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そして、結局帰って来た。
胡散臭い人だらけの神殿に意気揚々と。
胸を張って玉座に乗り込み、聖女はこう言い放った。
「私、依頼を果たしてきます!」
「依頼!?また、急じゃな。まあ良かろう。まずは議会に案を提出して、予算を考えよう。それから……」
無能な王はまず議会で議員の考えを聞こうとする。
傀儡の傀儡になるなんてごめんだ。
早く、一刻も早く死にたいのに。
死にたい。死にたい。死にたい。
約束を果たして、この身を滅ぼしたいんだ。
「そんなのいらねぇわよ」
がなり声に、王もその後ろで王に指示を出していた宰相も「ヒィっ」とひきった悲鳴をあげた。
普段おとなしかった人間がキレたら、そりゃあ怖いよね。
どうせ、依頼が成功しても失敗しても死ぬ。
王だなんだと恐れる必要はもはやないのだ。
「その議会とやらに話を通すのはどれくらいの時間がかかるのかしら。一日?一週間?それとも一ヶ月?んなに待ってられるかよ」
「無礼だぞ!ここを誰の御前と心得るか」
「あなた宰相だっけ。王に発言を許されていないのに話すとは何様なのかしら」
「うるさいぞ小娘。それを言うならお前もだろう」
「王も窘めないなんて。いえ、窘められないが正解かしらね」
おろおろする王の後ろで喚く馬鹿は、いったん置いておきましょう。
「無能のあなたたちの意見なんて聞いてないのよ。これは自己宣言をしているに過ぎないから」
「無礼な小娘を捉えよ」
王ではなく宰相の一言で兵が動いた。
それまで壁一列におとなしく並んでいた兵士たちは、私を取り押さえようとする。
「無礼者!私を誰と思っているの。これまで国に尽くしてきた者に対しての扱いがこれか。この国も堕ちるところまで堕ちたか」
私、なんでこんな悪者みたいな口調になっているの。
自分で自分につっこみたいけど仕方ないかもしれない。それだけ鬱憤を溜め込んできたのだから。
取り押さえに抵抗した私に向けられたのは銀の筋。それは王宮で磨き上げられた刀だ。
「そう。そっちがやる気なら、私だって抵抗するわよ。今までたくさんたくさん我慢してきたんだからね」
手のひらを空中に突きだし魔力を集める。
すぐに顔より大きな火球が生まれる。
それは太陽よりも眩しく熱く灼熱を凝縮したようだ。
兵士たちは驚いているだろう。
なにせ、今まで怪我人の負傷を治療するところしか見たことないでしょうし、聖女が威力の高い攻撃魔法を扱えるだなんて考えもしないでしょうから。
それをなんの躊躇いもなく放った。
瞬間、辺りは黒焦げになる。
うめき声をあげることもなく炭になった哀れな兵士。
「こっの、人殺し!!」
「あら、宰相さん。あなたがそれを言いますか?」
戦争を始めた筆頭がそれを言うのね。
不思議と笑みが漏れる。
人を殺して笑っているなんて、どこかが狂ってしまったのかな。こんなのもう聖女失格ね。
「これまで、戦争でどれだけの血が流れたかご存じ?」
「そんなの知るか」
「この何倍もよ。知るかですって?あなただけはそれを言ってはならないのよ!あなたのせいで戦争の火蓋は落とされた。そして、無関係な民が無惨にも殺されたわ」
「それは魔族のせいで」
「違うわ」
宰相の言葉を途中で割り込む。
こんなのまともに聞いてたら耳も脳も腐る。
腐って液状化して修復不可能になってしまう。
「違う。あなた達がこんなことを始めたからよ」
「わたしくだって、最善は尽くしましたよ。けれどどうにもならないこともありますからね。小娘には理解できないかもしれませんが」
「理解できてたまるか。この偽善者」
さっきと全然違う意味で偽善者という言葉を使うことになろうとは。
だけど、この人こそこの言葉がもっともふさわしい人間ナンバーワンじゃなかろうか。
気がついたら笑っていた。
笑って、嗤って、嘲笑った。
「本当に困っているのはあんた達じゃないのよ」
孤児院とその周りの風景、それからそこで過ごした仲間や院長を思い出しながら口を開く。
「困っているのは、王宮という安全な要塞に立て込もって縮こまってる貴族なんかじゃないわ。国境付近に住む人たちや、戦争に駆り出される人たちなの」
「お前こそ安全な場所で怪我を治しているだけではないか。小娘よ」
「ええ」
そうね。そうだったわ。
だから……。
「もう、止めたの。ここで守られてるだけの一生を過ごすのは」
「……」
「ねぇ、王様。魔王の城へ行く許可を下さい。責務を果たしたいのです」
「しかし……」
聖女はこの国に一人の大切な存在。
戦争の切り札になることもあるとかないとか。流石に無能な王様にもそれは分かるのか、宰相に目配せして、どうしようとおろおろ。
「王はあなたでしょう。早く許可なさいな。そうでないと私、手が滑って魔法をぶちかましてしまうかもしれませんね」
また手を構えながら言った。
「わ、分かった。分かりました。許可するでござます」
「物分かりがよくて助かるわ。ありがとうございます」
まだ笑ったまま恭しくお辞儀をした。
その光景を見て慌てたのは宰相だ。
「王!?なぜ独断なさったのです。あれほど物事を決める際にはわたくしに相談なさってからと申しましたよね」
「じゃあ、許可ももらったことだし。行ってきまーす」
「ま、待て小娘!誰の許可を得てのことですか」
「だから王様よ」
「せめて、お供だけでも付けて行きなさい」
「いらない。結構よ」
そしてまた走り出した。
今度は王宮を抜け出すために。
なんか、最近走ってばかりだ。
お供なんかつけるわけない。
一人で行かないと、いつ殺されるか分かったもんじゃないわよ。
しかも、宰相が手配するお供でしょう?どうやって信用したらいいのよ。
あの国は、国中に宰相の息がかかっている。あの国は誰も信じてはダメだ。
で、単身で魔王の城に乗り込んだ。
まったく。一日に何度も同じ崖まで往復することになるなんて。
でもまぁ、聖女は便利だ。
これまでどれだけの人を助け、どれだけの人に感謝をされてきたか。
馬車なり人なりが助けてくれた。
おかげで国境を超えてから魔族の国に入ってからも食べ物には困らなかった。助けたみんながくれたからだ。
その供物をありがたく全て食べ、ときどきは休憩を挟み、全速力で駆けてきた。
残念なことに魔族の国には恩を作っていなかったので、国境を超えてからは自力だ。
そして、ああもうなんか……話すのめんどいな。どうせ死ぬつもりなのにそこまで詳しく語ることないか。
とりま、いろいろあって邪魔者は排除して魔王のいる玉座まで来た。
聖女が攻撃魔法をバンバンぶちかまして。
「こんにちは魔王」
「お前は誰だ。我の同胞を殺した償いをする準備はできているのか」
魔王って、やっぱり一人称は我なんだ。
「仕方ないだろう。部下がこの方がいいと言うから」
そしてやっぱり恥ずかしかったのか言い訳を始めた。
あれれ、なんか思ってた魔王と雰囲気が違うんですけど。
それにこの声には聞き覚えがある。
魔族の国に知り合いなんていないし、ましてや相手は魔王だから知っている所以もない。他人のそら似だ。
どうでもいいけど、魔王も聖女みたいに仮面を被るんだなぁ。何のためにだろうか。
聖女は呪いなんて使わないし、魔王には仮面なんて必要ないだろうけどな。
「ってそんなことはどうでもいい。何の用があってここまで来た。お前は誰だ」
「私は聖女で、あなたを倒しにきたわけだけど……。そんなことはどうでもいいから、早く戦いを始めましょう」
「お前は聖女だろう。なんでそんなになげやりなんだ。魔王の城と言えばラスボスだろうに」
なんかぶつぶつ呟いてたけどガン無視させてもらった。
一撃だった。
魔王もやる気なんてなかったんだろうか。
次の瞬間には放った魔法が魔王のお腹あたりで炸裂した。
と同時に自分のお腹に剣が貫通するのを視線の端で捉えた。
二つの体は床に崩れ落ちる。
なるほど。
剣というものは深く刺さると痛くないらしい。痛いというよりむしろ熱い。焼けるような熱を、刺した剣が発している。
炎魔法を受けた魔王の方も、比喩ではなく焼けて熱いだろう。
私たちはお互いにお互いの攻撃で致命傷を負ったのだ。助かる見込みのない傷を。
二つの体は床に崩れ落ちる。
けれど、どちらも攻撃のみで防御という作業を忘れていた。
自暴自棄すぎただろうか。
それでも自分を守る必要なんてなかったから。
「……せい、じょ」
話しかけられて返す気力はなかったので視線だけ向けた。
怨み節でも言われるのか。
その時はお互い様だと鼻で笑ってやろう。
「あ、りが……とう」
けれど、魔王の口から出たのはどういうわけか感謝だった。
「これで、やっと……終われる」
なんと返事をしようとしたのだろう。
口を開きかけて止めた。
もう、魔王は目を閉じて息をしていなかったから。
最期に顔くらい見ておこうか、と手を伸ばそうとしたけどできなかった。
私の終わりももうすぐだ。
瞼の重みに抗うことなく従った。
暗闇しかなくなる。
音、光、触覚……。
感じられるものが減っていく中で浮かんだのは、つい先日、魔王の国に出発する前に出会った月銀の髪をした彼の姿。
ルース……。
約束、果たせなかったわね。
また会おうと約束したのに、最後の最後で果たせそうにない。
ごめん、ごめんなさい。
願わくは………。
ここまで、お読み下さりありがとうございます。
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