3.公爵令嬢の新しい恋
「そういう訳でお父様。婚約はあちらから破棄されました」
「あー。さっきモロー伯爵が真っ青な顔で謝りに来たが許す気はないか?」
「あ・り・ま・せ・ん!」
お父様は肩を竦めるとあっさりと了承してくれた。
「仕方がない。うちはモロー伯爵と提携解除しても問題ないからいいだろう。わかった。すぐに手続きをしておく。今回の件は向こうの有責で少しくらい慰謝料をもらっておくか……」
「ありがとうございます。お父様。よろしくお願いします」
「ああ、それと今日から客人が滞在することになった。紹介しよう。ルベン・メルシエ侯爵子息だ。メルシエ侯爵の所の三男だ。今携わっている事業を手伝ってくれている」
やり手のお父様はまた新しい事業に手を出したようだ。
紹介された彼を見ればそこには背の高い美丈夫がいた。普段ジュールの中性的な美しさになれたアリゼは雄々しい立ち姿に見惚れてしまう。実のところアリゼの好みは逞しい男性である。
「アリゼ嬢。ルベンとお呼びください。よろしくお願いします」
ハッと我に返る。そしてはにかんで挨拶をした。
「私のことはアリゼとお呼びください。こちらこそよろしくお願いします」
淑女として立て直し笑顔を浮かべる。のちに知るお互いの第一印象は「素敵な人」「可愛らしい人」だった。
アリゼはランチタイムにファニーにルベンについて報告をしていた。ちなみに今日はB定食のサンドイッチとスープセットである。
「ファニー。それでね。ルベン様が今人気のパティスリーのお菓子をくださったのよ。お花も添えて、それも毎日なの。嬉しいけれど毎日では大変でしょう? って聞いたのだけど私が喜んでくれるならたいしたことはないとおっしゃってくれて……」
「公爵令嬢がお菓子くらいで喜び過ぎよ?」
頬を染め思い出しては顔がゆるゆるなアリゼにファニーは呆れつつもほんわかな温い眼差しを向ける。
「でも男性から贈り物をもらったのは初めてですもの。興奮してもおかしくないでしょう?」
「えっ? 元婚約者からは?」
「彼は自分の美容にお金をかけていたから贈り物をもらったことはないわ」
「クズね……」
「それに昨日ジュールが押しかけてきたけど彼が追い返してくれたのよ。なんて頼もしいのかしら!」
「なにそれ? 何があったの?」
ファニーは目をキラキラと輝かせその続きを聞きたいと催促する。
「それが……」
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アリゼは応接室で帳簿の付け方を学んでいたが、ノックもなく扉がバタンと開いた。
「アリゼ! 今謝るなら許してやる。婚約は続行だ!」
「…………」
招いてもいないのに使用人を押し切り不法侵入をしておいてこの言い草! どうやって追い帰そうか思案していたらそこにルベンが来てくれた。
「アリゼ嬢。どうしましたか?」
「ルベン様、それが……」
「誰です? この男は」
ルベンの威圧的な睨みにジュールは一歩下がるも負けじと言い返す。
「私はアリゼの婚約者だ。お前こそ誰だ? アリゼ、まさか……浮気をしていたのか?」
「婚約はあなたが破棄したのよ。私たちはもう他人。馴れ馴れしく名前で呼ばないで下さる?」
「だから謝れば許してやると言っているだろう?」
話が通じない……。
「謝る理由もないし、許してほしくもないわ。ジュールの婚約者に戻りたい気持ちなんて1ミリもないのよ」
「アリゼ……。そんなに強がるなよ」
憐憫の眼差しで笑いかけられる。その思考が怖い…………。
「いい加減にしろ! アリゼ嬢が他人と言っただろう? 出ていってもらう」
(ルベン様、格好いい~!)
やり取りを見ていたルベンが見かねて間に入ってくれた。ルベンはそのままジュールを摘み出してくれた。
「ありがとうございます。ルベン様」
「いいえ。それよりもご無事でしたか?」
「はい。ルベン様のおかげです」
「あの……もしよろしければ今後もアリゼ嬢を守らせてほしい。その権利を私に頂けませんか?」
アリゼは蕩けるような熱い眼差しで告げるルベンの言葉に真っ赤になる。告白っぽい気がする……。頬を染めコクンと頷けばルベンはアリゼの手を掬い恭しく指先に口付けて微笑んだ。アリゼが心を射貫かれた瞬間である。
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「それは惚れるわ~」
「でしょう?」
その後、二人は恙なく交流を深め婚約を結ぶことになる。
もちろんモロー伯爵家とフォーレ公爵家の業務提携は解除となり、ジュールは本当に勘当されてしまい平民となり追い出されたそうだ。その後、スラムで暮らしているとか金持ちの未亡人に拾われたとかいろいろな噂があるが、行方を知るものは…………いない。
お読みくださりありがとうございました。