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疑惑と急襲 3

 炎の形をとった魔力は足元の雪を溶かし、さらに火柱を高くする。


「な、なにこれ……く、う……っ」

「なにをしている、早く魔力をコントロールするんだ!」


 高魔力保持者の体内に湧く膨大な力は、宿る肉体をも呑み込んでしまう。

 一刻も早く暴走を止めなければ先に待つのは死だというのに、目の前のコーネリアは自身の魔力に巻かれて苦しむだけで手をこまねいている。

 いや、多少は制御しようとしているようだが、まったく追いついていない。


「そいつらを連れて離れろ!」

「は、はい!」


 このままでは、魔力の炎が熱を帯びて本物の炎に変わり、周囲も巻き込んで燃え上がる惨事になりかねない。

 襲撃者を回収していた兵士たちを急ぎ遠ざけると、自身に防御の魔力を纏わせ火柱の中に入る。

 緊急事態だと誰にともなく言い聞かせてすぐ隣に膝をつき、ガタガタと震える体を膝の上に抱き上げた。

 魔力循環を外から促すには皮膚接触が必要だ。

 手袋を外した素手を取っただけでは間に合わない。額を合わせてあふれ出る魔力を自分に取り込みつつ、暴走を抑えていく。


(……これほどとは)


 自分の魔力も多いが、コーネリアはもっと多いと感じる。

 どうにか制御を促すことはできるが、ディランにさえ負担が大きいほどの量と勢いに飲み込まれそうになる。

 ここまでの魔力を止めておく器として、コーネリアはあまりに脆弱だ。


「息をしろ、肺がやられる」

「……っ、は、」


 冷や汗を流しながら真っ青な顔でコーネリアが必死に呼吸を整える。

 ディランが触れた効果はあった。悲鳴のような音を立てて暴れる魔力がだんだんと収まっていくにつれて、コーネリアの容態も少しずつ落ち着いてくる。

 やがて暴走が収まると、深い呼気とともにコーネリアの全身に入っていた力が抜け、蒼白な瞼が持ち上がる。

 至近距離で薄紫の瞳と初めて目が合った。とたん、それまで騒がしかった胸が凪ぐ。


「……まえ、も、助けてくれた……よね?」


 整いきれない息の下、かすれた声で礼を言う。その瞳に、言い知れない懐かしさを感じた。


(こいつは……)

 

 もう疑いようがない。

 たとえ魔力がそうであろうが証言者がいようが関係ない。ここにいるのは、コーネリア・ウォリスではありえない。


「……お前は誰だ?」

「……あなた、誰?」


 一際強く吹いた冷たい風に、二人の声が重なった。




 §




 ディランのいない執務室でいつものようにアーサーが事務処理をしていると、控えめに扉がノックされた。

 この部屋には自分たち以外の使用人は控えていない。危険を察知する魔道具が反応しないことを確かめて扉を開けると、お仕着せ姿の娘が思い詰めた様子で立っていた。


「ティナ?」

「しっ、失礼します。あの、ご領主様にお話が……」


 ティナはコーネリアの専属に付けたメイドだ。この様子だとなにか言いづらい報告があるようだが、あいにくディランはそのコーネリアの元に行っていて留守である。


(あ、そっか。「デリック」がディランの変装だって、この子も知らなかったな)


 ティナが育った孤児院は女子修道院に併設されているため、幼いころから成人男性との接触が少ない。そのためか、面識が少ない男性は個人として見分けることが得意でないと本人から聞いている。

 髪の色や服装でばかり判断しているとのことで、領主ディランと兵士デリックは別人という認識なのだろうとアーサーは瞬時に察した。


「あー、ディランは今ちょっと席を外しているんだよね。話って、急ぎ?」

「……はい」

「そっか。僕が代わりに聞いて伝えることならできるけど」


 少しだけ逡巡して、心を決めたように顔を上げたティナを部屋の中に入れる。扉を自分で閉めたティナは、ひとつ息を吐いて口を開く。


「コーネリア様は、コーネリア様じゃないと思います」

「え?」


 唐突な告白に、聞き間違えたかとアーサーの目が丸くなる。


「おかしなことを言っていると自分でも分かっています。でも、どうしても、あたしにはあの人が違う人に思えて――」

「えーと、ティナは『誰かがコーネリア嬢に成り代わっている』って言いたいのかい?」

「違くて、成り代わっているっていうか……分からないけど、でも、だって、話し方も言うことも、それにこれも――」


 まとまりなく話しながら、ぎゅっと握った手を開く。そこにある守り袋を見せながら灰色の瞳に涙を浮かべて、ティナはアーサーを見上げた。


「守り袋の刺繍も、お料理も……ぜんぶ、リリー姉さんなんです」

「リリー?」


 アーサーは目を眇めて記憶を浚う。次々と浮かぶ名前と顔の中で、一人の候補が合致する。

 コーネリアと共に暴漢に襲われて重傷を負った、見習い修道女の名だ。


(まさか……? でも)


 どこまでも真剣で思い詰めた表情のティナは、その修道院の出身である。


「リリー姉さんはあの人を庇って大怪我をしたんですよね。修道院にロイ兄さんと戻ったはずなのに、どうして……でも、あの人はリリー姉さんです。絶対にそうです」

「いや、そう言われても――」

「なんでですか。どうしてリリー姉さんが、じゃあ修道院には誰が帰ったんですか」

「ティナ、落ち着いて」


 自分でもまとまらないらしいことを言い募るティナに面食らっていると、また扉が叩かれた。

 緊迫した見張り兵の声が、入室の応えを待たずに報告を始める。


 塔付近に不審者が現れ、ディランが応戦――どうやら賊の狙いはコーネリアであったらしいとの報告に、ティナは青ざめた顔でその場にへたり込んだ。


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