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謎の痛みと望まれない再会 1

 ――熱い、苦しい。

 呼吸もままならなくて、リリーは全身に嫌な汗をかきながら横たわって苦しんでいた。

 体の奥に渦巻く黒い熱の塊に飲み込まれそうだ。腕や足がバラバラになりそうなほど痛いのに、手でさすることさえできない。


 あのとき、矢が落ちてくるのが見えて、咄嗟にコーネリアを庇った。

 背中に受けた衝撃と、ならず者っぽい人たちが来たことは覚えている。

 だが、その後の記憶はあやふやだ。


 自分の名を必死に呼ぶ懐かしい声が聞こえて少しだけ意識が浮上したとき、孤児院で一緒だったロイが血の気の引いた顔でリリーを見おろしていた。

 怪我もだが、リリーが貴族のご令嬢と一緒にいたことにもぎょっとしたかもしれない。彼の後ろに立ちこめた灰色の雲からは、雪がしんしんと降り始めていた。


 ロイの隣に魔術団のローブを着た眼鏡の男性が来て、なにか魔法のようなものを自分たち――リリーとコーネリアにかけた。

 そうすると少しだけ痛みが引いたから、きっと怪我の手当てをしてくれたのだと思う。


 担架のようなものに乗せられ、運ばれたことはなんとなく分かった。

 助かったのだろうとほっとして、また意識を失ったらしい。


 そして今度は、熱と痛みで意識が戻った。

 基本的に体が丈夫で滅多に体調を崩さないリリーだが、さすがに風邪や腹痛くらいは経験がある。

 しかし今感じているのはそれらとも、矢が刺さったときの痛みともまったく違うタイプの苦しさだ。


 体の中が燃えるように熱いのに、指先は凍えるほど冷たく感触がない。

 全身の骨が軋むほど痛くて、気づくと呼吸を止めているありさまだ。無意識に噛みしめていた奥歯を無理やり緩めると、どっと汗が噴き出した。


(痛い、いたい、苦しい……っ)


 意識は痛みに支配されて、ろくに目も開けられないし、声すら出せない。

 あれからどのくらい経ったのか、ここはどこなのか、そんなことを気にする余裕も持てなかった。

 ガタガタと聞こえる音は窓が吹雪で揺すられているのか、自分の震えなのか分からないが、それも痛みのために響きだした耳鳴りにかき消された。


 激痛に何度も気を飛ばしながら、ただひたすら苦しさに堪えるだけの時間が過ぎる。

 矢傷があるはずの背中よりも、体の内側が燃えるように熱い。

 せっかく救助してもらえたがここまでかもしれない。


(今度こそ……もう、ダメかも)


 痛くて苦しくて、聖句のひとつも浮かばない。

 弱気になったリリーの瞳から流れた涙は冷たい汗とまじり、拭う事もできずにまた意識が闇に落ちた。



 ――誰かが触れている。

 熱で汗ばむ額に、苦しみに震える頬に、凍えた指先に。

 幼いころ、熱を出したリリーを一晩中さすってくれた院長の手を思い出して、ふっと体から力が抜ける。

 と、体の奥にこごっていた熱が全身に巡り、さらにどこかに吸い取られていくように感じて、劇的に呼吸が楽になった。


「……は……っ」


 全身を襲っていた痛みもふっと消え、肺に新しい空気が入って生き返る。

 大きく息を吐き出せば、触れられていた手が離れた。


(……?)


 うっすらと瞼を持ち上げると、部屋の中にリリーを見おろす誰かがいる。

 今は夜だろうか。薄暗いうえに、ずっと力を入れて閉じていた瞼はうまく開かず、視界も涙でぼやけてよく見えない。

 ただ、男性らしいということだけはなんとなく分かった。


(誰……か分からないけど、助けてくれたのかな)


 ともかく、痛みが消えた。

 そしてそれは、この人のおかげだと感じた。

 強ばっていた体がゆるゆると弛緩し、指先にも体温が戻っていく。


「あ、り……が……」


 礼を言いたくて声を出そうとするが、喉がいうことをきかない。


(ありがとうって……言う、起きたら。ぜったい……)


 意味のある言葉を紡げないまま、リリーは平和な眠りへと落ちていった。



 §



 ふと、光を感じて目が覚めた。

 まず見えたのは、太い木の梁が剥き出しになった天井だ。視線を下げるとゴツゴツした石の壁がある。

 かなりの年代物で、聖ギルベリア修道院といい勝負の古さであろう。


(……ここ、どこ?)


 修道院ではない。それは分かる。

 石壁をくりぬいた窓には、黒いアイアンの格子が嵌められている。厚いガラスは曇っていて外の景色はよく見えなかった。


 部屋はガランと広く、自分が寝ているベッドのほかはシンプルな机と椅子、それに、物入れにも腰掛けにも使えそうな大きめの木箱がひとつ置いてあるだけ。

 そのどれにも見覚えはなかった。


(人の気配もないけど、診療所かな)


 怪我人の自分が運び込まれたところとして考えつくのは、フォークナー辺境領の診療所だ。

 ただ、診療所は普通の民家だったはず。こんなに古くもなかった気がするが、中に入ったことはないから分からない。

 ちなみに診療所の先生は、小柄で気のいい老医師だ。修道院の焼き菓子が好きで、市に出ると必ず買いに来てくれる常連である。

 昨夜、礼を言い損なった相手はそのおじいちゃん先生よりずっと背が高かったから、別の人だろう。


(先生のお弟子さんだったのかも。ところで今って何時かな。私、どのくらいこうしていたんだろう)


 あの苦しさはなくなり、背中の矢傷も痛まないが、まだ全身が怠い。

 枕に頭を乗せたまま、もう一度部屋の中を眺めるが時計は見当たらなかった。




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