深夜の情報交換 3
縁起でも無い単語を軽く口にするコーネリアに、リリーは天を仰ぐ。
「そんな、ピクニックに行くみたいに気軽に言われても……!」
『そしてフォークナー側はわたくしのことを、辺境伯の命を取るために王宮が送り込んだスパイだと疑っているはずよ』
「スパイじゃなく、奥様でしょう!?」
『貴族の世界は食うか食われるかよ。そしてディラン・フォークナーという人間は、疑わしきは罰する冷酷魔王。そもそも望まれない花嫁ですもの、前例のない入れ替わりの魔法なんてものを信じるよりも、狂言と断じて殺すほうが手っ取り早いし安全だわ』
「ひいぃっ」
味方としては頼もしい領主であるディランは、敵に一切容赦をしないことで有名だ。否定できない。
それに実際、行動制限を付けられている。疑われていること間違いなしだろう。
暗殺者を企む者と、ディラン。どちらにバレても、命の危機だ。
『監視の目はどこにでもあると思いなさい。王宮側とフォークナー側、両方から見張られていると考えるべきね』
「い、入れ替わりを正直に説明して、スパイではないと分かってもらえれば」
『わたくしが辺境伯の立場なら、絶対に信用しないわ』
「そんなぁ」
どうしてそう殺伐としているのか。なにはともあれ新婚なのだから、もう少し甘やかな関係でもいいと思うのだが。
(い、いや、甘いのもアレだけど!)
中身がリリーのままでラブラブ新婚カップルになられても困る。
生粋の修道院育ちで異性との交際経験などないのだ。どちらにしろ詰んでいる。
『だから、くれぐれもその体の中身がコーネリアではないと――シスター・リリーだとバレないようになさい。でないと、命の保証はないわ』
「いやあぁ、無理ですって! 今すぐどうにか入れ替わりを戻せないんですか? コーネリア様だって、おんぼろ修道院で暮らすのはきついでしょう!」
『ええ、そうね。馬小屋のほうがよっぽど豪邸に感じるくらい酷い環境だわ。でも、魔法を解除するにはお互いに触れていないと無理だと言ったでしょう。もう忘れたの? そんな愚鈍ではすぐに死ぬわよ』
いや覚えている、でもそれ以上に衝撃だったのだ。
あわあわと震えるリリーに、畳み掛けるようにコーネリアが話す。
『もうひとつ、大事なことよ。リリー、その体で魔力のコントロールを覚えなさい』
「えっ?」
『体の奥が熱くなって、全身に激痛が走って、大変な思いをしなかったかしら』
「しました、しました! それこそ死んじゃうかと!」
『体内で魔力が暴走している状態よ。すぐには死なないけど、放置するとまず精神が廃されて、最終的に溢れた魔力で体が朽ちるわ』
「また物騒!」
『でも、保ったのでしょう? その時と同じようにして、ある程度は魔力を制御できるように訓練しなさい。今のわたくしたちは一蓮托生よ。どちらかの体が死ねば、両方の魂が行き場を無くして消滅することになる』
「……!」
声を潜めたコーネリアに、リリーも息を呑んだ。
『入れ替わりを見破られないように、魔力に食い尽くされないように。わたくしと会えるようになる春まで、くれぐれも用心しなさい』
「コーネリア様……」
『リリー、誰も信じては駄目よ』
――諦めを音にしたような声だった。
(そんな……なんて寂しいことを言うの)
この美しい人は、ずっとこうして生きてきたのだろうか。
暗殺だなんて危険にさらされて、自分で自分を守るしかなくて。誰も信じられない状態で。
それはなんという孤独だろう。
ぐっと喉が詰まる。
「わ、私は、コーネリア様のことを信じますから!」
『……救いがたいお人好しね。この入れ替わりは、わたくしの魔力が原因であることは間違いないわ。それなのに、そんなことをよく言えるわね』
「だ、だって、わざとじゃなかったんですよね。それに、コーネリア様が魔法を使わなければ、あの悪者に殺されていました」
『……そう』
「コーネリア様は命の恩人です。入れ替わったのは偶然で、誰のせいでもありません」
『本当にお人好し』
呆れた溜息交じりだったが、ほんの少し体温を感じる声に、リリーの胸もほっとする。
「あっ、そういえば、矢傷は痛くないですか? それに、修道院の冬支度ってどうなっていますか? 市で売るはずだった荷物も――」
知りたいことは山ほどある。だが、ロザリオの光が弱々しく点滅を始め、リリーの質問はまたもコーネリアに遮られてしまった。
『リリー、あなたは自分の心配をしなさい。もう繋がりが切れるわ。ここまでね』
「ま、ままま待ってください!」
このロザリオに嵌まっている石は稀少な「魔石」で、まだ自分たちが入れ替わる前――コーネリアが石に触れたときに、魔力を少し込めて本物かどうか確かめたのだと早口で伝えてくる。
あのときに言いかけたのは、このことだったのだ。
そして、修道院の祭壇にある十字架にも魔石が嵌まっていて、なんとこの二つは双子石だった。それゆえこうして繋がることができるのだとコーネリアは言う。
「祭壇の十字架に? たしかに石はありましたけど。あれはガラスかなにかで、ただの飾りだとばかり……魔石だなんて知りませんでした」
『そうでしょうね。普通は見分けられないわ……運が良かったのよ』
どんどん光は弱まり、声が途切れ始める。リリーは焦って呼びかけた。
「コーネリア様! つ、次はいつ――」
『あなたが魔力操作を覚えたら、その石に魔力を込めなさい。そうしたら、またこうして話せるわ』
魔石はそれだけでは力を発せない。魔力を込めると初めて魔石として使えるのだと言われて、目の前が暗くなる。
「そんな? 魔力操作なんて、見たこともやったこともないのにっ」
『やるのよ。死にたくないならね』
「コーネリア様、待って、待っ――ああぁ、消えちゃった……」
ただのロザリオに戻った聖品を握りしめて、ベッドの上で茫然とする。自分ひとりになった部屋はやけに静かで、窓に打ち付ける雪の音だけが響いている。
ひとまず、コーネリアが無事だったこと、こうして話せたことは嬉しかった。
しかし、困難な事実に打ちのめされる。
暗殺者に監視、魔力の暴走。
どれも見習い修道女には荷が重過ぎる。おんぼろ修道院が懐かしい。今すぐ帰りたい。
「……やっぱり私、死ぬ……?」
不安をたっぷりと乗せたリリーの呟きは、薄暗い部屋の中に吸い込まれていった。




