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2.伯爵子息は全てを失う

 バシン!


 ジュールは父に頬を張られ床に座り込んで呆然とした。この美しい顔を叩くなんて神への冒涜だ。


「このバカ息子が!! 勘当されたくなかったらアリゼ嬢に謝って婚約を継続してもらえ!」


「嫌だ。アリゼはずっと私に冷たいし、洋服やケアグッズは少なくしろとか説教するし。だいたいこちらから行かなくても私のことが好きなはずだからアリゼから謝ってくるはずだ!」


 父であるモロー伯爵は頭を抱えて座り込んだ。


「どうしてこんなに馬鹿なんだ……」


 ジュールはムッとして父親を睨む。確かに成績はいまいちだがそれを補うほどの容姿があるから問題ないはずだ。


「アリゼ嬢がお前を好きだと思う根拠は何だ?」


「これだけ美しい男を嫌う女はいないだろう? 学園でもみんな私と話をしたがるし」


 はあ~という溜息に反論しようとしたら遮られた。


「もう、どちらでもいいから、今週中に婚約継続を約束してもらえ。できなければ学園は即日退学で勘当だ。婚約が無くなると公爵家と提携している事業が解消になる。これは家の存亡にかかわるんだからな。いいな?」


 父は大きな音を立てて扉を閉めて出ていってしまった。

 ジュールは頬を冷やすために使用人に冷たいタオルを頼み鏡で顔を確認した。頬は真っ赤になってこれはじきに腫れだすだろうと思われた。『美は一日にして成らず』がジュールの座右の銘である。常に気を配っているのに顔が腫れるなんて許せない! 父に対して殺気を抱く。アリゼに頭を下げろと言われたことも気に入らなかった。


 ジュールはとにかくモテる。学園で女性たちは自分と話をするためにお菓子や文具などのプレゼントを持って教室を訪ねてくる。そしていつも「素敵」「カッコイイ」「大好き」など賛辞をくれてジュールの心を満たしてくれる。

 だがアリゼは日々のお手入れが過剰過ぎると窘める上にまったく誉めない。自分の婚約者になれたことを泣いて喜ぶべきはずなのに説教をする。チヤホヤされることに慣れているジュールにとって納得がいかない反応だった。何と許しがたいことか。

 

 そのことをポロリとクララに話したら「きっと、ジュール様が美しすぎて気後れしているんですよ」「もしかしたらジュール様が女子生徒に人気があるから嫉妬しているのかもしれませんね」と言われた。なるほど。嫉妬をしていたのか……それならば仕方がないな。きっと公爵令嬢として表情に出さないだけで心の中でジュールを想って泣いているに違いない。


 そう思って過ごしていたが最近クララが「アリゼ様に注意を受けましたあ」と言っていた。とうとう嫉妬のあまりにジュールの取り巻きに嫌がらせをしたのかとニヤリと笑った。

 それならばこれを理由に婚約破棄を伝えればアリゼは泣いて許しを請うだろう。それを寛大な心で許し自分の立場を有利にした上で、今後はアリゼ公認で美容に邁進していけばいいのだ。そう思い婚約破棄宣言をしたのだが……。


 待てど暮らせどアリゼは何も言ってこない。

 早く泣いて謝りに来いと念じているがアリゼの姿を見ることはなかった。ジュールは眉間を寄せ迫りくる勘当までのカウントダウンにイライラして過ごした。


「そういうわけでアリゼが謝りに来るのを待っているところなんだ」


 ジュールは肌の手入れ用のクリームの試供品が欲しいと来たクララにアリゼのことを相談した。


「えっ? 勘当されちゃうんですか? それじゃあもう髪や肌のお手入れグッズがもらえなくなるんですか?」


 クララは焦った。ジュールは確かに美しい……が、はっきり言ってこんなナルシストは好みではない。一緒にいれば羨望の眼差しを向けられ優越感を得られるが恋人にはしたくない。


 学園の女生徒たちの間でジュールの評価は主に三つに分かれている。一つ目は目の保養で見るだけ派、二つ目はナルシストキモイ派で嫌悪する者、三つ目はボディケアやヘアケアの情報や試供品が欲しい派だ。3つ目の派閥で『ジュール様と美を追求する会』を作り活動している。(ジュールはこの会をなぜかファンクラブと勘違いしているが全くもって違う)

 彼は自分がどれほど努力したか聞いてもらいそれを人にも勧めて感謝されたいようだ。参考になるので有難いことは確かである。ちなみにクララはその会長でジュールを褒める担当をしている。会の活動内容はジュールを褒めて高価なクリームやオイルなどの試供品を分けてもらったり効果のある美容法を教えてもらうことだ。目的ありきの会なので会員の中に彼を恋い慕うものはいない。まさに美を追求する者たちの集まりなのだ。


 ジュールはアリゼを好きなくせに彼女に優しくできない。普段から女性にちやほやされているので、自分からのアプローチをどうしていいか分からないらしい。いつもアリゼをチラチラと意識しているくせに話しかけられないのはかわいそうだなと会の会員たちは憐憫の眼差しを送っている。


 今回の件を聞いてクララはジュールに腹が立った。勝手に自分の名前でアリゼに婚約破棄をしたからだ。これで我が家が公爵家に睨まれたらどうしてくれるのだ。

 確かにジュールとの世間話で「私、アリゼ様に注意をされて、悲しかったんですう」と言ったことがあった。これは嘘ではない。クララは学園の制服のスカート丈は短い方が可愛いと勝手に丈を変えていたがアリゼに「淑女として短か過ぎではないのかしら?」と言われた。ごもっともだがクララは野暮ったく見える丈が嫌だったので「これでいいんです」と返しておいた。それを思い出して注意されたといったが、ジュールの頭の中では勝手に自分に対する嫉妬で注意してクララを泣かせたと変換してしまったようだ。軽口など叩くんじゃなかったと後悔した。


 クララは婚約破棄騒動の時は中庭でランチをしていたのでその事を知らなかった。聞いた時には頭を抱えて「あのバカ~!」と叫んでしまった。ジュールは婚約破棄を突きつけてアリゼに泣いて縋って欲しいのだろうが彼女の様子を見る限りそれは不可能だろう。クララはこれはもう取り返しがつかないだろうなと判断し会の解散を会員に報告するために暇を告げた。沈む船からは撤退あるのみである。


 ジュールはクララに自身の賛辞とアリゼの非難を期待していたようだがもちろん無視する。


「ジュール様。アリゼ様には一日も早く謝った方がいいですよ」


 今までの感謝を込めて一応忠告を残してその場をあとにした。(彼は自尊心が高いから謝れないだろうなあ)


 残されたジュールは酷く傷ついていた。味方だと思っていたクララに見捨てられたのだから。本当に勘当されたら困る、アリゼはいつ来るんだ、悶々と悩みながらいよいよ不味いと勘当の期限当日にジュールはようやく重い腰を上げたのだった。




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