疑惑と急襲 1
これまで、ステットソン領への支援はフォークナーの負担で物資を運搬していた。
しかし今回は「領主、もしくは領主から全権を委任された直系の血縁者」がフォークナーまで受け取りに来るよう条件を追加したという。アーサーの説明にディランは耳を疑った。
「援助はするよ。でもさあ『頼めばいつでも助けて貰える』なんて考えは改めてもらわないと」
「だな。アーサーに同意」
アーサーが独断で課した条件に、カイルも賛成に回る。
領主であるステットソン伯爵本人は王都にいて不在だ。つまり、今このタイミングで援助物資や融資を受け取りたいなら、ブリジットが来るしかない。
「だが、彼女は体が弱くて気軽に出歩けないと――」
「それは分かるけど、いつまでもそう言ってられる状況じゃない。一度くらい礼を言いに来るなり、今後の領地経営の計画を共有するなりしてもらわないと、フォークナーの不満は膨らむ一方だ」
隣接する地が貧すれば、困窮した領民の流入や犯罪者の横行など、自領にも悪い影響が出る。親戚がいたり、仕事の取引先が隣領ということも多く、道義的な意味合いも大きい。
それを口実にこれまで支援をしてきたのだが、フォークナーだって復興の途中である。我がことを優先したい気持ちは捨てがたい。
ステットソン領は隣国の脅威に直接さらされていないし、魔獣被害もフォークナーより少ない。
にもかかわらず、援助を受け取るばかり。ステットソン伯爵本人がフォークナーを訪れて直接謝辞を述べたこともなかった。
「ステットソンは魔術師の待遇だってちっとも改善しない。娘と家令に投げっぱなしで自領ひとつろくに治めなくて、なにが領主だって話だよ」
カイルの言うことももっともである。
ステットソンが擁する魔術団の規模は小さい。そのため、仕事にあぶれた魔術師は故郷を離れて王都などに流れているのが現状である。
縁故のない状態で上京した者が条件のいい職に就ける確率は低いが、内政を軽視している領主は彼らの後ろ盾となって援助をすることもない。
カイルは同じ魔術師として、そのことも以前から憂慮していた。
それに、とアーサーが別の視点を加える。
「フォークナーがこうして支援していることが、コーネリア嬢との結婚理由の一つかもしれないだろ」
「なんだって?」
「つまり、『フォークナーがステットソンを併合して勢力を拡大しようとしている』っていう疑惑の裏取りに来たんだよ。妻の立場なら、領政に関する重要書類も見放題だからな。なんなら細工もできる」
アーサーの指摘は盲点だったが、言われてみれば理解はできる。
長期間の経済支援は実質的な支配に繋がる。フォークナーに分かりやすい見返りがない現状は、余計に下心を感じさせるだろう。なにか思惑があると勘ぐられておかしくない。
だが――。
「あのコーネリアが? 馬鹿馬鹿しい」
「いやまあ、ディランの言いたいことは分かる。たしかに、そういうタイプには見えないと僕も思うよ」
塔の部屋で鼻歌まじりに守り袋を縫ったり、古い厨房で楽しげに料理をするコーネリアの姿が思い浮かぶ。
彼女の魔力と身分を最大級に警戒したし、その警戒はまだ完全に解いていないものの、間諜が務まる気質でないことはとっくに分かっていた。
カイルが塔に張った結界で魔力攻撃は無力化しているが、ほかの魔法は発動可能な状態だ。けれどコーネリアは、軟禁されてから一度も自発的に魔力を使おうとしない。
魔力はあまるほどあるはずなのに、なにかを落としたときも魔力で引き上げるのではなく、膝をついて自分で拾うのだ。
隠密行動の基本である気配を消したり探ったりもしないだけでなく、むしろ刺繍に熱中しているときなど声を掛けるまで気づかない。
そんな彼女が、隠れてなにかを探したり細工をしたりなど無理がある。
「けど、緊急時の支援ならともかく、こうやってずっと続けていたら、王宮はそう考えるだろうってこと。それにディランだって、コーネリア嬢に裏がないとは言い切れないんだろ」
「ああ、それはな」
スパイや暗殺といった直接行動以外の目的があるのだろうと思い始めたところだが、それがなにかは分からなくて、会うたびに募るのは違和感ばかり。
ディランを解き伏せるように、アーサーはさらに言葉を重ねる。
「だからさ、対外的に分かる形で一度清算して、今後も支援が必要なら王宮に嘆願するよう提案したほうがいい。ブリジット嬢の体調は心配だろうけど、なにもキツい山越えをしてくる必要はない。時間は少しかかるけど麓を回って、医者も同行すればいいからな」
「そうそう。なんならウチの団から治癒魔術の得意な奴を向かわせてもいいし」
「このままだと痛くない腹を探られて、行き着く先はフォークナーもステットソンも仲良く領地没収だ。いいのか、それで」
いいわけがない。父を廃してディランが領主の座に着いたのは、フォークナーとここに住む領民が健全に生きるためだ。
また搾取されるだけの立場に戻ることを許すわけがない。
王都の貴族たちは、鵜の目鷹の目でフォークナーの失態を探している。ステットソンはまさにディランの弱点と言えるだろう。
カイルと奪い合って取ったケーキの最後の一切れを皿に載せたアーサーが「それに」と声音を和らげる。
「お前も過去に区切りをつけたほうがいい」
「区切り?」
「コーネリア嬢との結婚。初めはどうかと思ったけど、実際に彼女と会ったら案外悪くない気がしてきた――っていうか、ちゃんと本人と向き合う頃合いだろ」
姿を変えたデリックとしてではなく、ディラン本人としてしっかり話すべきだとアーサーは言う。
アーサーとカイルは、ディランの生い立ちも、ブリジットに助けられたことも知っている。
その二人に揃って頷かれ、ディランは返す言葉を探して黙り込んだ。
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間が空いてしまいましたが、本日より連載を再開します。更新は火曜、金曜の21時。またお付き合いいただけますと嬉しいです。
『呪われ侯爵様の訳ありメイド』も、明日の21時に更新再開予定です。コミカライズと合わせて、そちらもぜひ!




