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侯爵令嬢との出会い 2

「お、お嬢様!」

「お黙り」


 慌てて馭者が止めに入るが、令嬢に眼光鋭く睨まれて怯んでしまった。この馭者、図体は大きいが気は強くないようだ。


「辺境領に着いたら迎えを来させます。道を間違ったうえに、馬車の修理もできない役立たずなお前は、ここで大人しく助けを待っていなさい」

「は、はいぃ……」


 孫ほどの年齢の令嬢から冷たく告げられて、可哀想な馭者は背を丸めて頭を垂れてしまった。

 ぽかんと見ていたら、令嬢は次にリリーへ向き直る。


「シスター。なにをぼーっとしているの、詰めなさい。わたくしが座れないでしょう」

「あっ、あの」


()()お嬢様が、()()荷車に乗る? ありえないでしょう!)


 古いが強度は問題ない。普段は二人で乗っているし、シスター・ヘレンよりずっと軽そうなお嬢様が一人増えたところで、ロバのポリーも問題なく荷車を牽けるだろう。

 問題があるのは、この荷車のおんぼろ加減だ。

 きらきらしい令嬢が乗っていい代物ではないことは誰の目にも明らかなのに、目の前まで来たご令嬢は一向に去る様子がない。


「えっと……本当に乗るんですか?」

「この状況で冗談を言うほど暇じゃないわ」


 腕を組んでじっと睨んでこられても、どこからどう見ても不釣り合いである。


(えー……ま、まあ、いいか! 本人が乗るって言ってるんだし!)


 結局、見習い修道女ごときがお貴族様に逆らえるわけもない。それに、同行者がいなくてお喋りもできず、退屈していたのも事実だ。

 リリーは、このアクシデントに前向きに流されることにした。


「分かりました。じゃあ、少しお待ちくださいね。このままだとお嬢様の服が汚れちゃいますので」


 リリーが後ろに積んだ荷物に掛けていた布を取って座席に敷き始めると、令嬢は眉を寄せた。


「みすぼらしい布ね。もう少しまともなものはないの?」

「あはは! ですよねえ。でも洗濯はしてありますし、ないよりマシなので」


 座席は荒れたぼろ板だ。修道院の年間予算より高そうな純白のファーコートを汚したり破ったりして弁償……などという恐ろしい事態は避けたい。

 にこやかに説明するリリーに、令嬢はますます怪訝そうにする。


「あなた、変なシスターね」

「あっ、私はまだ請願をしていないので、正確にはシスター見習いなんです。申し遅れました、聖ギルベリア修道院のリリーといいます」

「……ウォリス侯爵家のコーネリアよ。本来なら、わたくしより先にあなたが名乗ることは許されないのだけど」

「そうなのですか? 貴族様のマナーは存じ上げませんで、失礼しました」


 ほこほことした笑顔で謝罪をするリリーに毒気を抜かれたように、コーネリアはふうっと息を吐く。


「まあ、いいわ。こんな僻地のシスターに作法を説いても仕方ないわね」

「そうなんです。便利ですよ、いろいろやらかしても『仕方ない。シスターだしなぁ』って皆さん諦めてくださるので!」

「なによそれ」


(うわ、眩しい!)


 取り付く島もなく鼻で笑われるが、その表情にリリーは目を奪われた。

 美人がほんの少し口角を上げただけで、この威力。しっかりと微笑まれたら気絶する人が出そうだ。


(あ、でも、貴族のご令嬢は笑うときに扇で顔を隠すんだっけ)


 唯一縁のある貴族令嬢、ステットソン伯爵の一人娘ブリジットが、開けっぴろげに笑うリリーをそう言って蔑んだことがあった。

 その彼女も貴族らしく容姿は整っており、美しいと言われる部類に入る。しかし、こちらのコーネリア嬢は外見だけでなく滲み出る気品が別格だ。


(王女様みたい……いや、侯爵家って言われたかな。どちらにしろ、そんな人が隣にいるなんて。しかも、修道院の荷車に! いやあ、この場違い感! けど綺麗!)


 つらつらとそんなことを思いつつ、コーネリアが座席に落ち着いたのを確認して、リリーは手綱を握り直した。


「じゃあ、出しますね。揺れますから適当につかまったり、私に寄りかかったりしてください。ええと、馭者さん、町に着いたら門の守衛さんに伝えます。今日は市の日で皆さん忙しいから少し時間はかかるかもですが、遅くとも夕方前には助けが来ますよ」

「あ、ああ、恩にきる」

「今日はこれ以上、気温は上がらないと思います。お日様も期待できませんし、馬車に乗って、風除けをして待っていてくださいね。馬も汗を拭いて、なにか布を着せてあげたほうがいいです」


 空は今にも雪が降りそうで風は冷たい。ここは国の最北端の辺境だ。南の王都から来たのなら特に寒さが堪えるだろう。

 リリーの提案は間違っていないのに、馭者の男性は主人のスペースを使用人である自分が使うことに抵抗があるようだ。


「いや、さすがにそれは――」

「冬山を甘く見たらダメです」


 できない、と言いかける馭者を、リリーは遮る。


「私、帰り道で凍死体とご対面なんて嫌ですよ。非常事態ですから、お嬢様もいいですよね?」

「……構わなくてよ」

「わ、分かりました。コーネリア様、感謝いたします」


 つんとそっぽを向いたまま許可を出すコーネリアにうろたえつつ、馭者はようやく頷く。

 その彼が馬車に乗り込み扉を閉めたのを確認して、リリーは町に向けて荷車を進めた。

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