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修道院のコーネリア 2

2024年もよろしくお願いします。

幸多き一年になりますように。


小鳩子鈴

 穏やかな口調ながら確信を持った言い方に、コーネリアの身に馴染んだポーカーフェイスが僅かに崩れる。


(一目で、わたくしがリリーではないと見破った……?)


 そして「ギルベリア修道院」――それは、リリーの口からも聞き、見せてもらったロザリオにも刻んであった修道院の名前だ。 


「あら、驚かせてしまった? 私は院長のシスター・エヴィです。怪我の具合はいかがかしら、治療済みとはいえ矢傷は深かったから」


 瞬時に別人だと見抜くなんて、このシスターは、なにか事情を知っているのかもしれない。

 内心で警戒をしながら、動揺を隠してコーネリアは口元に笑みを浮かべる。


「怪我は平気よ。ところで、どうしてわたくしが『リリーではない』と思われたのか、伺っても?」

「長年一緒に暮らした家族ですもの、本人かどうかなんて自然と分かりますよ。姿はあの子のものですけれど、雰囲気が全く別人です」

「雰囲気……そう。でも、いきなり別人になっているなんて、そんなことがあるわけないとは思わないのかしら」

「人間は神と同じ目を持たないのですから、未知のものがあって当然です。だから、絶対無い、なんて断言はできませんし、するべきでもないでしょう」

「なかなか柔軟な考え方をするのね」


 王都の修道士たちの多くは、教義の解釈も四角四面で画一的だ。教典に載っていないことは認めようとしない彼らと違って、目の前の修道女はかなり融通がきく思考を持っているらしい。


「ここがギルベリア修道院ということは、わたくしは見習い修道女のリリーとしてここに戻されましたのね。彼女はフォークナー辺境領へ向かっていたはずでしょう?」

「ええ、そうですよ。市に行く途中で、運悪く暴漢に襲われて……矢で射られたのだそうです。領主様のはからいで治癒ポーションで手当てをしていただき、こちらに帰されました」

「彼女一人で?」

「いいえ、孤児院出身のロイが付き添ってくれて……ああ、そうではなく? 高貴な令嬢と行き会って道中を共にしていたと聞きました。その令嬢を狙った暴漢だったようです」

「では、令嬢も犠牲になったのかしら」

「気を失っているけれど、怪我はないと聞いています」


(なるほど……では、リリーは「わたくし」として辺境領に残されたのね)


 入れ替わりという仮説を裏付ける院長の返答にコーネリアは頷いた。


(馬鹿正直に打ち明ける? その場合の危険性は――いいえ、すでにリリーではないと見抜かれている。隠すことはむしろマイナスよ)


 慈愛に満ちた微笑みを浮かべる院長の表情に変化はない。抜け目ない王宮神官長よりやりにくいと思いながら、コーネリアは話し始める。


「シスター・エヴィ。わたくしが、リリーと一緒にいた令嬢のコーネリア・ウォリスよ。どうやらわたくしが暴漢に放った魔法攻撃が原因で、リリーと入れ替わってしまったみたい」

「まあ、魔法で? それならリリーは――」

「ええ。わたくしがリリーとしてこちらに戻されたように、リリーは辺境伯のもとにいるのだと思うわ。わたくしは、王命によりディラン・フォークナーと結婚するためにこちらに来たのだから」


 院長はシワに囲まれた目をぱっちりと開けて驚く。そこに害意は感じられず、コーネリアは不審に思う。


(読めない人ね……魔力が使えないのは不便だわ)


 王太子であるルーカス第二王子の婚約者として海千山千の貴族と対峙し、裏の意図を探るのがコーネリアの日常だった。

 高魔力保持者として名高いコーネリアは、他人の魔力を視認することができる。それを利用して、僅かな魔力の変化でその人の感情を推し量ることが出来るのだ。


 しかし、今入っているこのリリーの体には魔力がなく、当然、他人の魔力を見ることもできない。

 そのため、相手が嘘を言っているのか、本心で話しているのかを容易に把握できなくなっていた。


(見えないのが普通なのよ。生き延びたいなら甘えるんじゃないわ、コーネリア)


 煩わしく思っていた魔力に無意識で頼っていたことに気づいて唇を噛む。

 ……企みがあったのか、入れ替わりを見抜いたのは偶然なのか。

 それらを確かめるために、コーネリアは言葉を続ける。リリー本人に思惑はなかったとしても、誰か――たとえば、目の前にいる修道院長――に利用された可能性があった。


「ですので、わたくしはフォークナー辺境領に向かわなくては」

「あら、それは無理ですよ」


(引き止めるの? やはりなにか企んで――)


 コーネリアの反論を遮って、シスター・エヴィは窓辺に寄り、カーテンを開ける。


「そんなに警戒しないで。意地悪で言っているのではありません。人の力ではどうしようもないことがあるという話です」


 小さな子を宥めるようなシスター・エヴィの声とともに、ヒビの入ったガラスの向こうが露わになる。

 そこには、雪が全てを覆い尽くす真白い世界が広がっていた。


「な……っ」

「昨日から降り止みません。下山は不可能です」


 ――町の人からは『陸の孤島』とか『天国に一番近い修道院』とか呼ばれていますね。


 夏場でも足場が悪く、冬は孤立するここを「私たちの修道院」と明るく笑ったリリーの言葉が耳元に蘇る。


「これも神のお導きでしょう。雪が溶けるまでこちらでお過ごしなさい」

「わ、わたくしは――」


 反論しようとする声に時を告げる鐘の音が重なった。


「祈りの時間です、レディ・コーネリア。お話の続きはまたあとで」


 にこりと院長が微笑みを深める。有無を言わせない穏やかな圧は、コーネリアがこれまでに出会ったことのない種類のもので、思わず怯んでしまった自分に驚く。


「ギルベリア修道院はあなたを歓迎しますよ」

「……感謝しますわ、シスター・エヴィ」


 どうにか返事をしたコーネリアに満足そうに頷いて、院長は部屋を出て行った。


地震で被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

これ以上被害が拡大せず、一日も早く復旧が進みますように。Web小説が気散じのひとつになれたら幸いです。

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