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そこで記憶は止まっている。
「てか、輪廻転生てあったんだ」
第一王子の婚約者選びのために開かれた夜会。
私もそこに呼び出されたうちの一人だった。
公爵令嬢、リアリーナ・デァルナン。
それが今世で与えられた立場と名前。神様は意地悪で、どうしたって普通の人にしてくれるつもりはないらしい。
しかも、聖女としての力を持ったまま。さすがに神様を恨んだ。
立場上ここに呼ばれたからには来なければならない。そうでなければ不敬罪になってしまうからだ。
しかし、王子だの王族だのに湧く興味は微塵もない。
目立つ人間はいつだって淘汰されるのだから。目立つ筆頭である王子なんかに近づいて、二度目の人生を無駄にはしたくない。
だから、こうして夜会が盛り上がってきた頃合いで、その賑わいに紛れて中庭に出てきたのだ。
王宮は庭の隅から隅まで美しい。
見たこともない花や木が植えられている。残念なことに暗くて鮮明には見られないが、それでもこれほどまでに美しいのだから、日のある時間はより壮麗なのだろう。
その庭の隅で気配を消して椅子に腰かけていた。
王宮の庭にはこうした休憩できる椅子がいくつか置いてあるみたいだ。
庭を一通り見渡してから近くに花が咲いているのを見つける。
「ネリネの花……」
ここまで来るのに庭を結構な範囲で見てきたが、この花壇が最も大きいのではなかろうか。
その花壇に植えるものがこれとは、王族は変わった趣味をしている。
ネリネは確かに素敵な花であるが、条件さえ整えば世話をしなくても咲く、いわゆる雑草。
ふと空を見上げると大きな月が浮かんでいた。
その周りに散りばめられた星も美しくはある。が、月を彩る一部にすぎない。
月が主役のその光景に見とれてしまう。
「月が綺麗」
無意識に呟いてたのに。
「本当に月が綺麗ですね」
その独り言にまさか返事をされるとは露ほども考えていなかった。
驚いて反射的に声のした方を向く。
するとすぐ隣に若い男性がいた。
私より少し年上だろうか。
月を借りてきたような光を帯びる髪をした男性が。こんな色、持っている人を他に一人しかしらない。
期待したが瞳は紅……ではなくサファイアのような透き通った青だった。
どうしてここまで近づかれて気づかなかったのか不思議だ。
「どうしましたか?僕が話しかけて、きゃーきゃー騒がれることはありますが、無視されるのは始めてですね」
「あっ、無視したわけではありませんわ。誰もいないと思っていたところを話しかけられて驚いていただけなのです」
「無視ではないのですね。良かったです」
そして笑いかけてきた。
素早く身なりを確認すると、着ているタキシードは目が細かく一級品、釦も細かい銀細工が施されており、極めつけに腕輪には最高級である水精石がはめ込められている。
水精石は、水晶を湖の中で数百年沈め、満月の日に沈めた本人が取り出さなければ作ることのできない貴重な石。そもそも作り方に不可能な箇所があっておとぎ話と化しているはずだ。
普通は手に入れることはおろか、見ることだってできないはずだ。
何者なんだろう。
ここにいるなら、婚約者選びでここに招待されたご令嬢の付き添いかひら。
不明だから、細心の注意を払って丁寧に接しよう。
「こんばんは、お嬢さん。お隣に座ってもよろしいでしょうか」
「こんばんは。どうぞ」
この椅子は私のものじゃないし、許可なんてとらなくてもいいだろうに律儀だな。
「ところで、あなたはどうしてここに?」
「国王様から呼ばれたからです」
ずいぶんと当たり前のことを聞くわね。
すると、彼は困ったように眉を寄せた。
「そうではなくてですね。みなさん、未来の王妃の座を欲して必死ですよ。王子を射止めれば一生苦労せず生きていけるのに」
あぁ、そっちの質問か。
普通は王族の仲間入りしたいだろうからね。
「王妃の座に興味がありませんので」
「それはなぜなのですか」
「王妃が楽な仕事とは思えないからです。私は楽をしたい、面倒なことはせず目立たず普通に生きていきたいのです」
「貴族の令嬢なのに?」
「痛いところを突きますね」
目立たずとか言っておきながらヒラヒラした重たいドレスを着ているのは他でもない私だ。
これでは言葉に説得力がなさすぎるだろう。
「だから、もう少ししたらこの国を出るつもりですの」
「どこに行くのです」
「お隣の国に」
「魔族の住まう国ですか」
口にして、しまったと思ったがもう遅い。
魔族の国がマズイのではない。
実は私が生まれた、この千年後の世界では魔族と人間はものすごく仲良くなったいた。あんなけ戦争していたのにどうしてだよ。
千年後の時間はすごいなーって感心してたけど、実はこうなってから10年も経っていないらしい。
交易した人すごいね。
話がズレたから戻すけど、国を出るつもりなのは家族には内緒にしていることだ。バレたら止められる。挙げ句、もう逃げられないように嫁入りさせられるだろう。
足枷のように、好きでもない貴族と。
好きな人がいるわけでもない。否、気になっている人はいるが、私が約束を破ったのだから嫌われているばずなのだ。
もう、口が滑らないようにしよう。
この内容が家族に伝わってしまわないとも限らない。
「国を出るといっても難しいことでしょうに。この国が気に入らないのですか」
「いいえ、そうではありません。これほど治安も人も良い国は他にないでしょう。ですが、私には探したい人がいまして」
「探したい人?」
「はい。いるかいないかも分からないのですが、その人に会って謝りたいのです」
彼、ルースが転生しているかは分からない。
私が転生したから彼もそうであるはずだと考えるのはあまりに軽率だ。
けれど、少しでも可能性があるならできる限りはしておきたい。後で後悔するのはごめんだ。
前世で聖女としての責務は果たした。
なら次は、リアとしての責務を果たさなくてはならない。
「謝りたいって、いるかいないもかも分からない人間にあなたは何をしたのです」
「果たせませんでした。大切な大切な約束を」
「約束……」
「はい。また会おうと約束したのに、結局できず終わりました」
「今からでも会いに行けばいいのでは」
「もう遅いんです。遅すぎるんです。なにもかも」
「……そうですか」
しばらくの間、私たちは流れる風を感じながら、ひたすらネリネを前に座っていた。
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