いと聞いてはいた。実際、ここまでの移動にも馬車を使って来たのが、こんなふうに遭難しそうな一画まであるとは思わなかった。本当にこの先に人が住んでいるのかと疑いたくなってくる。 

 だんだん息が切れてきて、荒れた道に躓きそうになる。ディランに手を引かれていなければ、何度か転んでいたかもしれない。


「本当にこっちで合ってる……?」

『リリー、黙って歩きなさい。置いていくわよ』

「は、はいっ」


 不安になって溢れた声は、コーネリアに届いてしまったらしい。気を取り直してまた黙々と歩き続けると、やがて木立が切れ、開けた場所に出た。

 奥側に、細く高い建物が佇んでいる。


「……ここなの?」

「うん。そう。うわ、夜に見るとますます不気味だな」


 前に見たのは昼間だったから、と先導していたアーサーが振り返って頷く。


(あそこって人が住める建物? しかも王族が?)


 三、四階建てくらいだろうか。飾り気がない剥き出しの石造りは塔のようで、窓は塞がれているらしく明かりも見えない。

 もう少し近付くと、一部の壁が崩れ始めているのが分かった。もし散歩中にここを見つけたら、廃墟だと思うに違いない。


「……かなり傷んでいるな」


 ディランの独り言にリリーも頷く。ギルベリア修道院もおんぼろだが、あちらのほうがまだ、住む人の気配やあたたかみが感じられる。


『そう話したでしょう、その目で見てようやく納得したかしら』

「ああ。ここまでとは思わなかった」


 ディランはそう言って眉をひそめた。


『リリー、ここはね。エクセイア国の王城にある、誰も近寄らない離宮……第一王子マクシミリアンが蟄居なさっているところよ』

「!」


(こんなところに?)


 第一王子は療養中のはず。離宮とは名ばかりのここでは、ますます体を壊しそうである。

 アーサーは先日、使用人に紛れて城に入り込み、ここに第一王子が住んでいることを確認したのだと言う。

 離宮に近付く者がいたとアラベラ妃側に知られたら、こうして忍んでくることも不可能になるため、見られたのは外側だけだが。


「行くぞ」

「え、ちょっと待ってそんなすぐなんて」

『安心なさい。彼は噂で言われているような、伝染する病ではないわ』

「それは心配していません! ただ、いきなり王子殿下に会うなんて思ってなくて、だからその、今度こそ心の準備を――」

『リリー、悪性の伝染病が本当だったらどうするの。何度も言うけど少しは人の言うことを疑いなさい』

「そんな、コーネリア様だから信じてるだけなのに」

『っ、またそういうことを……っ』


 なんだかんだ、コーネリアはリリーが危険な目に遭うことがないよう取り計らってくれている。それはこれまでのことからよく知っている。


「だってコーネリア様、優しいですもん。疑えません」

『あなたって人は……本当にもう』


 コーネリアの呆れ声に紛れて聞こえる小さな笑いは、シスター・マライアだろう。こちらではアーサーが横を向いて笑いをこらえて、ディランは面白くなさそうにムスッとしている。


「いやあ、緊張感を台無しにしてくれてありがとう」

「アーサーさん、何気に失礼」

「いいから。ほら行くぞ」


 話を切り上げたディランに手を引かれ、いよいよ建物に近寄った。形ばかりの門の前には兵士もおらず、そのまま進む。

 驚いたことに扉の鍵は壊れており、開きっぱなしだった。


「不用心過ぎませんか? 修道院だって夜は鍵くらい掛けますよ」

「この一帯には立ち入り制限が掛けられているからな。それにマクシミリアン王子の部屋には鍵があるそうだ」


 伝染病だと思われている者へ、自分から近付く者はいないということなのだろう。

 食事や生活雑貨を運び込む使用人も、屋内に物資を置いてすぐに帰れるのだと、鍵のない利点を挙げてアーサーに取りなされても、すっきりしない。


 ここに来たのは、ステットソン側に付いている第二王子とその母であるアラベラ妃に対抗するためだ。たしかに、第一王子の後ろ盾を得られたら力強いだろう。

 けれど、こんなふうな扱いを受けているマクシミリアン王子に頼ってもいいのだろうか。

 むしろ王子の立場をいっそう悪くしてしまうのでは、と不安になる。


(だって、こんなところに住まわされているなんて)


 王族の住まいが豪華絢爛ならばいいとは思わないが、いくらなんでもこれはひどい。

 古さは同じくらいでも、野菜畑があり牛もいる修道院のほうが健康的に過ごせるに違いない。


「どうして建物の手入れをしないんですか。危ないでしょう、こんな……」

「第一王子には最低限の予算しか渡らないよう、アラベラ妃が手を回している。修繕は二の次だな」

「じゃあ、陛下は? マクシミリアン殿下はご自身のお子様でしょう」

「今の王宮には、アラベラ妃とギレット伯爵を向こうに回せる奴などいない。それにコーネリア(そいつ)の言うことが正しいのなら、陛下は伏せっておられる。不当な扱いだとしても、正す力がないのだろう」

「そんな」


 容赦ないディランの分析にリリーは唇を噛む。もう何年も医師以外には直接会った者がいないという第一王子は、きっと支援する貴族からも切り離されている。


『隔離で済んでいるのだから、まだいいのよ。暗殺者を差し向けられずに放置されているだけだから、対応は楽ね』

「コーネリア様……」


 刺客を送り続けられているコーネリアに言われると、ますます言葉に重さが加わった。

 第二王子ルーカスが王位を継ぐには、異母兄であるマクシミリアン第一王子が最大の障害だというのは分かる。

 もしマクシミリアンがメアリー王妃と同じ病に倒れて継承順位が移らなければ、暗殺の恐れもあったに違いない。


 辺境の地の過酷さとはまた違った熾烈な生存競争が、王宮にはある。

 正妃メアリーとマクシミリアン王子、それに王太子妃を目前に婚約破棄をされたコーネリアもその被害者だ。

 重たい気分になりながら、守る兵も見張る者もおらず、どこまでもひっそりと暗い建物の中に入り階段を上がる。

 二階の細い廊下をしばらく進み、一枚の扉の前で先導していたアーサーが立ち止まった。


「コーネリア嬢の情報通り、蔦の葉に鍵の模様……ディラン、ここだ」

『ノッカーは見つかって?』

「もちろんだ」


 持ち上げた明かりで扉を照らし、ディランも装飾を確認する。防御力の高そうな厚さの扉に少しだけほっとするリリーの前で、ディランはノッカーに手を掛けた。


 まず三回。一拍おいて、二回。


 コーネリアの指示通りに鳴らしてしばらく待つと、目の高さのところにある扉の薄いスリットが開く。

 こちらからはよく見えないが、目だけで怪訝そうに眺められているのは気配で分かった。問われる前に、ディランは明かりを持ち上げ顔を晒し、臣下の礼をとる。


「辺境伯ディラン・フォークナーと申します。コーネリア・ウォリス嬢よりご紹介をいただきまして、マクシミリアン王子殿下にお目通り叶いたく――」

「コーネリア?」


 口上を述べるディランを遮って、相手はコーネリアの名前に反応した。探るような視線を感じて、リリーが一歩前に出る。

 ディランの隣で、修道院でシスター・マライアから習った礼をすると、ゆっくり顔を上げた。


「……ルーカスの婚約者が、なぜここに」

「コーネリア嬢と第二王子との婚約は破棄されました。代わりにフォークナーへ嫁ぐよう王命がくだり、その縁でこちらに」

「破棄……それは知らなかった。用件は」


 見上げたディランと目が合う。リリーはロザリオを握ると、コーネリアから伝えられていた台詞を述べた。


「『若草を見つけたわ。孔雀を捕まえたいなら扉を開けなさい』」

「……!」


 丸暗記しただけでリリーには意味が分からなかったが、扉の向こうの相手は、こちらにも伝わるほどの動揺を見せた。

 慌てたように勢いよくスリットが閉じられ、鍵が回され扉が開く。

 室内の明かりを背後に現れたのは若い男性だ。明るい金髪で、痩せてはいるがさほど不健康そうには見えない。シャツにスラックスというラフな服装だが、どことなく品がある。


(この方、もしかして……)


 単身での隔離療養といっても、側仕えや小間使いくらいはいると思ったが、彼の後ろに広がるがらんとした空間には他の人間の気配はない。

 ということは、マクシミリアン王子本人だろう。

 思い詰めた表情でまじまじとリリーを見つめてくる、その淡い青の瞳をどこかで見たことがある気がした。


「コーネリア、今の――」

「マクシミリアン殿下でいらっしゃいますね」

「あ、ああ」


 マクシミリアンが伸ばした腕から庇うように、ディランがリリーの前に立つ。


「すみません、ここではなんですから」

「――そうだな。中に入ってもらう」


 中に案内されると、形ばかり置いてある応接用ソファーをすすめられた。リリーたちの前にドサリと腰を下ろし、疲れたようにこめかみを押さえた。


「……挨拶は不要だ。フォークナー辺境伯だな。そしてコーネリア嬢。あと、そちらは――」

「フォークナー辺境伯で事務次官を務めております、アーサー・レイトンと申します」


 ディランに視線で促されて、扉の前に立ち続けるアーサーが離れたところから礼をする。マクシミリアンは軽く頷いて、また視線をリリーに戻した。


「殿下。彼女には少し事情がございまして、実はコーネリア・ウォリス本人ではありません」

「どういう意味だ? 最後にコーネリア嬢に会ったのは随分前だが、確かに面影がある。別人とは思えない」

『さあ、それは私が説明しましょうね』


 急にロザリオから声が響いて、マクシミリアンが目を見開く。マクシミリアンだけでなく、リリーもディランも、アーサーも驚いた。

 というのも、ロザリオから出たのはコーネリアの声ではなかったのだ。


「シスター・マライア?」


 リリーの呟きに、マライアの声が重なる。


『そうよ、リリー。そして久しぶりね、マックス。お互いなんとか生き延びたわねえ』


 続くシスター・マライアの言葉にマクシミリアンが固まった。


「……母上……?」


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