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待遇も改善してください 2

 薄暗い牢はごつごつとした岩肌がむき出しになっていて、心なしか空気も重い。

 通路の幅が広いのは、両側の牢に入れられた囚人が腕を伸ばしても触れ合わないようにだろう。

 今はどこも無人で格子の扉も開いているが、床や壁には得体の知れないシミが見えた。


「これまで大勢が投獄された場所を見て、言うことは『ものものしい(それ)』だけか」

「だって今は誰もいませんし、直接の危険は感じられませんもの」

「そういうものか?」


(あっ、ご令嬢なら怖がるべき? いやでも、この程度なら正直、うちの修道院のほうがアレだし。あそこと比べると、ねえ)


 ギルベリア修道院は住み慣れた我が家なので、古くて寂れていても怖いと思ったことがない。

 一方で、敷地の隅には今の修道院になる前の、もっと古い時代に使っていた建物の残骸が残っている。

 さらなる崩壊の危険があることから禁足地になっているそこは、朽ち壁のおどろおどろしいレリーフや壁龕墓の形跡などがあって、夜に見るとなかなかの迫力なのだ。


(……牢屋を見ても怖くないのは、今が昼間で、一人じゃないっていうのもあるかも)


 ちらとデリックを目の端に入れて、へえー、と牢を覗き込んでいると、頭上から呆れた声がかかった。


「満足したらこっちだ」

「はーい」


 ついて行くと階を変わり、武器の保管庫だったところや、食料貯蔵庫だったところなどに案内される。


(嫌がってたわりには、ちゃんと教えてくれるんだな)


 寒空の下、外の散歩に付き合わされるよりはマシだと思い直したのかもしれないが。

 ぶっきらぼうだが分かりやすいデリックの説明にふむふむと聞き入り、排水機能を備えた通路脇の窪みに感心していたら、続きの部屋にかまどが見えた。


「あっ、ここって厨房?」

「そうだが」

「今も使えるかしら……使えそうね!」

「お、おい、何をする」


 つかつかと中に入ってあちこち確かめ始めたリリーを、デリックが慌てて追いかける。


(わあ、水栓もある! えっ、ここで料理したらいいんじゃない?)


 冷めた食事にげんなりしていたリリーの頭にパッといいアイデアが閃いた。


「ねえ、ここを使ってよろしくて?」

「は? なんのために」

「お料理をするのよ。だって、私一人のために毎回お食事を運んでもらうの、大変だもの。特に今日みたいなお天気だと、ティナが可哀想ですわ」

「可哀想だと?」


 まるで聞き慣れない言葉を発したとでも言いたげなデリックに、リリーはちょっとムッとする。


「雪で濡れちゃうのよ、可哀想でしょう! お仕事熱心な子だから、頑張って急いで運んでくれるんだけど、冬だからどうしたって冷めちゃうし。私、料理はできますから、お食事は自分で作ったほうがよくないかしら」

「裁縫道具よりはるかに危険な包丁や火を扱わせろと言うのか」

「お料理以外には使わないわ。心配ならデリック、あなたが見張ればいいのではなくて?」

「俺が?」

「そうね、そうしましょう! 材料だけなら頻繁に運ばなくていいですし、早速明日、いえ、今日から!」

「おい、勝手に決めるな!」


 とんでもないと止めにかかるデリックに、はしゃいでいたリリーはすっと真顔になった。


「……私、こちらに参りましてから、それはもう従順にしておりましたわ。暴漢に襲われて意識がないうちに結婚式が終わっていたり、目が覚めてからずっと塔に閉じ込められていたりしても、大人しくしていましたでしょう。あなた方が私にしてきたことに比べたら、お裁縫もお料理も、ほんの小さな我が儘でなくって?」

「それは……」

「宝石がほしいともドレスがほしいとも申しておりません。ほしいのは、カボチャや干し肉や調理道具に針と糸! なにが難しいというのです」


 じっとりと恨めしそうに見上げながら言うと、デリックが少したじろいだ。王命で正式に迎えた領主夫人への所業として、褒められた仕打ちではないという認識はあるのだろう。


(デリックだって命令されてここにいるのは分かってる。だから、この人に怒っても仕方ないんだけど……)


 下働きのティナでは領主に会うのも簡単ではないだろう。ディランは軍のトップでもあるから、兵士の(デリック)のほうが伝達役として適任だ。


(ぜったい、ご領主様の許可を取ってきてもらわなきゃ)


「それとも、私の旦那様は、妻の可愛らしいお願いも認められないくらい心の狭い御方ですの? このフォークナーのご領主が、まさかそんな」

「ぐっ」


 挑発するように言えば、デリックは目を泳がせて面白くなさそうに口をぎゅっと引き結んだ。


「……分かった。聞いてみる」


(よしっ!)


 心の中で拳を突き上げるリリーとは反対にデリックは非常に不本意そうだが、そんなことはお構いない。


(熱々のスープ! パンも焼いちゃうもんね!)


「……変な奴」

「なにか言いまして?」

「空耳だろう」


 ふい、と横を向くデリックに、リリーは笑顔で塔内ツアーの続行を頼む。

 調子に乗ったせいか、室内だというのに結構な体力を消耗してその日も担がれて部屋に戻ることになったが、満足だ。

 なぜなら、それから数日後。リリーの行動範囲が少しだけ広がったのだから。



お読みいただきありがとうございます。

毎日更新は一旦ここまで、次話からは不定期更新(21時)となります。引き続きお付き合いいただけましたら嬉しいです!

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