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塔の厨房 1

 快適ではあるが、平坦で灰色だった塔でのリリーの生活に変化が訪れた。

 まずひとつは、裁縫が認められたこと。

 届けられた道具はさすが領主夫人に献上されるものだけあって、これまで見たこともないような高級品だった。


(キラッキラ眩しい! 本当に裁縫道具なの?)


 ハサミの持ち手には細やかな彫金の装飾が施され、まち針には本物の宝石が使われている。

 観賞用とも思える芸術的な出来映えに驚くが、これらの道具は武器として使えないよう魔術で対策がしてあると言われてさらに目を丸くする。

 刃物を中心に、辺境軍魔術団長のカイルが張り切って魔術を付与したのだという。


「悪意を感知すると、瞬時に道具そのものが溶解する温度まで発熱する」

「そ、そう」


 デリックの淡々とした説明に、リリーは思い切り顔を引きつらせた。

 ハサミが溶ける温度なんて、触れていたらただでは済まない。攻撃しようとした本人を間違いなく強制的に無力化するだろう。


(なんかすごい……けど、普通は「肌を切れなくする」とかの制限をつけるんじゃない?)


 制限の方向性が疑問だし、そもそも悪意はどうやって感知するのだろう。それに、誰かで試したのだろうか。

 気になることは色々あるが、リリーは魔法も魔術も詳しくないから技術的なことを説明されても理解できる気がしない。

 それに、道具として持ってみれば具合がいいし、試し切りをしてみればあまりに使い心地がいいしで、掛けられた魔術のことなどまあいいかとなってしまった。こだわらないタイプなのである。

 布や糸も一緒に渡されたから、これでしばらくは楽しめそうだ。


 そしてもうひとつ。

 塔の厨房の利用許可が下りた。こちらもリリーには重要だ。


(やったね! これで冷たいスープに悲しくならなくて済む!)


 当然、いつでも自由に使えるわけではない。デリックの立ち会いが必須だと言われてしまうが、想定内だ。


「一日に何度も塔に来られるほど、俺だって暇じゃない。だから、夕方の散策か厨房か、どちらかだけになる場合もある。それが不満なら、どちらもなしだ」

「構わないわ」 


 先に釘を刺されたが、当初は「部屋から一歩も出るな」と言われるほど警戒されていたのだ。

 その状態から、厨房に行き火や包丁を扱うこともできるようになったのは大きな前進だ。


コーネリア様(わたし)が危険人物ではないって、少しは分かってくれたかな)


 制限付きの厨房使用許可は、コーネリアを信用しきれていないディラン側が今できる最大限の譲歩だろう。

 ここからだんだん時間や回数を増やして、最終的に毎食分を自分で作れるようになれたら大成功と言えるはず。

 ほくほくと笑みを浮かべていたら、デリックから怪訝そうに眺められてしまった。


「そんな顔をしなくても、文句なんてないわよ」

「本気でそう思っているのか?」

「だって、厨房を使うにはデリックが見ていないと駄目なのよね。それって、『自分が見張るから』って、無理を言って旦那様に話を通してくれたということでしょう」


 つまり、なにか問題が起これば当然リリーも罰せられるだろうが、その責任はデリックが負うことになるはずだ。

 修道院でも、孤児院の子どもたちの監督責任はシスターにあり、シスターたちの行いには修道院長が責任を持つ。同じことだ。

 そこまで理解しているとは思わなかったのだろう。デリックは意外だとばかりに目を見開いた。


「ありがとう。おかげでお料理ができるわ」

「……いや」


 今度こそ気まずそうに、デリックはリリーから視線を外す。

 引き取られたばかりで孤児院にまだ慣れない小さな子が、同じように目を逸らす姿と重なって見えて、リリーはますます笑みを深めた。


(不満があるとしたら、むしろデリックのほうだろうなあ。そもそもご領主様の命令で、私を見張っているんだもの)


「気の毒だとは思っているのよ? なまじ実力があるせいで、私の見張りを言いつけられたのでしょうから。本当なら、旦那様が自分で見張ればいいのに」

「んんっ、ゴホッ」


 領主に見張りをしろなんて言ったら怒られるかと思ったが、デリックは横を向いて噎せてしまった。

 軽口を見逃してくれたのだろう、やはりいい人だとリリーの心がまた軽くなる。

 好きで就いた職務でもないうえ、城館から離れたこの塔に毎日来る必要がある。きっと本来の兵士としての仕事に支障が出ているに違いない。

 そういう意味では、彼も被害者だ。


(そんな人に突っかかる必要はないし……それにデリックって愛想はないけど、悪い人じゃないと思うんだよね)


 コーネリアには「誰も信じるな」と言われたが、デリックは自分を狙う暗殺者などではないように思える。

 だって、彼から伝わってくるのはこちらの真意を確かめようとする警戒心ばかりで、そこに敵意や殺意は感じられないのだ。


(厨房を使いたいっていう私の希望も、ちゃんと領主様に伝えてくれたし)


 裁縫道具に魔術を刻むより、渡せないと却下するほうが楽だろう。

 毎日の散策だって、本当に面倒だったら歩けなくなったリリーなど置いていくはずだ。それを理由に、今後の外出を禁ずることだってできる。

 でも、デリックはそうしない。

 だからこちらだって、用心しなくてはという気持ちが自然と薄くなる。

 それだけでなく、この塔に押し込められているせいで接する人が限られている。堂々と口をきける数少ない人物とは、できるだけいい関係を築きたいではないか。

 それに、第一。


「私は悪いことなんてしていないし、これからもしない。だから、自分のやりたいことも遠慮しないから覚えておいて」

「……変な奴だな」


 令嬢らしくつんと気取って胸を張ったリリーに呆気にとられた顔をしたデリックだったが、その口端が僅かに上がった――ように見えた。


(えっ、笑った?)


 デリックの笑顔らしきものなど、初めてではないだろうか。

 つい凝視してしまったが、あっという間にもとの無表情に戻ってしまった。


(び、びっくりした。笑えるんだ……いや、人間なんだし、それはそうだろうけど)


 ……なんだか急に落ち着かないのは、珍しいものを見たせいだ。そもそも若い男性など、ロイくらいしか身近に接したことがない。


(でも、今の表情(かお)……私、どこかで会ったことが……?)


 笑顔にしてはぎこちないその表情に見覚えがあるような気がするが、市でだろうか。


(それくらいしか思いつかないけど……)


「それで、行くのか?」

「も、もちろんですわ!」


 部屋を出るデリックに続いて、リリーも厨房へ向かった。


お久しぶりです、連載を再開します。思ったより長く休んでしまいました。こんなはずでは…。

しばらくは(火)(金)21時に更新します。楽しんでいただけますように!

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