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待遇も改善してください 1

 そんな昼食を終えて、待ちに待った夕方の散歩の時間。やってきたデリックから、今日は外に出られないと言われてしまった。


「ええっ、そんなあ!」

「雪が酷い。文句なら空に言え」


 顔を見るなり言い渡されて、挨拶も飛ばしてリリーは嘆く。

 この時間、普段なら少し弱まるはずの雪がやまず、風も強くてとても歩けるものではないらしい。

 雪が降っているのは知っていたが、がっしりとした造りのこの塔の中にいると、風がそこまで強いと分からなかった。


「吹雪くらい平気ですわよ」

「俺が平気じゃない。王都育ちのご令嬢の無謀な冒険に付き合うほど馬鹿じゃないんでね」

「私一人でも構いませんが」

「はっ、行かせるわけがないだろう」


(ですよねえー!)


 自由にさせたら逃げ出すか、不穏なことをしそうだと思われているのだ。

 コーネリアは腹に一物ある人物だ、という思い込みはまだ解けない。

 実際のところは知らないが、リリーはスパイなんかじゃないし、折に付け無害であると言動で示すようにしているのだが、十日足らずではまだ信じてもらえていないようだ。


「それとも、外に行かないといけない理由でもあるのか?」


(あー『なんか企んでるんだろう』って顔しちゃって。そうじゃなくて、純粋に暇なの! それに体も鈍っちゃう)


 毎日顔を合わせているデリックとは、すっかり遠慮のない会話をするようになった。

 言葉遣いだけはお嬢様風を貫いているものの、話す内容はしばしば素のリリーが出てしまって、その都度慌てて軌道修正をしている。


「……外に行けないなら、この塔の中を歩きたいわ」

「なんだと?」

「中なら濡れないからいいでしょう? だって、一日中この部屋にしかいられないなんて、私、動かなすぎて病気になりそうですもの」


 待遇はよいが、やっていることは軟禁である。もともとインドア派ではないリリーのメンタルが削られているのは事実だ。

 だが、デリックはますます不審そうにする。


「この塔がなんと呼ばれているか知っているのか」

「ええ、【嘆きの塔】でしょう。謂れも言い伝えも存じておりますわ」

「知っていて、見て回りたいと言うのか……物好きだな」


(あっ、引かれた!)


 血生臭い歴史が満載の現場を見学したいなんて、普通のご令嬢なら言わないのだろう。

 けれどそれは平時の話であって、こんなふうに閉じ込められていたら普通のご令嬢だって歩き回って見てみたいと思うはずだ……たぶん。


 それにリリーは「古修道院」という、いかにもなにかが起こりそうな雰囲気たっぷりの中で育ち、それ系の話を山ほど聞いてきた。

 つまりは普通の人より耐性がある。

 ちなみにシスター・ヘレンはめちゃくちゃ怪談が得意だ。あの語り口はぜったいに事実より数段恐ろしい。


「分かったわ、デリックは怖いのね。私の後をついて来てもよろしくってよ」

「はあ? 誰が」

「決まりですわね!」


 うっかり反論したデリックに言質を取ったと手を叩いて喜ぶと、渋々ながらも部屋から出してもらえた。


「そういえば、あなたが来る時って、部屋の前に警備の人がいないわね」

「留守の部屋を見張る必要はないだろう。俺と交代になっている」

「あ、休憩させてあげているのね。よかったあ、見張りなんて大変そうだもの。ねえ、椅子くらい置いてもいいんじゃない?」

「……妙なことを気にするんだな」

「いくら建物の中とはいえ、ずっと立たされるなんてお仕置きみたいじゃない。なにも悪いことをしていないのに、ここに来ることを罰にされたら嫌だわ。どうせ私、逃げませんし」


 言いつけを守って部屋にいるから、当番の警備兵の手は煩わせていない。ひがな一日、開かない扉を守るのはくたびれるだろう。

 なにかをするより、なにもしないことのほうが辛い場合もあるのだ。今の自分のように。


「あとはほら、編み物とか読書とかをしてもいいかも」

「……」


 ますます妙なことを言い出した、とデリックの焦げ茶色の目が伝えてくるから、リリーは肩を竦めた。


「っていうか、私がしたいのですけれど。裁縫道具とか、差し入れていただけないかしら」

「お前が裁縫?」

「できないとでも? 心外ですわ」


(なんでそんなに意外そうにするの? 掃除と違って、刺繍ならご令嬢の嗜みだから、コーネリア様だってできるはずでしょ、知らないけど!)


 むくれて見せたら、デリックは少し思案するように顎に手を当てた。


「刃物は問題がある」

「まさか、裁縫のハサミで凶行に及ぶとでも言うのかしら。屈強な兵を抱える辺境軍のお膝元で、そんなことを心配なさるなんて驚きですわ」

「刃物は刃物だ」

「それなら、ハサミを使っている間は扉を開けて、警備の方が監視すればよろしいでしょうに。ああ、もちろん自傷だっていたしませんわよ」


 そこまで言うと、デリックは諦めたように息を吐いた。


「……そう伝えておく」

「伝える? あっ、ご領主様にね。お願いするわ。ディラン様って私の旦那様のはずなのに、こちらにはちっとも来てくださらないの。残念ですわぁー」


 棒読みの「お会いしたいのに」に、デリックは淡々と返してくる。


「お前の動向は把握しているから問題ない」

「私が旦那様のことを把握できていないのですけれど」

「必要ないだろう」

「それを決めるのはあなたではないでしょう?」

「っ、俺は――、もういい。ほら、ここが来たがっていた牢だ」

「いえ、別に牢屋が見たかったわけじゃ……わあ、ものものしい」


 話を打ち切るようにして示されたそこは、通路の両側に太い鉄格子の嵌まった牢が並んでいる区画だった。

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