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隣国の侵攻 1

更新の間が空いてしまい、申し訳ございません…! 

ここまでの簡単なあらすじです。


=====

中身が入れ替わってしまった見習い修道女のリリーと侯爵令嬢コーネリア。辺境領の館でコーネリアとして塔に隔離されていたリリーだが、王命の夫であるフォークナー辺境伯ディランに入れ替わりを看破されてしまう。

ロザリオの魔石を通じて、山奥の修道院で暮らし始めたコーネリアとも連絡を取り合えるようにもなったことで、コーネリアとディラン共通の敵が判明した。入れ替わりが解消できる春までの共闘が決まった矢先、緊急事態を知らせる鐘の音が響く。

=====


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 前に魔獣が現れたときは、こんな音はしなかった。

 突然大音量で鳴った鐘にリリーがベッドの上で驚いていると、まもなくティナが部屋に駆け込んできた。


「リリー姉さ……コーネリア様!」

「ティナ! 今の音はなに?」


 ティナの顔は蒼白で、ぎゅうと胸を押えている。塔の階段を駆け上ったせいだけではない鼓動の乱れ打つ音がリリーのところまで聞こえてくるようだ。

 なにかよくないことが起きたのだと、嫌でも分かってしまった。


「あの、も、森に――」

「落ち着いて、ティナ。大丈夫、ゆっくり息をして」


 一度座らせてコップに注いだ水を渡す。一息で飲んで、ようやくティナの息が落ち着いた。


「……取り乱して、すみません」

「謝らないで。大丈夫よ」


 まっすぐにリリーを見つめると、ティナはキリと目元に力を入れて、思い詰めたように口を開く。


「イスタフェンが森を越えて攻めてきました。辺境軍は迎え撃ちに出るところです。コーネリア様はこのままここにいてください、扉前の兵士とあたしがお守りします」

「ちょ、ちょっと待って、イスタフェンが? 今?」


 隣国イスタフェンが、このエクセイア国を狙って隙あらばフォークナーに戦を仕掛けていることはリリーだってよく知っている。だがこれまで、冬場の侵攻はなかった。

 雪や寒さは兵にとって死活問題だし、地面が凍り作戦の難易度が上がる。それだけでなく、両国の間にある国境の森は冬に活動が活発になる魔獣が棲むのだ。

 相手軍だけでなく、わざわざ魔獣という脅威を背負ってまで攻め入るメリットはないはずだった。


「はい、実はもう、一部の敵兵はすぐそこまで攻めてきていて」

「えっ!?」

「大丈夫です。フォークナーにはご領主様も魔術団もいます。ぜったいに負けません」


 両手でコップを握りしめてティナは言い切る。と、遅れてリリーの耳にも塔の外の喧噪が聞こえてきた。

 窓辺に駆け寄ると、慌ただしく動き回る兵士たちの姿が遠くに見える。

 隊列を組んでいる者や準備に奔走している者、皆一様にキビキビと支度を調えていた。


 ――硝煙や、魔法攻撃による火花などはまだ見えない。しかし、「すぐそこ」とティナが言うように緊迫した状況であることは肌で感じた。

 城館の近くに住む住民にも避難命令が出たと聞き、本当に緊急時なのだと実感する。


「……そんな」


 リリーはもう一度、窓の外へ目を凝らす。


(ご領主様も、あの中に……)


 魔獣の討伐ならば、まだ落ち着いていられる。彼らは慣れているし、いつも無事に戻ってきているから。

 だが、前例のない冬、それも魔獣がいる森を越えての隣国の侵攻だ。違和感が恐怖となってリリーに覆い被さってくる。

 冷たい手に触れられているような心細さを覚えながら、ティナに訊いた。


「森には魔獣がいるのよね」

「そのはずなんですけど……イスタフェンは、ほぼ無傷でこちらに到着しているようなんです」

「魔獣に遭わなかったっていうこと? そんなことってあるかしら」

「おかしいですよね。あの人数で動いたら、ぜったいに魔獣に見つかるはずなのに」


 ティナもこの攻撃が普通ではないと感じているようだ。

 だが、思い出してみれば、前に複数の魔獣が群れをなして出現している。もしかしたら魔獣の行動に異変が起きているのかもしれない。


(私は魔獣のことも、戦争のことも分からない……)


 このところ身に沁みている無力感がよりいっそう酷くなりそうだ。


「私にできること……そ、そうだ!」


 ――なにかをする前に、必ず誰かに相談なさい。


 コーネリアの声が頭に響いて、リリーは首に下げたロザリオを握りしめると、ティナの前で魔石に魔力を込めた。





『――そう、イスタフェンが……やはりね』

「はい。それで、私、どうしたらいいか」


(ん? コーネリア様、「やはり」って言った?)


 なにか思い当たることがあったのだろうか。浮かんだ疑問は、次いで届いた叱責にすっかり飛ばされてしまった。


『どうしたらいいって……リリー、勘違いも甚だしいわ。攻撃魔法を操れるわたくしならともかく、あなたが敵軍の侵攻を阻止できるとでも思っているの?』

「さすがにそれは思ってません! でも、ご領主様も見張り兵の皆さんも戦っているのに、私だけここで守られているなんて……!」


 必死に訴えるリリーに、コーネリアは大きく息を吐く。


『……あなたね。何度も言うけれど、その体はコーネリア・ウォリスなのよ』

「そ、それは分かっています」

『いいえ、まったく分かっていないわ。未来の王妃という責務を負ったわたくしを守るために、これまで何人の護衛が犠牲になったと思っているの』

「え……っ」

『敵の攻撃を少しでも許した護衛は、全員処分されたわ。彼らの屍の上に生かされたわたくしに傷をつけることは、彼らを軽んじていることと同義だと理解なさい』

「そ、れは……」


 コーネリアに淡々と説かれ、リリーは口を噤む。

 高貴な令嬢だとは知っていた。けれど、今言われたようなことに思いが及んだことはなかった。


『それにあなた、魔力操作がほんの少しできるようになっただけでしょう。それでどうやって戦うというの』


 まったく戦力にならないと言われるが、その通りすぎてひと言も反論できない。


『力がないのに前に出ようとするのはただの自己満足よ。遺される者の……あなたを守る役目の者のことを、少しは考えることね』

「……はい」


 コーネリアの言葉に頷いて、ティナも涙ぐんでリリーを見つめる。

 そうだ、リリーが動くと、ティナや護衛に残った兵士も動かねばならない。それでもし何事かあれば、彼らの責任になるのだ。


「……すみません。考えなしでした」

『ええ、本当に。あなたが戦闘に関わろうとしても足を引っ張るだけよ。むしろ迷惑』


 おとなしく謝るリリーの声は、だいぶ萎れていたと思う。

 そんなリリーに、コーネリアはもうひとつ盛大な溜め息を吐いた。


『まあ、でも。今のわたくしに王子妃の未来はなくなりましたから、そこまで深刻に考える必要はないわ』

「コーネリア様……?」

『分不相応に戦おうとするのではなく、やれることをできる範囲ですればいいのではなくて? シスター・リリー、裁縫と料理が得意なあなたが活躍できる場所はどこか、その頭でよく考えなさい』


 ――裁縫と「料理」

 コーネリアはあえて区切ってリリーに話す。


『もうひとつ教えましょうか。戦時に必要なのはなに? 食べない眠れない手当てができない状態では、勝てるものも勝てないわね』


(それって……!)


 リリーの瞳が、きらりと輝いた。やれることが見つかった気がする。


「コーネリア様、ありがとうございます! では早速!」

『待ちなさい。ディラン・フォークナーに「蛇は見つけたか」と訊きなさい』

「蛇? わ、分かりました」


 なんのことかと思ったが、コーネリアの口ぶりからはリリーに説明することはないと伝わってきて、そのまま承諾すると魔石の光も消える。 

 ふぅ、と息を吐いてロザリオを握りしめた。


(蛇ってあの蛇? なにか関係があるのかなあ……?)


「あの、コーネリア様……」


 掛けられた声に振り向くと、心配そうなティナと目が合った。リリーはぱっと頭を切り替える。

 自分が今、できることをすればいい。そうコーネリアも背中を押してくれたではないか。


「ティナ! 私、本館の厨房に行くわ!」



お読みいただきありがとうございます。

今日から連載再開、一日おき毎21時に更新します。お楽しみいただければ幸いです!

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