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塔の厨房 2

 厨房には調理道具や食材がすでに運び込まれていた。

 今日は初日ということで、場所などの確認のためにティナも一緒に連れて行く。

 いわく付きの【嘆きの塔】の厨房にティナは最初おっかなびっくりのようだったが、ずらりと揃えられた調理器具にはリリーと二人揃って目を丸くした。


「すごいわ、これだけ揃っていたらなんでも作れそう……! でも、いつの間に? 言ってくれれば私も片付けたりするのを手伝いましたのに」

「させるか。なにを隠されるか分かったものじゃない」

「あら、無駄な心配をなさって」


(もー、少しは信用してくれたと思ったのに。こういうところは疑り深いんだから)


 リリーは気絶した状態でこの塔に運び込まれ、そのまま五日間も寝込んでいたのだ。その間、怪しいものを隠し持っているかどうかなんて調べ放題だったはず。


(部屋の木箱には服とロザリオしか入っていなかったし。それ以外、なにも持ってないって知っているはずなのにな)


 用心深いのは領主であるディランの指示だろう。デリックを責めても仕方ないので、軽く睨む程度にしておく。


「そんなに人を疑ってばかりで疲れない?」

「後手に回るわけにいかないからな」


(この慎重さ……あっ、もしかして、魔力でなにかすると思われていたりする? ――っていうか、魔力ってそんなに万能なの?)


 貴族に魔力持ちが多いことや、平民でも魔力があれば高級取りの仕事に就けることなどを考えれば、有用な力なのだということは分かる。

 けれど、今もまだ魔力暴走による体の痛みや体調不良に悩まされているリリーは、ありがたみよりむしろ取扱注意の劇薬といった印象が強い。


(そういえば、ご領主様も魔剣士として名が立つくらいだから、かなりの魔力持ちなんだよね)


 目の前のデリックも、魔術と武術に長けるという理由で見張り役になったはずだ。

 本物のコーネリアも含め、魔力持ちの彼らが知っていてリリーが知らない魔力の使い方があるのかもしれない。

 それが理由で警戒を解けないのだとしたら、リリーにはどうすることもできないだろう。


(デリックに魔力のコントロールのことを訊いてみる? でも――)


 悪い人ではないと思う。けれど、魔力操作ができないことを知られたら、入れ替わりがバレてしまうに違いない。

 自分だけでなくコーネリアにも関わる事だ。その危険性を考えると思い切れない。


「……まあ、気が済むようにどうぞ、ですわ。私はここで料理ができればそれでいいのですもの」

「言われなくても」


 考え込む様子を見せたリリーをちらりと眺めて、デリックは淡々と厨房の説明を始める。


「今後も食材や道具の搬入はこちらにまかせてもらう。それと、見て分かる通りここの設備はかなり旧式だ。本当に使えるのか?」

「平気よ」


 確かに古いが、頑丈そうだし、むしろ修道院のと似ているから問題ない。

 器具や食材の選定は料理長がしてくれたそうだ。これまでは「出せない」と言われてきたアルコールや茶葉もある。リリー自身は酒を嗜まなくとも料理には使いたいので、そのことも嬉しい。


「一通り揃えたそうだから、ここにあるものでどうにかしろ。失敗したり腐らせたりしても、追加の補充はない」


 念を押されて承諾する。貧乏修道院で長年やりくりしてきたリリーが、材料を無駄にするなんてありえない。

 さすがに許された時間内にパンを一から作ることは難しい。そのせいかパン種まではもらえず、代わりに数日分のパンが用意されていた。


(まあ、ここでなら固くなっても炙れるし。パンを作るのはそのうちね、そのうち)


 置き場を確認しながら開けた棚には、瓶詰めなどの保存食も収められていた。


「あ、これ……」


 その中の、トマトソースの瓶にリリーは手を伸ばす。


「ああ、ギルベリア修道院のものだそうだ」


(そういえば、領主館でも修道院の保存食をよく買ってくれていたっけ)


 瓶に貼られた、ギルベリア修道院の名をそっと指でなぞる。ラベルの美しい飾り文字はシスター・アンの直筆だ。

 完熟させたトマトを煮詰めてソースを作るのは、修道院の夏仕事のひとつである。

 総出で収穫し、刻んだ玉ねぎを合わせて大鍋で煮込む。できあがったトマトソースの瓶がずらりと並ぶさまは壮観で、毎年、達成感に満たされる。


(今年はトマトがいっぱい採れたから、コリンやマギーも手伝ってくれたんだよね)


 照りつける日差し、緑輝く畑に響く子どもたちの声。大量の玉ねぎに泣かされながら刻んで、笑って、去年まではティナもいて――そんな夏の思い出がどっと記憶に流れてきて胸が詰まった。

 単身での外出を制限され、律儀にそれを守っていたリリーは、いつだって誰かと一緒だった。

 今のように誰の声もしない部屋にひとりで長くいる生活なんて、生まれて初めてのこと。

 修道院の調理場でわいわい賑やかに食事を作っている自分まで思い浮かんでしまって、言いようのない寂しさに襲われる。


(……帰りたいな)


「あのシスターも災難だったな、お前が巻き込んだばかりに重傷を負って」

「……ええ」


 修道院の話が出てキッとこちらを睨むティナの視線を感じたが、リリーは上の空で返事をした。



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