新たな事実 2
「……お前がそういう考えの人間で良かったよ」
「他人の都合で振り回されるのはいい気分じゃないからね」
ディランだけでなくアーサーやカイル、広く見ればフォークナーの領民全員が、前領主の勝手な行動に振り回されてきた。
だから、権力者に人生を決められることも、自分の手で誰かの人生を曲げることもしたくないという思いが強い。
「目立つ加護じゃないから、黙っていればバレないさ。カイルは加護の解析をしたがるだろうけど、本人が嫌がるようならディランが間に入って止めればいい。それに、そういうことなら、ステットソンへの支援は縮小しても良心が咎めないな」
「まあな」
これまでステットソン領の無理な要求に応えてきたのは、隣領というよしみと、ディランが受けた過去の恩があるからだ。
しかし、ディランを助けたのも守り袋を縫っているのもリリーなら、ステットソンはディランの報恩とフォークナーの財産を搾取する存在である。
支援がほしければ取りに来いと今回言ってやったが、こちらが欺瞞に気づいたと知ったら、ステットソン伯爵とブリジット嬢はどう出るだろうか。
そんなふうに回り始めたアーサーの思考をディランの声が遮る。
「リリーをギルベリア修道院に預けたのは、ステットソン伯爵本人だそうだ」
「え、伯爵が直々に?」
「生まれてすぐに預けられたとリリーが言っていた。ステットソンが代替わりして、今の伯爵が領主になったばかりの頃だ」
「ちょっと待て、追加情報が多い。ええと、ステットソンの先代は、今のマイルズ氏の兄だったっけ。兄から弟への継承だったな」
「前領主夫妻は事故で亡くなったと聞いている」
ステットソン伯爵家は現領主の兄が当主を務めていた。若い領主夫妻には後継者がまだいなかったため、唯一人の弟であるマイルズが伯爵位を継いだ。
当主交代があったのは、フォークナーをディランの父が治めていた時代だ。子どものディランたちは隣領のことまで気にしていなかったが、トラブルがあったら耳に入るはず。話題になっていないということは、隣領の継承はすんなり王宮に認められたということだ。
とはいえ、突然の領主夫妻死亡と新領主就任で混乱はあっただろう。
爵位を継いだばかりのそんな慌ただしい時に、ステットソン伯爵が、事前の連絡もなしに生まれたばかりのリリーを修道院に連れて来たのだという。
「領内の孤児、という説明だったそうだが、領主が自分で修道院に預けに行くのは異例だ」
ステットソン領から修道院へ向かう山道も、フォークナー側ほどではないが緩くはない。
フォークナーでもステットソンでも、孤児院に子どもを保護してもらう際は、市への出店でシスターが領地に赴いたタイミングで預けることがほとんどだ。
そして間を取り持つのは、孤児の遠い親戚や近所の住人や医療関係者が多い。
領主が直々に出向いてくることは、まずありえない。
「そしてステットソン伯爵は、修道院への継続支援と引き換えに、リリーに行動制限もつけている」
「修道院に預けた子に行動制限だって? 初めて聞くぞ、そんなの」
「俺も聞いたことがない。リリーとステットソンの関係は妙だ」
「それって……リリーは実は領主の庶子だったりするか? 爵位を継ぐにあたって身辺整理をしたとか」
「庶子の継嗣は国から認められていないし、財産を渡したくないなら相続不可の手続きをすればいいだけの話だ。わざわざ修道院に預けることも、行動を制限する必要もないだろう」
「それもそうだ」
ステットソンの領地運営はうまくいっておらず、支援要請も頻繁に届く。
辺境に近い地を管理するのが難しいのは事実である。しかし不在がちのステットソン伯爵は、己の領地の現状を理解しているかどうかも怪しい。
ステットソン伯爵は、今も王都にいるはずだ。
「というわけで、アーサー。いくつか調べてほしいことがある」
「分かった。気になることが大量に出てきたな」
どこまでも真剣な表情のディランの依頼に、アーサーは内容を聞く前に頷いた。
§
降りやまない雪の中、二頭引きの豪華な馬車がゆっくりと悪路を進む。寒さに凍えながら手綱を握る馭者の耳には、出発以来ずっと続く不平不満が今日も聞こえていた。
声の主は、ステットソン伯爵令嬢ブリジットだ。
「まだ着かないの? もういやよ、飽きたし疲れたわ!」
「お嬢様、あと少しだけご辛抱ください」
「お前はそんなことばっかり言って。そもそも、どうしてこのあたしがフォークナーなんかに行かなくてはならないのよ!」
「何度も申し上げましたが、先方からの――」
「お黙り!」
金の髪を振り乱して年配の侍女に扇を投げつけたブリジットは、不満顔を窓の外に向ける。代わり映えしない雪景色に大きく舌打ちをした。
(田舎者のフォークナーのくせに、あたしを呼びつけるなんて失礼だわ! 今まで通り、黙って物だけ寄越しなさいよ)
これまではすぐに送ってきたのに、どうして今回は「取りに来い」などと言うのか。ステットソンに貢ぐだけの存在だったフォークナーの突然の反抗が、ブリジットは面白くない。
(こんな役を押しつけるお父様もお父様よ)
援助依頼への無礼な返信を読んで、腹を立てながら報告をした王都の父からは、音沙汰が無い。
返事がないということは、代案を許さないということ。つまり、ブリジットがフォークナー領へ行くしかないということだ。
王都のように華やかな街へならいくらでも行くが、ステットソンよりも国境に近く、気の利いた店もないフォークナーになんて行きたいわけがない。
絶対に嫌だと拒否したのだが、執事を始めとする使用人全員にどうしても、と押し切られて、強引に馬車に乗せられてしまった。
(リリーを身代わりにもできなかった……こんな時に使えないなんて、本当に役立たずなんだから)
フォークナーとステットソンの間にあるギルベリア修道院には、ブリジットと同じ歳の見習いシスターがいる。
リリーというその娘は、ブリジットにとって便利に使える駒――つまらない公務や面倒な手間仕事などを丸投げする相手だ。
ブリジットとリリーは、別に外見は似ていない。しかし身長は同じくらいだし、ブリジットは表向き病弱ということになっており、領民はブリジットの顔を知らない。
リリーの少し珍しい色の髪を隠し、令嬢らしく帽子やフードで顔を大っぴらに見せないようにすれば、いくらでもごまかせた。
これまでも、災害時の避難所への慰問や炊き出しなどを押しつけてきたが、バレたことはない。
ステットソンが修道院に支援をしている関係で、リリーはブリジットの命令を拒否できない。そのうえ、人里離れた修道院からは、身代わりの事実が漏れる心配がないことも都合がよかった。
今回も代わりに行かせたかったが、冬は雪で修道院への道が閉ざされる。
嫌がる使用人に命じてリリーを迎えに行かせたものの、凍った道で転び、足の骨を折ったそうだ。修道院へ辿り着くこともできず、たまたま通りかかった行商人がいなければ遭難するところだったという。
(まったく、使えないわね)
命令を遂行できなかった使用人をクビにして、身代わりには領館のメイドを立たせようとしたが、最後の一人だった若い女性使用人は先週辞めさせたばかり。
誰にも押しつけられなくて、こうして嫌々向かうはめになっている。
(あのメイド、辞めさせなければ良かったかしら。でも生意気だったし、あたしの気に入る髪型に結えない使用人なんていらないもの)
雪のために道は悪く、進みも遅い。道中の安っぽい宿にもちっとも満足していない。
ブリジットの苛々は天井知らずに積み上がっていた。
「あの、お嬢様。フォークナーのご領主はブリジットお嬢様の崇拝者でいらっしゃるのですよね、きっと歓迎してくださいます。今回お呼びになったのも、なにか高価な贈り物を直接お渡しになりたかったのかもしれませんし」
フォークナーがステットソンによくしてくれるのは、領主がブリジットを気に入っているからだということは、公然の秘密だ。
ブリジットがディランを助けたと、いう話は眉唾だ。しかし、自領が生き延びるためなら、理由にこだわってはいられない。
「プレゼントはもらってあげてもいいけど、フォークナーなんかにあたしのお眼鏡にかなうものがあるかしらね」
侍女がおもねるように話しかけると、少しだけブリジットの機嫌が直った。
「王都の高級店から取り寄せるでしょう」
「安っぽいのは嫌よ。流行遅れもいらないわ」
鼻で笑うブリジットだが、気を紛らわすことができて侍女はそっと息を吐く。
何年も赤字続きのステットソンだが、今年の窮状は段違いだ。
上手くいかなかった作付けと夏の天候不良が影響して、農作物の収穫は去年の半分以下。薪も石炭も足りず、道や水路の整備も依然滞っている。
このままでは冬を越せない領民がどれだけ出るか分からず、フォークナーからの物資は絶対に必要だった。
すぐの支援を断る手紙が届いた日から、かなり時間が経っている。
領主かその家族が取りに来い、という条件に不満を表したブリジットがさんざん渋ったからで、時間に猶予はなかった。
「先代様がご存命なら、こんなことには……」
「なにか言った?」
「い、いえ。思い出したのですが、フォークナーには雪玉のように大きなダイヤモンドがあるそうです。初代の領主が王家より賜った家宝だとか」
「そうなの? そのダイヤだったらもらってもいいわね」
うまく誤魔化せたようだが、贈り物を渡すために呼んだのではないということは、使用人のほうがよく分かっている。
領主も一人娘であるブリジットも、ステットソンの深刻な窮状に興味を持たないし、フォークナーに頼りすぎている。
しかし、危機感のない主をどうにかしようと試みた者は次々と職を失った。
新しく入った使用人はブリジットの身勝手な命令に辟易してすぐ辞めてしまう。残っているのは先代領主に恩のある古参の使用人ばかりだ。
今回のフォークナー行きに付き従ってきた侍女もその一人で、元は前領主夫人の侍女をしていた。自分の妹の結婚式に出るため、少し長めの休暇をもらっていたときに前領主夫妻が事故に遭い、亡くなった。
悲しみに暮れつつ、ブリジットの母である今代ステットソン夫人に仕えたが、隣国出身の女性である彼女は、ブリジットを産むとすぐ離婚し帰国した。そのため今は、令嬢であるブリジットについている。
使用人不足は深刻だ。たとえば、この馬車をひいている馭者は元厩舎長だった人だが、今は門番や雑用まで負わされている有様だ。
「その家宝のダイヤでなくても、ブリジットお嬢様にお渡しするのならきっと素晴らしいお品ですよ」
「仕方ないわね。我慢して受け取ってあげるわ」
ブリジットは癇癪を起こすと馬にまで八つ当たりをする。被害は最小限に抑える必要があり、どうにか機嫌を取るのに使用人は必死である。
「王命でご結婚なさいましたけれど、早々に離婚して、ブリジットお嬢様にお輿入れを申し込まれるつもりかもしれませんね」
「お断りよ。プレゼントはもらってもいいけど、あたしはこんな田舎で終わるような人間じゃないの」
(あたしには王都が似合うの。ああ、今年はお父様が連れて行ってくれなくて残念。せっかく向こうの令息たちと仲良くなったのに)
父であるステットソン伯爵は、ほぼ一年中王都で政治活動をしている。
父娘で一緒に王都での生活を楽しむことが多かったが、今年はとても大事な仕事があり集中したいと言われ、ブリジットはずっと領地で留守番をさせられている。
娯楽も刺激もない領地の暮らしはつまらない。
商人を呼びつけて好きなだけ買い物をしたり、リリーに守り袋をいつも以上に大量に作らせたりして憂さを晴らしていたが、父のように王都で暮らすほうがよっぽどいい。
気の利いた店が多いし、なんといっても王都の洗練された貴公子たちは、ブリジットのような美しい令嬢はいないと言ってちやほやしてくれるのだ。
(……ディラン・フォークナー。顔は美形だっていうから、あたしに懸想するのを許してあげたけど。呼びつけるなんて失礼なことはこれ限りよ)
十年前の侵攻でディランの看護に当たったのは、ブリジットに扮したリリーだ。
だが、それに恩を感じたディランからの謝礼はブリジット宛だから、当然ブリジットのものである。父も同意見だ。
たまたまそこにあったリリーの守り袋を送ったら喜んだようだから、毎年礼状に入れている。
(守り袋みたいなつまらないものをありがたがるなんて、バカみたい)
フォークナーは、これからもリリーとブリジットを取り違えたままステットソンに財も人も捧げればいい。
(だってそっちが先に間違えたのよ? あたしは悪くないわ)
そんなふうにフォークナーとディランを散々こき下ろして、ブリジットの気は少しだけ紛れた。




