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1.失意の中?

 えーと。

(失意:望みが遂げられなかったり、当てが外れたりして、がっかりすること。)


 意味は知っていたけど…………。アリゼは辞書を閉じるとふうと息を吐いた。

 私、ガッカリしているのかしら? 今朝、クラスの令嬢たちが「今、アリゼ様は失意の中にいるのだから優しくして差し上げましょうね」と自分の話をしているのを聞いてしまった。確かにクラスメイトからは最近腫れ物に触るように距離を置かれている気がする。心当たりはなかったが『失意』の言葉がやけに耳に残ったので意味を辞書で引いてみた。今の自分は失意? の中にいるように見えるらしい。


「ねえ、ファニー。私、失意の中にいる?」


 向かいでランチを頬張る親友のファニー・マソン伯爵令嬢にこてんと首を傾げ問いかけた。


「ん~。失意の中? どこそこ? いないと思うけど」


「そうよね? どうして皆私がガッカリしていると思っているのかしら?」


「それは、先週の『ナル王子』の発言のせいでしょうね」


 『ナル王子』とは二人だけで呼んでいるアリゼの元婚約者のニックネームである。


「ああ……。もう忘れていたわ」


「えっ? もう? なかなか衝撃的だったのに?」


 確かに衝撃的だったとは思うが時間の無駄なので過去は振り返らないことにしている。

 先週アリゼは食堂で5年前からの婚約者であるジュール・モロー伯爵子息に婚約破棄を突きつけられた。まあ、一般的に婚約破棄を言われた令嬢は可哀そうに見えるのだろう。ようやくクラスメイトの気遣いが腑に落ちた。

 あの日、元婚約者はいきなり自分に向かって叫んだ。思わず食事の手を止めてしまった。


「アリゼ! 私はお前との婚約を破棄する! お前は私のことを愛するあまり嫉妬にかられクララに嫌がらせをしているそうだな。彼女は私にとって大切な友人だ。見過ごすことは出来ない」


「…………?」


 嫉妬? 嫌がらせ? 愛するあまりに? 全部に心当たりがなくてアリゼは首を傾げた。


「とぼけても無駄だ。身分を笠に着るような女は私に相応しくない。精々私に捨てられたことを泣いて後悔するがいい!」


 ジュールはふんと鼻息荒く回れ右をして去っていった。

 しばしの沈黙の後「何の茶番?」と呟いたアリゼのその声は静まり返った食堂に響いたが返事をする者はいなかった。


 アリゼはランチを再開した。心の中で「了解!」と返事をしていたことは誰も知らない。この日のAランチは大好きなビーフシチューなのに冷めてしまった。そのことに苛立ったことは覚えている。冷めても美味しかったけど。


 ジュールとの関係はこの1年間特に芳しくなかった。彼には不安要素もあり婚約継続を見直そうとしていたので丁度よかった。それにしても彼は他に婿入り先のあてでもあるのだろうか? まあ、アリゼが気にすることでもないが。


 アリゼはフォーレ公爵家の一人娘でゆくゆくは家を継ぐ。両親からはとてつもなく溺愛され育ったゆえに望むものは全て与えられそれが当然だと思っていた。


 あるお茶会でファニーと友人になりいろいろな話をするようになったことで今までの自分の生活態度や考えを改めるようになった。


「ファニーは次の夜会ではどんなドレスにするの? もうデザインは決めた?」


 ファニーは目を真ん丸にして笑い出した。


「それほど裕福ではない伯爵令嬢は夜会の度に新調しないわよ?」


 アリゼにとってそれは衝撃だった。自分は毎月数着のドレスを新調している。それが当然で他の令嬢もそうしていると思っていたからだ。自分の常識は他人にとっても常識だとの認識が覆った瞬間だった。


「そうなの?」


「アリゼはドレスの値段知っている? デザインにもよるけど1着作ると我が家の1か月分の全ての生活費以上の出費になるのよ。だから都度新調する訳にはいかないの。手持ちのドレスにリボンやコサージュでアレンジして着まわしているのよ」


「知らなかった……」


 俯くアリゼにファニーはそれを馬鹿にすることもやっかむこともなく家の事情はそれぞれだから気にしないでと言ってくれた。


「もちろん必要があれば新しいものを仕立てるわ。年頃の乙女ですもの、確かに新しいドレスを欲しいという気持ちはあるけど、それが本当に必要かどうかをちゃんと考えることにしているのよ。無駄な買い物はしたくないの」


 それまでアリゼはお金の存在を気にしたことがない。親に一言「欲しい」と言えば何でも用意してもらえたからだ。同じ年のファニーのしっかりした考え方に感化された。そして自分を恥じた。自分はいずれこの公爵家を継ぐのになんと無知なのか。好きな物を気まぐれのように強請っては購入してもらっていた。

 

 それ以降は公爵家を継ぐに相応しい人間になろうと気持ちを入れ替え散財をやめた。ちなみに両親はその姿に感激しご褒美に何か買ってあげるという……このままではダメな人間になる! 目を覚まさせてくれたファニーに心から感謝した。


 本腰を入れて跡継ぎ教育を始めるとお金の大切さを知り感謝を覚えるようになる。そのことを婚約者のジュールにも気づいてほしくて共に学んでほしいとお願いをした。実は彼はアリゼ以上に金遣いが荒いのでいずれは改めて欲しいと思っていた。だが彼はアリゼに高位貴族がケチでは体面が保てない、その方が余程恥ずかしいことだと聞く耳を持たなかった。確かに一理あるがお金は無限に湧いてくる訳ではない。節度の話をしたかったのだが彼はそれ以降アリゼを露骨に避けるようになった。


 ジュールはとにかく見目がいい。中性的な容姿は整っており学園にはファンクラブもある。嫉妬してアリゼを睨む女子生徒もいるが公爵令嬢に文句を直接言わない分別はあるようで特に被害はない。彼は自分の美しさを維持することを至上の使命と思っている節がありそのための努力もお金も惜しまない。


 ジュールと初めて会った時彼はアリゼの髪を絶賛してくれた。男性に褒められたのが嬉しく彼に好感を抱いたが、その後に髪の手入れや使っているシャンプーやオイルについて詳しく問われて首を傾げたのを覚えている。


 あれはアリゼを褒めたのではなく髪と手入れについてだけ誉めていたのだと気付いた。ジュールの自分磨きはその後エスカレートしていく。公爵令嬢であるアリゼ以上に洋服を新調して宝石なども購入していると聞く。夜会の度にフリルなどの装飾が増える服(まあ似合ってはいるが)にエステは週に3回、ケアグッズも大量に注文している。今は彼の実家が支払っているがジュールを婿に迎えたら公爵家が破産するんじゃないかと心配になった。


 その後もジュールを観察していると彼は自分が大好き過ぎることを知る。婚約者として夜会にエスコートをしてくれた時に鏡に映った自分自身にうっとりしている姿を見てアリゼはドン引きした。そして不安が押し寄せる。


(……この人を愛することは出来ない気がする)


 その話を聞いたファニーは爆笑しながらジュールのことを「ナルシストな王子様」略してナル王子と呼んでいる。


 注意を繰り返す内に関係がぎこちなくなるとジュールは自分を賛美してくれる女子生徒と一緒に過ごすことが多くなった。その筆頭が婚約破棄の宣告に出てきたクララである。確かジュールの……何とかの会の会長だったかしら? ジュールは自分を取り囲む令嬢には大層気前がいいらしいという噂を聞いている。いろいろとプレゼントを贈っているらしい。私に対しては「自分で買えるだろ? 公爵令嬢なんだから」と言われ何も貰ったことがない。納得できない……。


 彼の散財の話をあちこちから聞くようになりそろそろ婚約解消の相談を父にしようと思っていた。その矢先に彼からの婚約破棄だったのでナイスタイミング! と胸を撫でおろしている所である。(被害が出る前に金食い虫と縁が切れたわ~)


 そんなわけで婚約破棄に安堵こそすれ失意の中に陥りようがないのだった。




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