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関係を改善したいです 2

 夕方の散歩は恒例になった。階段で転びそうになったことはあれ以来ないが、部屋に戻るのが非常に難関である。

 コーネリアは長い階段を日常的に上り下りすることはなかったのだろう。毎回、疲れて動けなくなってしまい、デリックに抱き上げられて部屋に戻っているのだ。

 大きな溜め息を吐いた彼にひょいと持ち上げられて、最初はなにが起こったのか分からなかった。


(~~だ、だって、もう……は、恥ずかしい!)


 記憶のない幼い昔はさておき、子供たちのことは毎日のように抱っこしても、自分自身が抱き上げられたことなどないリリーである。

 たとえそれが嫌々仕方なくでも、荷物のように担がれるのだとしても、相手は男性で密着しているのは間違いない。

 思い出して顔を赤くしたリリーに、ティナがやれやれというように生暖かい目を向けてそっと離れた。


「なにを今さら。乳母日傘のお嬢様育ちなんだから抱き運ばれるのなんて慣れてるでしょうに」

「そんなことないわ、普段は自分で歩くもの」

「はあ、そうですか」


(コーネリア様は知らないけど、私はね!)


 ティナに否定はするが、コーネリアの体は華奢で基本的に弱い。リリーの調子でなにかをしようとすると、あっという間に力尽きてしまうということが、最初の数日でよく分かった。

 今のリリーは魔力のコントロールが下手だから、そちらに体力を持っていかれているのも理由のひとつだとは思うが、それにしても、だ。


(こんなにか弱いご令嬢を辺境に嫁がせるなんて、コーネリア様のご両親は反対しなかったのかなあ)


 塔の隔離部屋とはいえ快適に過ごせて、食事もちゃんと出してくれる。

 風邪を引いたりお腹を壊したりする心配はない環境だが、気候の温暖な王都に比べたら、ここはずっと過ごしにくい土地であることは違いない。

 大切に育てた娘を思えば、親なら心配も反対もしそうだが。


 ふと、誰も信じてはいけないと言ったコーネリアの声が思い出される。


(その()()の中に、家族も入っているとしたら――)


 自分は孤児だが、修道院の皆はリリーにとってかけがえのない家族といえる存在だ。

 けれどコーネリアは血を分けた間柄であっても心を開けないのかもしれないと思うと、胸がきゅっと絞られる。

 切ない気分のリリーを置いて、ティナはテーブルに食事を並べた。


「今日の食事はこちらです。いつまで辺境の料理に我慢できるか知りませんけど、ご不満でもこれ以上はお出しできませんので」

「おいしそうよ」


 こんがりといい焼き色のついたグラタンに根菜のスープ。チーズに丸パンとナッツもあって、豪華である。

 王都の貴族には粗末かもしれないが、リリーにとってはご馳走だ。おいしそうと言ったのも嘘ではない。

 だが――。


(ああ、今日も冷めてる……!)


 領主館本館の厨房から、ずっと離れているこの塔に運ぶのだ。しかも今は冬である。できたてを用意してもらっても必ず冷める。

 さすがに凍ることはないが、スープは量が一人分なこともあり、井戸水程度には冷え冷えだ。


(この部屋、暖炉の火もないから温め直しができないのよね)


 ちょっとがっかりで、そしてもったいない。そんなリリーの表情をティナがすかさず見咎める。


「ほら、やっぱり不満なんでしょう!」

「お料理には不満はないのよ。ただ、毎回持ってきてもらって悪いなあって」

「しおらしいこと言っても騙されませんから。それに、悪いもなにも、それがあたしの仕事です」

「騙そうなんて思っていないわ。それに、ティナはお仕事をしっかりやりきろうとして、偉いわね」

「な……っ、し、知ってますよ、あたしの掃除にも不満があるんでしょう。でも、そんな細い指じゃ雑巾だって絞れませんよ」

「ティナの掃除に文句なんて。いつも綺麗にしてくれてありがとう」

「……どうですかね」


 素直に褒めると、居心地が悪そうにそっぽを向いてしまった。


(ふふ、可愛い)


 まるで、修道院に来たばかりの小さいティナともう一度やり取りをしている気分だ。

 ティナの「コーネリア」に対する嫌悪感はまだ消えていないが、言葉はそれなりに受け取ってくれるようになった。こうして会話が続くのが、リリーは嬉しい。


「ティナが私の担当になってくれて良かったと思っているの。本当よ」

「あたしが希望したんじゃありません」

「いいの。お礼を言いたかっただけ」

「し、知りませんっ……もう、リリー姉さんみたいなこと言わないでよ……」


 口の中で小さく呟いたことは聞き取れなかったが、髪と同じように赤くなったティナの耳先を見てリリーはにこにこしながら食事の席に着いた。


「ティナの食事は?」

「いつも通り、あたしは後で別にいただきます」

「そう……ティナと一緒に食べられたら、もっとおいしいのに」

「まっ、またそういうことを……! 食べ終わったころにまた来ますからっ、失礼します!」


 こちらに顔を向けずに言って、ティナは慌てて出て行ってしまった。強がりで、褒め言葉や直接好意を伝えられたりするのが苦手なところは、小さいころから変わりない。


(コーネリア様への抵抗感も、少しは薄れてくれたらいいな)


 ティナが頑ななのは、無事を確認できないまま修道院に戻ったリリー(コーネリア)の様子が分からないからだ。ロザリオの魔石で連絡が取れたからリリーは無事だと知っているが、ティナにそのまま伝えることはできない。


 それに、怪我がどの程度治っているかまでは結局訊けなかったから、リリーも心配なのは一緒である。

 軍用の強力ポーションを使ってくれたということだし、院長やシスター・マライアは薬草にも詳しいから大丈夫だとは思うが。


(ポーションって高価(たか)いんだよね。見習い修道女相手に大盤振る舞いだなあ)


 すでにあちこち古傷だらけのリリーの体に痕がもうひとつくらい増えても平気だが、その傷が痛むのであればコーネリアがつらいはず。

 巻き込まれた被害者と判断されてのことだろうが、惜しみなく処置をしてもらえたのはありがたい。前の領主だったらきっとそのまま見捨てられただろう。


今のご領主(ディラン)様はそんなふうに、領民でもない見習い修道女にも配慮してくれるんだもの。悪い人じゃないはずなのに、コーネリア様に対してだけは、ちょっとねえ)


 目を覚ました最初の日に言うだけ言って去ったディランとは、あれきり顔を合わせていない。

 リリーは自由に出歩けない。向こうから来てくれないと話もできないから、ティナを通して「面会したい」と申し入れているのだが、伝わっているのかどうか、なしのつぶてである。


(ちょっとくらい歩み寄ってくれてもいいのに!)


 今、リリーが接しているのはティナと、夕方の散歩についてくるデリックだけだ。

 入れ替わりが解消された後のコーネリアのためにも城の人たちと仲良くなりたいのに、道は遠そうである。


「あ、食べないと。ますます冷めちゃう」


 さて、と思い出してカトラリーを手に取り、食事を始める。

 領主館の料理長は腕がいいようだ。食材は立派で、見た目も完璧である。


(……でも)


 リリーは塔での生活で、一人きりで会話もない食事の味気なさを知った。

 修道院では忙しくとも、食事は全員が揃っていただくことになっている。聖歌を唱えるのを聞きながら沈黙して食事をとる行の日もあるが、それだって一人ではない。

 誰か――ティナと一緒に食べるのなら、ソースが冷え固まったグラタンでもおいしいと思うだろうに。


(……味がよく分かんないな)


 冷めた料理をもそもそと食べながら、すっかり遠くなってしまった修道院での暮らしを思った。



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