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森の魔獣 2

「……ティナは魔獣が怖くないの? この領主館は森に近いでしょう」


 修道院では怪談話も怖がったティナだ。魔獣もきっと怖いはずだと思ったのだが、可愛い妹分は軽く首を横に振る。


「平気です。いつもディラン様が倒してくれますから」


(すごい、信頼されてる! コーネリア様には会いにも来ないご領主様なのに!)


 妻を放ったらかしにするような人だが、部下の信頼は篤いことに複雑な気分だ。


(でも……ティナが言うなら本当なんだろうな。おかみさんたちもロイも、ご領主様のことを悪く言ったことはないし)


 幼い頃に親戚の間をたらい回しにされた経験のあるティナは、人を見る目がシビアだ。

 そのティナがここまで言い切るのだから、義理ではなく、本心からディランを信じているのだと分かる。

 つまり、ディラン・フォークナーという人は、本当にコーネリアにだけ特別な塩対応をしている、ということだ。


(中身が私のコーネリア様に「妻らしいこと」を期待されても困るからいいんだけど……でも、なんだかモヤっとするー!)


 ディランはコーネリアのことを、陰謀を企む悪女だと思っている。

 しかし、リリーの知っているコーネリアはそうではない。むしろコーネリア自身が何者かに狙われている側だ。

 塔に放置されていることは甘んじて受け止めている。けれど、せめて陰謀云々の誤解は解いておきたいのに、ディランとは会う機会もないからなかなか難しい。


(王命での結婚を不満に思っているのはお互い様みたいだし。コーネリア様とご領主様って、案外仲良くなれるんじゃないかなあ)


 そんなふうに思うのだが。


「でも、分かったわ。そういうことなら、今日はお料理も散歩もなしね。ここで大人しくしているわ」

「あ、それが――」

「今日は僕がお付き合いしますよ」


 初めて聞く声がして振り返ると、扉のところに男性が立っていた。

 焦げ茶色の髪に、茶色の瞳。年齢はデリックと同じくらいだが、着ているのは一般の兵士のものより立派な軍服だ。


「アーサー様!」

「やあ、ティナ。お疲れさま。ちょっと早いけど来ちゃった 」


 さっとお辞儀をするティナ越しに男性と目が合って、リリーは首を傾げる。


(アーサー? 誰?)


 リリーがここでティナたちのほかに会ったことがあるのは、魔術団長のカイルだけ。五人目となるこの人の顔に見覚えは当然ない。

 その彼は、リリーが作っている途中の守り袋をちらりと眺めると、にこりと笑みを浮かべた。


「初めまして、コーネリア様。ご挨拶に伺うのが遅くなりました、アーサー・レイトンと申します。フォークナー領の内政方面を担当しております」


 ディラン直属の補佐官だというアーサーは、どうやら文官のトップらしい。

 悪びれずに、しかし抜け目無さそうな視線をコーネリアによこしながら、慇懃に礼をする。


「えっと……初めまして。討伐隊が出ているのでしょう、ここにいていいの?」

「ひとまず、森の中に押し返したところまでは確認できました。ベアウルフとグリズリー程度、我が領の兵士なら問題ありません。まあ、その二種が同時に現れたことに対しては疑問に感じずにはいられないのですが、それより、警護が手薄になってしまったこちらのほうが懸念でして」

「はあ」


(えっ、なに? 魔獣よりも(コーネリア様)のほうが危険だっていうこと?)


 途中は早口で聞き取れなかったし、回りくどい言い方は不慣れなリリーだが、どうもそう聞こえた。

 ベアウルフもグリズリーもかなり凶暴な魔獣なのに、自分はそれよりも「危ない」と思われているのだろうか。

 思わずじっと見つめてしまうが、アーサーの表情は変わらず飄々としたままで、賢そうな彼がなにを考えているのかよく分からない。


 このタイミングでディランの側近がここに来たことは、なにか意味があるはずだ。

 そう察することはできるが――。


(……ま、いいか!)


 リリーはあっさりと、アーサーの意図をひとまず置いておくことにした。


 直感に頼りがちなリリーは、人の言葉の裏を読むのが苦手だという自覚がある。

 そのため、急いで物事を決めつけないように、と院長によく言われてきたのだ。

 実際、共に暮らすシスターとの間でも、思いもよらないすれ違いが起きることがあるのだから、よく知らない相手との僅かな会話で理解した気になるのは止めたほうがいい。


(もし、コーネリア様の魔力攻撃を警戒しているのなら、まだ魔力の操作を覚えていない私に対処法はないのだし)


 魔力の暴走はまだ続いていて、毎晩のように痛みにうなされている。だが慣れるもので、気を逸らすのも上手くなったし、意識を失うことも少なくなった。

 けれど頑張っていてもそれだけで、魔力を操作できるかと問われたら返事は「否」だ。


 自分でコントロールができない以上、安全だと言い切れない。ただ、こちらに敵意はないということは知ってほしい。

 無害ですよ、の気持ちを込めてにっこりと笑みを浮かべると、リリーは人差し指を頬に当てて小首を傾げた。

 討伐は心配ないとアーサーが言うなら、それを信じよう。尋ねるべきは別のことだ。


「それより、今日はあなたが付き合ってくれるって聞こえた気がするわ」

「流された? え、ええ、そう申し上げました」


 先ほどの発言はやはり、厭味か引っかけだったのだろう。

 反論も激怒もしないリリーに肩透かしを食らった様子で、アーサーは返事をする。


「あー、いやしかし、さすがに魔獣討伐の最中に、塔の外にお連れすることはできません」

「それなら厨房は使っていいということかしら。でも、ティナがお食事を運んでくれたわよ?」

「はい。今日はそちらを召し上がってください。その後でひとつ、コーネリア様にお願いがあるのです」

「なにかしら。私にできることなら」

「簡単に言うと、炊き出しです。 コーネリア様は料理が得意なようですので」


 予想外の申し出に、リリーだけでなくティナまで目を丸くした。


「ええと、そこまで得意というわけでは……普通よ? それに討伐隊の皆さんの食事を作れということなら、塔の厨房(ここ)では物理的にちょっと難しいのではないかしら。大勢いらっしゃるのでしょう」


 修道院ではシスターたちと孤児たち全員の食事を作るから、大人数用の調理はそれなりに慣れている。だが、成人男性の団体向けに作った経験はない。

 それに、この塔に運び込まれている食材は、リリーたちが食べる数日分だ。

 討伐隊が何人なのかは知らないが、全部かき集めてもとても足りないだろう。


「いえ、ご心配なく。討伐隊の食事は本館の料理人たちの仕事です」

「それを聞いて安心しましたわ」


 なんて無茶振りを、と思ったが、そうではないと分かってほっとする。

 しかし、ますますアーサーの申し出が分からなくなってしまった。コテンと首を傾げるリリーに、アーサーはにこりと笑む。


「討伐隊が戻ってきたら、事後処理と並行して考察班が対策を検討します。魔獣のいた場所や討伐時の様子を分析して出没の原因を探ったり、今後の予測をしたり、とかですね」

「大事なことね」

「ええ。話し合いには時間がかかるので、一段落つくころには食堂に食べ物が残っていないのですよ」

「はあ、そうなのね……?」


(いない人の分を先に取り分けておけばいいんじゃない? 祝勝会って、そうできないほど厨房が殺気立っているのかなあ)


 話の行方が摑めなくて、リリーはぼんやりと相槌を打つ。


「ちなみに考察班のメンバーは、僕と魔術団長のカイル、それにディランの三人です」

「あら」


 ここでディランの名を聞くとは思わなかったが、領主なのだ。どんな会議にだって顔を出しておかしくないだろう。


「僕たちには食事がない。コーネリア様は料理ができる。そして、ディランはあなた様の夫です。なので、コーネリア様に、僕たち考察班の食事を作っていただきたいと思いまして」


 アーサーの言い分は分からないでもないが、なんとなく腑に落ちない。

 だって、リリーは「お飾りの妻」なんて可愛いものではなくて、積極的に距離を取られて塔に押し込められているのだ。

 見張り付きで調理したとしても、敵認定している相手が作ったものなど、ディランがはたして食べるだろうか。


「三人分ならここの厨房でも間に合うでしょうけど……旦那様は、私が作った食事を食べてくださるかしら」


(毒入りを疑われそうだしなあ)


 その疑問はもっともなはずなのに、アーサーは目を軽く見開くと、小さく吹き出した。


「大丈夫です。ディ――ええと、そう、デリックからあなたの作る料理の話を聞いて、僕もカイルもすごく興味を持ちまして」

「そうなの?」

「これはぜひ一度、食べてみたいなあと、はい」


(あ、分かった! ご領主様ではなく、自分が食べてみたいのね!)


 朗らかに言われて膝を打つ。ようやくアーサーの意図が分かった。

 つまり、デリックから話を聞いたアーサーとカイルが、ディランを口実に自分たちの好奇心を満たそうとしているのだ。それなら納得である。


 自分でも理解できる動機だったことにほっとして、リリーはぱっと笑顔になる。

 てらいのない表情に、アーサーだけでなくティナもぱちりと目を見張った。


「作ったお食事を無駄になさらないとお約束くださるのなら、私は構いませんわ。でも、お口に合うという保証はできませんわよ」

「……結構です。では、そういうことで決まりですね」


 食材も場所も提供されている側が断る話でもない。急に乗り気になって了承したリリーに、アーサーのほうが逆に押され気味になって頷いた。


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