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市への道中 2

「今の領主様になってから、理不尽に亡くなる領民は減りました。その証拠に、ここ2年、フォークナー辺境領からは私たちの修道院に預けられる孤児もおりません。いいことです」

「……そう」

「イスタフェンとの小競り合いはまだありますけれど、領地の中にまで押し入ってくることはかなり減ったそうですし」


 隣国との紛争で家族を喪った領民も多い。

 自ら先陣を切って、敵兵を徹底的に蹴散らすディランは首長として頼もしく、容赦のない残忍さは必要悪として肯定的に捉えられていた。

 それに、そういうディランだからこそ、暴君であった父親を排除できたのだ。

 実戦を重んじる彼の元で鍛えられた辺境騎士団はますます精鋭揃いになり、それが領民の安心感にも繋がっている。 


 リリーたち修道女はフォークナーの住人ではないが、麓の領地のあれこれは当然、修道院にも影響がある。

 大事なのは実際に住んでいる人の意向で、彼らがよしというならそれでいい。

 おかみさんたちがディランを認め褒めるなら、リリーにとっても彼はよい領主であり、それは信仰とはまた別の話だ。


「まあ、そうは言っても実は私、ご領主の顔とか見たことないんですけどね」

「なによそれ」

「だって辺境領に行くのは多くて月に一度ですし、領主様に直接お目に掛かる機会なんてないですもん」


 領館を兼ねた城塞に行く用事もなく、ディランは日中にそのへんをウロウロするような領主でもない。

 孤児院の子が修道院から離れるときは院長か正シスターが領館や雇い主に挨拶をするため、見習い修道女の出番はない。


(領館勤めの人たちは市で見かけるけど、その程度なのよね)


「だから、残念ながらコーネリア様に教えられるのはこれくらいです」

「……そういえば、王都で見たフォークナー辺境領の地図には、聖ギルベリア修道院なんて載っていなかったけど」

「地図? ああ、この山の中腹から上は修道院の直轄地なんだそうです。それで領地の地図には書かれないのかもしれませんね」


 ギルベリア修道院は、フォークナー辺境領とステットソン伯爵領の間にある山中に建っている。しかし、どちらの領にも属していない。

 いつかの昔に院長から聞いてリリーは素直に納得したのだが、コーネリアはどこか腑に落ちない表情だ。


「それなら、神殿の地図には載っているのかしら」

「さあ、どうでしょう。そもそも地図なんて見たことないですので……でも、地図に載っていたところで通ってくる信徒はいないでしょうから、意味はないですねえ」

「どうしてよ。麓の領民たちが礼拝やミサに来るでしょう」

「いいえ、なにぶん道が悪いので来られません。麓に近いこのあたりは、かなりラクですけど」

「これで楽ですって?」

「はい、すっごく楽です」


 でこぼこな山道はうっかりすると舌を噛むし、振動でお尻は痛くなる。

 けれど滑落の心配がないだけ十分に安全だ。


「修道院の近くはもっと道が荒れて、勾配が急になるんです。吊り橋とか、崖の(へり)に作られた細ーい道なんかもあって、スリル満点ですよ」

「そ、そう」

「町の人からは『陸の孤島』とか『天国に一番近い修道院』とか呼ばれていますね」

「どれだけ辺鄙なところなの……」

「なので冬は孤立しますけど、住めば都ですよ。見晴らしも最高ですし」


 ちょっと引き気味になったコーネリアに、リリーはからりと笑ってみせた。

 ほかの修道院と比べても、きっと聖ギルベリア修道院は色々な意味で厳しい環境下にあるだろう。


(……私は外の生活を知らないけど)


 いわゆる「普通の暮らし」に興味はあるが、生まれた時からいる修道院がリリーの家だ。

 きっとどこに行こうと、一番落ち着くと思う。


「それにしても、地図まで見てきてくださるような勉強熱心でお綺麗な奥様がいらしてくださったと知ったら、町の人は嬉しいでしょうね」


 悪政が改善されて暮らしが落ち着いた最近は、おかみさんたちの興味は領主であるディランのまだ見ぬ結婚相手に移っていた。


「ご領主様が将来どんな奥方様をお迎えになるんだろうって、よく話題に上がっていましたから。コーネリア様のような方がいらしてくださって、本当によかったです」


 だが、コーネリアはつまらなそうに相槌を打つだけだ。


「無理をして褒めなくていいわ」

「無理なんかしていないですよ?」

「フォークナー辺境伯はわたくしを歓迎しないわよ。わたくしとの結婚は王命ですけれど、かなり反発されたと聞きましたもの」


 言い切られて、リリーは首を傾げた。


「そうなのですか?」

「王家に反旗を翻す勢いだったそうよ。さすがに側近たちに止められて、思いとどまったようですけれど」


(そんなに嫌がる?)


 貴族の結婚は政略によるものと相場が決まっている。

 他人からの強制を良しとしないのは、ディランの性格からいって分かる気もするが、身分も容姿も抜群で、有能そうな侯爵令嬢を拒否する理由が分からない。

 しかも「反旗を翻す」だなんて、相当の抵抗ぶりだ。


「お相手がコーネリア様でも文句を言っているんですか?」

「わたくしも来たくありませんでしたのよ。ついこの前まで王太子……ルーカス第二王子殿下の婚約者でしたもの。それが突然婚約を破棄されて、辺境領に行けと言われて。こんな結婚、わたくしだって願い下げです」

「そ、そうですか」

「ルーカス殿下のことも別に好きではありませんでしたけれど、まさか自分がこんな辺境に嫁がされるとは思いもしませんでしたわ」


 吐き捨てるように言われ、リリーは返事に困る。

 双方とも望んだ婚姻でないことは確かなようだ。とはいえ、王命ともなれば拒否できないのだろう。

 始まる前から先行きの不安が感じられる結婚のようだが、見習い修道女のリリーができることはひとつ。


「ええと、『願わくは主が二人を祝し、守りたまわんことを』」

「早々に『そのきたり散ること花のごとく』なんて唱える羽目になるかもしれなくてよ」

「コーネリア様ぁ」


 結婚式の祝詞を贈ると、つまらなそうに埋葬の祈祷文で返されてしまった。見習い修道女では力不足であった、これは手強い。


「冗談よ。わたくしだってまだ神の御許に行きたくないわ……あら」


 眉が下がるリリーをコーネリアは鼻で笑ったが、はっとして目を瞬かせる。

 薄紫の視線の先は、リリーの胸元に向けられていた。


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