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遠隔密議 2

 メアリー妃の死亡について、当時も今も、アラベラとギレット伯爵の関与を疑う者は多い。

 第一王子派であるウォリス侯爵家のコーネリアとルーカスの婚約が決まったのも、ノリス公爵の陣営を宥め、取り込むためという一面がある。

 限りなく政治色の強い縁組みだからこそ、未来の義母となるアラベラは、コーネリアに対してはいつも当たりが良かったのだが。


「わたくしはそうと知らずに、王宮で正妃様が殺害された証拠の品を見つけてしまったの。それを知ったアラベラ妃が、わたくしを処分しようと目論んだのだと思っているわ」


 ルーカスも関わっているだろうが、裏で糸を引いているのはアラベラだ。


『手は打てなかったのか』

「悔しいけれど、自分が見たものが罪の証だったと知ったのは、こうなってからよ。もし最初から気づいていれば、婚約を破棄される前にこちらから仕掛けたのに」


 婚約破棄は寝耳に水だった。

 公務で出席した親善パーティーの会場で、コーネリアではない婀娜っぽい令嬢を連れたルーカスにいきなり宣言されたのだ。

 気の多いルーカスがアラベラにも知らせず先走ったのだと思ったが、次の日には正式な使者が来て婚約の破棄を告げ、ディランとの結婚が命じられた。


(殿下は、本当の思惑を知らされていないでしょうね)


 頭と口の軽い王子のことだ。自分の母と祖父がメアリー后殺害の首謀者だなんて知ったら、罪の意識を持つどころか、それほど母の実家に力があると勘違いをして余計に調子に乗るに違いない。


『俺一人で話を聞けと言ったのはそういうことか。たしかにシスターに聞かせる話じゃないな』

「ええ、そうね」


 重すぎるし内密すぎる。

 もし知ってしまって万が一口を滑らせたら、それこそリリーの命が危ない。


「そして、これはごく一部の側近しか知らないことだけれど、今、陛下はメアリー様と似た病で伏せっていらっしゃるわ」

『なんだと?』

「寝所から出られない陛下のお言葉を伝えるのは、正妃の役目。そして議会を掌握しているのはギレット伯爵よ」


 つまり、王命とされたコーネリアとディランとの結婚は、アラベラたちの意向だ。

 魔石の向こうから舌打ちが聞こえる。

 ルーカスが王太子であるものの、後遺症を理由に離宮に下がったマクシミリアン王子を担ぐ貴族もいまだ多い。


 病弱なマクシミリアン王子自身は障害になり得ないが、任命権のある現王の心変わりは懸念事項。

 ルーカスが王太子である今、王が崩御すれば譲位は確実で、そうなればギレット伯爵は外戚としてより権力を振るうことができる。

 そんな策を弄しているときに、コーネリアがメアリー妃殺害の証拠品を見つけてしまった。

 かつての罪が暴かれたら、アラベラとギレット伯爵の計画は泡となる。


「ちょうどよかったのよ。代替わりしたフォークナーの息子は前領主と違って賄賂も受け取らないし、魔剣士として腕が立つ厄介な存在だし。宮廷貴族たちは全員、いつ寝首を掻かれるかと警戒しているわ。それなら、告発者となりうるわたくしを消し、ついでにフォークナーも潰そうという魂胆ね」


 だがコーネリアへの襲撃は二度も失敗した。お生憎様である。

 ――婚約を破棄されず、暴漢にも襲われなかったら。コーネリアはきっと、自分が見たものについて深く考えることもなかっただろうし、それが正妃殺害の証拠品だとも気づかなかっただろう。

 そういう意味では、コーネリアをフォークナーに送ったことで、彼らは自分の罪を認めたのだ。


 辺境と王都間の連絡は時間がかかる。そのうえ、アラベラやギレット伯爵は、たとえ手下でも役に立たなければ即座に切り捨てる。

 捕まって脅されたら依頼者をバラしてしまう程度の者がよこされた二度目の雑な襲撃は、強引にでもコーネリアを始末しなくては、と実行犯が焦った結果に違いない。


『俺も軽く見られたものだな』

「ええ、わたくしも。不愉快ですわ」


 ぐうと低く唸るディランに同意する。


「そこにいる()()()()は、フォークナーの守護の要よ。付け入る隙を与えたくなければ死ぬ気で守ることね」


 入れ替わらなければ、コーネリアにだってやりようがあった。

 しかし中身が攻撃魔法ひとつ碌に使えないリリーでは、どうしたって守ってもらわなくてはならない。非常に不本意だが、自分が生きのびるためにも今はそれが最優先である。

 見つめる先の魔石が点滅を始める。込めた魔力がそろそろ尽きる。


(……喋りすぎたわね)


 向こうも同じような状況なのだろう、今夜の話し合いはこれまでとなった。

 渡す情報のもうひとつはなにかと促すと、これまた予想外な問いが来た。


『そちらの魔石に魔力を込めているのは誰だ』

「あら……ふ、ふふ。それを気にするの」


 双子石の魔石であっても、両方に魔力が満たされなければこうして繋げることはできない。魔力は身体に宿るから、当然、リリーの肉体に入っているコーネリアには不可能だ。


『シスター・リリーは魔力を持っていないと言っていた。こちらから付けたロイもそうだ。それなら、元からいるシスターか子どもの誰かが、魔力持ちであるはずだ……そしてそいつは、お前の協力者だろう』

「まあ」

『院長か?』


 核心を突いた質問に、コーネリアの口角が上がる。


(……これは、期待してもいいかしら)


 滅多に存在しない双子魔石に惑わされず、本質を捉えようとするディランにようやく少しだけ気を許す――けれど。


「そのことを訊かれるのはもっと後だと思ったのだけど……院長ではないわ。シスター・マライアよ。どんな人かは、リリーから聞きなさい」

『待て、そ――』


 ディランがなにか言いかけた途中で、魔石から光が消える。礼拝室には沈黙が戻った。

 祭壇の十字架と蝋燭の灯りを交互に眺めて、コーネリアは満足げな吐息を零す。予想以上に、収穫があった。これならば。

 と、物陰でなにかが動く。


「……教えてあげないの?」

「ええ、今はまだ」


 ほかに誰もいないはずの部屋に、リリーではないシスターが現れる。

 ギルベリア修道院で「リリーの次に若手」と言われる彼女は今、ウィンプルを外して鮮やかなブロンドの巻き髪を垂らしていた。


「ネリーは厳しいわね」

「きっと向こうにいたのは、ディラン・フォークナーだけではないでしょうから」


 リリーは聞かないほうがいい話だったから、ディラン一人で魔石を起動させるように伝えたが、同席者を許さないとは言わなかったし、こちらが一人だとも約束していない。

 これで馬鹿正直にディランが一人だけでコーネリアに相対していたら、そのほうが驚きだ。

 すっと立つシスターから感じよく細められた淡青の瞳で見つめられて、受けて立つようにコーネリアは笑みを作る。


「窮地は逆手に取って、切り札は複数隠す……そうでしょう、シスター・マライア」


 ――いいえ、王妃メアリー様。


 潜めた声が薄暗い礼拝室に落ちる。蝋燭に照らされて、二人のシスターはにこりと笑い合った。



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