遠隔密議 1
終課の祈りを終えた、ギルベリア修道院のネリー――コーネリアは、私室に戻るシスターたちを見送ってそのまま礼拝室に留まった。
蝋燭の灯が揺れる祭壇に置かれた十字架を眺めていると、そこに嵌まった魔石が淡く光り始める。
リリーから終課の終わる時間を聞いたのだろうが、思ったよりも待たされなかったことに軽く驚く。
(よほど情報がほしいのかしら)
ディランは襲撃者を捕まえたと言っていたが、尋問がうまくいっていないのかもしれない。
余裕がなく見える行動は侮られるというのに気を回すことができないのか、それとも、閉ざされた修道院にいる自分は警戒する対象にすらされないのか。
(待たされなかったのは助かるけれど、気に入らないわね)
政略とはいえ、ディランは自分の結婚相手だ。だが、無能な伴侶ならいらないし、コーネリアを格下に見る男も不愉快だ。
礼拝室にはもとから暖房設備などない。ロイの修復で壁の穴はふさがれて隙間風はなくなったが、寒くないわけがない。私室に戻らず長く留まっているのも不自然だから、早く話せるのは助かるのだが、面白くない。
「……コーネリアよ」
『ディラン・フォークナーだ』
不機嫌を隠さずに応答すると、同じくらいむっとした声が返ってきた。
「こんなにすぐに話したがるなんて、尋問は失敗だったようね」
『そっちこそ、待ち構えていたくせによく言う。お前と長話をするつもりはない、早く話せ』
「跪いて請えば教えてあげるわよ」
『お前な……』
さらに苛ついたディランの声に、コーネリアの口元は楽しげに上を向く。美辞麗句で装った言葉に毒を仕込む宮廷貴族に比べて、なんと感情の分かりやすいことだろう。
昼間も思ったが、この「冷酷魔王」は腹芸が苦手らしい。ならば、警戒が必要ないのはむしろコーネリアのほうかもしれない。
(信用できるかどうかは、まだ分からないけどね。……でも)
王命による強引な婚姻に、自分を狙う襲撃者。フォークナーとコーネリアを取り巻く不穏は、一人では排除できない。どうしてもディランの協力は必要だ。
コーネリアの身体はディランの手中にある。生き延びるためにはリリーに危険が及ばない範囲で、こちらの思惑通りに動いてもらわねばならない。
「まあ、いいわ。わたくしも暇じゃありませんし。なにが聞きたいのかしら、対価次第ですけれど」
『……対価は、こちらにいるお前の身体の保護と春までの後見。それに襲撃者の身元情報だ』
「まあ、それだけ? なら、今日教えてあげられるのは二つだけね」
『なんだと?』
「だって、襲ってきたのは第二王子の手の者だわ。分かりきっている情報なんて対価にならないもの。だから、保護と後見の分だけよ」
『襲ってくる相手を知っていたのか?』
「当然でしょう。わたくしがどなたから婚約を破棄されたか、ご存じないの?」
第二王子の関与を否定しないディランに、予想が当たったコーネリアは肩を竦める。
(お父様の政敵という可能性もあったけれど、やはりそちら側ね)
――だとすると、来領を待ち伏せて襲ってきたあの野盗たちも、元婚約者のルーカス王子とアラベラ妃の息がかかっているに違いない。
長年婚約していたというのに、軽く見られたものだ。もっとも、お互いに愛情を抱いたことなど一度もなかったし、心を寄せる必要もなかったのだが。
『いや……王命により嫁いだ侯爵令嬢がフォークナーで殺害されれば、宮廷側に都合がいいことは分かっている』
「ええ。攻め入る口実にもなりますし」
『だが、なぜだ? 俺の知っている「コーネリア・ウォリス」は簡単に陥れられるような奴じゃないはずだし、第二王子だってさすがにこんな杜撰な計画を立てるような間抜けではないだろう』
「あら」
自分が高く評価されていたことに、コーネリアは内心で驚いた。
ごくたまにディランが登城したときに見かけたことはある。だが、握手どころか挨拶だって交わしていない間柄だ。
(まったく宮廷に興味がないわけでもないのね)
王族や宮廷貴族におもねらないディランだが、王都の情報を集めていないわけではなさそうだ。
「直接話したこともないわたくしを褒めてくださるなんて光栄だわ。けれどルーカス殿下に関しては買いかぶりよ。あの方が役立ったことなどないもの。悪知恵は働くけれど根は小物ですし」
『辛辣だな』
「正直なだけよ。それで、質問はなに」
『お前が狙われる原因』
「一番に知りたいのがそれ?」
『当然だろう。原因が分からなくて、どうやって守るというんだ』
「……ふうん」
(守ってくれるつもりなのね)
意外な申し出に、コーネリアはほっと息を吐く。丁重に扱えと要求して、守護すると言質は取ったものの、見張りを置いて放置する程度が限度だと思っていたのだ。
もしかしたらだが、案外、リリーのことを気に入っているのかもしれない。
(それならば好都合だわ……わたくしの姿、というのが不本意ですけれど)
あの底抜けにお人好しな見習いシスターは、冷酷魔王の懐にもするりと入ったのだろう。
話しているとどうにも気が抜けるリリーを思い出し、コーネリアはこちらまで緩みそうになる頬をそっと押さえた。
「メアリー王妃はご存じ?」
『馬鹿にしているのか』
「では、そのかつての正妃は、実は病死ではなく殺害されたということは?」
『……なるほど』
(頭の回転は悪くないようね)
コーネリアのひと言である程度を察したのだろう。ディランの声には、剣呑ながらも納得の色が浮かぶ。
側妃のアラベラと正妃のメアリーは、表向き友好関係にあった。
しかし裏でのアラベラは、常に正妃の座を狙っていた。
野心を大っぴらにしなかったのは、メアリーの実家であるノリス公爵家が建国以来の封臣であり、王からの信頼も篤かったからだ。
メアリーと王は幼なじみで、王に望まれて婚姻を結んだが、アラベラは違う。
アラベラの生家であるギレット伯爵領に鉱山が見つかり、そこから良質な鉄鉱石が排出されたことが発端だ。
高性能な武器を製造し一大産業を興したギレット伯爵領は急発展し、その経済力と軍に与える影響が無視できないために、政略で王家に縁付いたのだ。
王はできる範囲で、正妃と側妃を公平に扱った。しかし、アラベラとギレット伯爵はそれだけでは満足できなかったらしい。
男児に恵まれてからというもの、自分の子であるルーカスを立太子させようと、実家の力を背景に折に触れて国政にも口を出すようになった。
正妃であるメアリーのまわりで不審な事故が起きたり、怪しげな贈答品が届いたりするようになり、不意の病で正妃とマクシミリアン第一王子が倒れた。
当初、単純に流行病だと思われたそれは、宮廷医師にも、薬草の産地で製薬技術も高いメアリーの実家ノリス公爵家の薬師たちにも治せない病であった。
王子はなんとか回復したものの、メアリーは亡くなった。
王妃死亡については当然調査が入ったが、他殺を示す物的証拠は出てこず、事件性は認められなかった。
被疑者としてアラベラが浮かんだが、侍女や取り巻きを連れて里下がりをしていたタイミングだったこともあり、関与が証明されなかった。
最終的に、事件性のない病死と発表された一年後。
アラベラが正妃となり、後遺症で外出もままならなくなったマクシミリアンではなく、第二王子のルーカスが王太子に決まったのだった。
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