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森の魔獣 3

 無事に討伐を終えて帰還した兵士と魔術師で賑わう城館の大食堂を横目に、アーサーは執務室に向かう。

 手に持ったカゴには、三人分には多い量の料理がたっぷり詰まっていた。


 軽やかにノックをして扉を開けると、討伐帰りの領主ディランと魔術団長カイルが揃ってこっちを向く。

 多少の疲れは見えるが、怪我をした様子もない。ほっとしてアーサーはカゴを高く掲げた。


「ディラン、カイル。お疲れー、食事だよ」

「アーサー、待ったぞ。どこに行ってたんだ?」

「ちょっと塔に」

「は?」


 アーサーはソファーに向かい合って掛けていた二人の間に陣取ると、テーブルに広げられていた地図を横にずらし、次々と料理を並べ始める。

 ジャガイモのポタージュに、甘くないクラフティと鶏肉のハニーソテー。サラダと、デザートにリンゴのバターケーキもある。

 作りたてらしく、湯気を立てるそれらにカイルの喉がゴクリと鳴った。


「これって、もしかして――」

「コーネリア嬢に作ってもらった」

「はあ?」


 ぎょっとしたように声を上げたディランに、アーサーは「してやったり」という表情だ。


「まあまあ、ディラン。詳しいことは食べながらにしよう。腹減ってるだろ」

「そうだよ、そうしよう」

「お前らなあ……はあ、まあいい」


 すっかり食事に目が釘付けのカイルはいそいそと皿を用意し始めている。

 強引にカトラリーを握らせられて、ディランは諦めたように溜め息を吐いた。


「それで、討伐のほうはどうだった? 森に押し返したところまでは確認したけど」

「魔獣はいつも通り倒したが、様子がおかしい」

「カイルもそう思ったのか?」

「うーん、そうだな。魔法攻撃の効果に例外もなかったし、一応死体を検分したけど普通の魔獣だったね。けれどそもそも、ベアウルフとグリズリーが一緒に現れること自体がありえないから」

「最終的にはやっぱりそこか」


 魔獣発見の一報を聞いたときには耳を疑った。縄張りに敏感な大型魔獣は単独行動が基本で、群れることをしない。

 同種であろうと 出会えば攻撃し合う魔獣が複数体、群れの形を作って同時に人里に向かっている、という物見の塔からの報告に大いに首を傾げたのだ。


 目前に迫る被害を放ってはおけず、疑問はそのままに討伐に出た。こうして無事に済ませて戻ってきても、やはり違和感は残る。


「魔獣同士があんなに近くにいて、人間にしか攻撃してこないのはおかしいよ」

「ああ。まるで自分以外の魔獣は目に入っていないようだったな」


 討伐隊にいる古参の兵士も、こんなことは初めてだと口を揃えた。

 カイルの談にディランも頷く。二人の話を聞いたアーサーが、ふむ、と考え込んだ。


「そうなった原因になにか心当たりはあるか?」

「薬や魔術で操られているなら、まあ可能性はなくもないけど」

「魔獣に操られる知性があるならな」

「だよな。あいつら本能の塊だからなあ」


 カイルの意見をディランがあっさり却下する。それにアーサーも同意して、ますます眉間にシワが寄った。

 魔獣の生態は謎が多いが、本能で行動する生物だということは分かっている。自分以外はすべて敵と認識するらしく、同種同士で助け合うことも、もちろん人間に慣れることもない。

 頑強な体躯をもっており、人間の作る薬も通用しないのだ。


「なあ、アーサー。イスタフェンが魔獣を操れる何かを見つけた……とかって可能性はないのか?」

「情報はない。けど、そこが一番気になるよな」


 カイルに訊かれてアーサーは首を横に振る。

 隙あらば侵攻してくる隣国が、魔獣を使って仕掛けてきたというなら腑に落ちる。しかし、魔獣を操る方法など聞いたことがなかった。


「魔獣が勝手に凶暴化したのではなく、イスタフェンが噛んでいるならそのほうが対処は楽だ。操者を叩けばいいだけの話だろう」

「そう言えるのはディランくらいだぞ。どっちも面倒だし、それに今の時季は困る」


 敵が見えるなら問題ない、魔獣が人間に対して凶暴化しているほうがむしろ問題だとディランは言うが、アーサーからすればどっちもどっちだ。

 冬になったこのタイミングで争い事は避けたい。負けるつもりはないが、領地の被害が大きくなるのは避けられない。


「ベアウルフを生け捕りにできるなら、使役できるかどうか試してみたいけど……えっ、これ旨いな」

「やめとけ、カイル。小型魔獣だって無理だったじゃないか。あ、待て。そこ僕が食べようと狙ってたのに」

「早い者勝ちー……っていうか、ディランはいつもこんな美味いの食べさせてもらってんの? 狡くない? 寒くて古い塔の厨房で手料理なんてご愁傷様ーって同情していたのに」

「知るか」

「今度、僕も行こうかなあ。あっそういえば、結界の様子をみなきゃならなかったね」

「おい、カイル。遠隔でやれるって言ってただろ 」


 そのまま、塔に掛けた魔術結界について話す二人の声を聞きながら、アーサーは最後の一切れになった鶏肉にフォークを刺す。食べやすいように一口大に切り分けた肉は柔らかく、蜂蜜の甘さが疲れた体に沁みてくる。


(……しかし、本当にあれで()()()()か?)


 コーネリアは本来、家事などする必要のない人物だ。デリックに扮したディランから、厨房を喜んで使っていると聞いてはいたが、お嬢様の趣味程度であろうと高をくくっていたのだ。

 だから今日、厨房でテキパキと楽しげに働く姿にアーサーは何度も目を丸くした。


 それに、監視とコンロの火付け役も兼ねて調理に立ち会っていたら「あれを取って」「こっちを混ぜて」とティナと共に存分に使われてしまった。

 いかにも慣れたその頼み方はまるで同僚や家族に言うときのそれで、人の上に立つ者の指示の仕方ではない。


 以前ディランが疑ったように、よく似た別人だというなら納得する。

 しかし、侯爵家の馭者は王都の自邸から乗せてきたコーネリア本人だと証言し、カイルも魔力で確認している。本人以外にはありえない。


「……妙だよな。見たら分かるかと思ったんだけどな」

「だから生け捕りにすれば――」

「いや、カイル。魔獣(そっち)もだけど、コーネリア嬢のほう」

「ん? あー、そうだなあ。まあ、こんなに作れるなら、料理長も気にして当然だな。侯爵令嬢って料理教育も受けるんだ?」

「聞いたことない。する人もいるだろうけど、コーネリア・ウォリスにそんな暇はなかったはずだ」


 生まれた時から王子妃に内定し、順当に王太子の婚約者になったコーネリアは、家政よりも国政を叩き込まれたはず。

 毒物関連の勉強で調理技術を身につけることはあるだろう。しかし――。


「……疲れて戻ってきた人はなにが食べたいかな、って言ってたんだよね。これもそうだけど、食べやすいようにわざわざ切ったり、スープの塩気も調節したりしてさ。そんなこと絶対に習わない。王妃に必要ないだろ」


 食品庫を覗き込みながら、あっという間に献立を決めて段取りを組む手際のよさや、いかにも慣れた手つきよりも、食べる人のことを思って作るコーネリアが本当に意外だった。

 別に小さく焼いたリンゴのケーキをティナにこっそり渡す時には、まるで姉が妹に向けるような眼差しを浮かべていた。


 要求した裁縫道具では、服飾小物のひとつも縫うのかと思ったら、守り袋ばかり刺しているという。実際にベッドの上に置かれた作り途中の守り袋には、丁寧な刺繍が施されていた。

 どれもこれも、権謀術数に長け、傲慢と名高い元王太子の婚約者に重ならない。


(聞いていた話と違いすぎるだろ)


 だからこそ、ディランがいつまでも「監視」を続けているのだと思うが。

 コーネリアの話題には乗ってこず黙々と食べるディランに、アーサーは水を向ける。


「――っていうことで、ディラン。どうなのさ」

「どうって」

「あのコーネリア嬢は信用できそうかどうかって訊いてるんだよ」

「……確証がない」

「煮え切らないなあ」


 ディランは昔から、なかなか心の内を明かさない。

 それは暴君の元に生まれ、幼いうちから魔剣士として戦場に立った彼に必要なことだったと知っているから、カイルもなにも言わないし、アーサーは苦笑するだけだ。


「それはそうと、アーサー。今日の討伐で妙なことがあってね」


 よほど空腹だったのだろう。どんどん料理の皿を空にしていくカイルが、思いついたように話を変える。


「なんだよ、魔獣の動き以外にもまだなにかあったのか?」

「ディランがさ、いつものように先陣切って突っ込んで、横から飛んできたグリズリーの一撃が掠りそうになったんだけど」

「避けたぞ」

「うん、俺も後衛で防御の魔法陣を張っていたし、心配はしてない。けどその時にさ、ディランの胸のところがほわって光ったんだ」


 そう言ってカイルはディランの左胸の上辺りを指差す。


「前にも何回かあった気がするけど、今日ははっきり見えた。そこに入ってるの、守り袋だろ。ステットソン伯爵のところのブリジット嬢が刺した御守り刺繍の」


 おっとりとした口調だが有無を言わさぬ様子で見せるようにと要求され、ディランはいかにも面倒そうに上着の内ポケットから守り袋を取り出してテーブルに置いた。


「えっ、二つ?」


 守り袋が複数現れたことにカイルは目を丸くしたが、アーサーは別の意味で驚いた。

 二つめのそれは、まさに今日、塔の部屋で見たものと同じ布地の守り袋だったからだ。


「この新しいほうって、もしかしてコーネリア嬢から?」

「ああ」


 ブリジットからの守り袋は、ディランにとって特別なものである。だから、それと一緒にコーネリアの作った守り袋を持ち歩いていたことにアーサーは仰天した。


 守り袋の形や、御守り刺繍の図案自体はだいたいデザインが決まっている。

 ただ、ブリジットから贈られた守り袋には細かな囲み刺繍が刺してあった。明らかに違う意匠なのに、漂う雰囲気に近しいものを感じるのが不思議だ。


「……この二つ、似てない?」

「守り袋なんてどれも似ている」

「それはそうだけど、なんかさ。うーん。カイル?」

「いや、魔術は掛かってない。おかしいなあ、なにかあると思ったんだけど」


 カイルの濃い緑の瞳が魔力を判別する光を発して、不思議そうに首を傾げる。

 当てが外れたと言いたげな表情で、じっと二つの守り袋を見比べていたが、「もういいだろう」とさっとしまわれてしまった。


「まあ、近いうちに確かめられるから、いいか」

「なんのことだ、アーサー」

「ディランには話していなかったけど、ステットソン伯爵家には『援助がほしければ、直接取りに来い』って言ってやったから」

「……は?」

「ブリジット嬢をフォークナーに来させる。ようやくの再会だな、ディラン」


 アーサーの唐突な告白に、ディランは言葉通り固まった。


お読みいただき、ありがとうございます!

次回の更新までまた少しお時間をいただきます。執筆は続けていますので、お待ちくださいますと嬉しいです。

更新再開の予告などは、作者マイページの活動報告欄や、SNS(X,Instagram)でお知らせします。

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