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市への道中 1

 驚いたことに、コーネリアは、荷台の乗り心地の悪さにも、冷たい風が直接体に当たることにも不満を言わなかった。


(意外……ブリジット様なら絶対、文句たらたらなのに。って、いや、勝手に比べちゃいけないね、うん)


 いくら強引に乗ってきたとはいえ、ご令嬢には堪えられないだろうと思っていたリリーは素直に驚いた。

 それだけでなく「黙っていると寒さで顔が凍りますよ」とお喋り相手に誘ったところ、渋々ではあるけれど了承してくれた。いい人である。

 そうして分かったことは、コーネリアがフォークナー辺境領に来た目的は観光ではないということだ。


「えっ、ご結婚! フォークナーのご領主と! それはおめでとうございます!」


 輿入れのための来訪だと聞いてパッと顔を輝かせたリリーに、コーネリアは怪訝そうにする。


「結婚が決まったのは、ひと月以上前よ。通達も出ているはずだし知っていると思ったわ」

「いやー、領民の皆さんはきっとご存じでしょうけど。私がいる修道院は奥地すぎて、吉報も悲報も過ぎてからしか届かないのです。それに先月は、この山の反対側にあるステットソン伯爵領の市に行ったので、辺境領に行くのはふた月ぶりなんですよね」


 郵便ですら月に二度しか配達に来ない山の上の修道院である。新聞にはもっと縁がない。

 今日のように町に下りれば多少は噂を耳にするものの、持参した物を売って必要な物を買って――としているだけで時間はあっという間に過ぎ、聞き漏らす情報も多い。

 市井の出来事に疎い自覚はあるが、どうにかできるものではないと諦めている。


(しかし、結婚! ついに辺境伯様に奥様が!)


 荷車にガタガタと揺られながら無邪気に結婚を祝っていると、コーネリアからますます不審そうに眺められてしまった。


「あなた、フォークナー辺境伯がどんな人間か知っていてそう言うの?」


 領主についてリリーが知っているのは、通り一遍のことだけだ。

 名前はディラン・フォークナー。リリーより4歳上の、23歳。背が高く、彼を産んですぐ亡くなってしまった前領主夫人によく似た整った顔立ちをしているらしい。


「おかみさんたちが言うには、冬の空みたいな青い瞳で、かなりの美形だそうですよ」

「興味ないわ」

「あはは、コーネリア様自身がお綺麗ですからねえ」


 ビスクドールのようなコーネリアと並ぶと、眩しすぎて目が眩むかもしれない。婚礼祝いの絵姿がカードになったら、きっと飛ぶように売れるだろう。

 そう断言するリリーだが、コーネリアはさらりと話題を変えた。


「彼が冷酷な殺戮者だという評判は、王都にも届いているのよ」

「あー、否定しませんけれど、領内では大人気です」

「人気ですって? 嘘おっしゃい。暴力によって地位を簒奪したのでしょう、実の父親を手に掛けて」

「ええ、まあそうですね」


 信じられないと言いたげなコーネリアに、リリーはこくりと頷く。

 数年前まで、フォークナー辺境領は、前領主であるディランの父の圧政に苦しめられていた。

 普通に生きていくのにも厳しい北の地なのに、重税と過大な使役を強制されて困窮する一方。

 領民の負担を顧みず、虐げるばかりの暴君であった父を、領主の座から強引に引きずり下ろしたのが、まだ若いディランである。


 領主と組んで悪辣な商売をしていた者や、後ろ暗い事業を営んでいた者も一斉に摘発し、領地内の暗部を一掃した。

 今では、年々上がり続けた税率や物価も元に戻り、嫌がらせのような徴用や罰もない。

 仕事も身分によることなく実力で重用されるようになったため、貴族や豪商が占有していた上役に平民が就けるようにもなった。

 ディラン直轄の辺境騎士団が、魔獣討伐や隣国との国境警備だけでなく、領内で警察の役目をするようにもなり、治安もよくなった。


 これらの施策成功により、新領主の支持は高まる一方である。

 そう話すが、コーネリアの表情は険しいままだ。


「あなたたちは現領主を受け入れているのね」

「強引な代替わりではありましたけど、前が酷すぎましたから。今の領主様はフォークナーの救世主だって、皆が言っています」


 ディランは、実父とその腰巾着である側近たちを力で制圧し、血が多く流れた。

 だが、そのやり方に表立って文句を言う者はいなかった。

 それほど前領主に対する不満が大きかったのと、ディランの魔剣士としての腕に敵う者がいないからである。


 このフォークナー辺境領は、敵国である隣のイスタフェン王国との国境にあり、常に侵略という脅威にさらされている。

 幼いうちに魔剣士としての才能を開花させたディランは、十歳になる前から有事の際は率先して陣頭に立った強者だ。


 敵とみなした者は命乞いも許さず殲滅する残虐さで「冷酷な殺戮者」という二つ名で恐れられているのは有名な話だ。

 禍々しい呼び名に王都育ちのお嬢様はぎょっとするだろうが、その彼によって領民が敵国から守られ続け、暴君から救われたのも事実なのである。



本日、12時/18時/21時の3回更新です。

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